市場予測ではなく投資哲学で勝負する。セゾン投信ファンドマネージャーの仕事のリアル
ファンドマネージャーという職業は、多くの人にとって謎に包まれている。毎日なにをして、どのように投資判断を行い、どのようなプレッシャーと向き合っているのか。セゾン投信で18年にわたってファンド運用を行う瀬下哲雄氏に、ファンドマネージャーとしての日常や思考プロセス、そして巨額の運用にメンタルを潰されないマインドのあり方について話を聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
ファンドマネージャーになるまでの道のり
——瀬下さんがセゾン投信のファンドマネージャー(※セゾン投信では「ポートフォリオマネージャー」と称す)になった経緯について教えてください。
瀬下 哲雄:新卒で個人向けの資産形成に携わりたいと思い、当時あったセゾン証券を目指していました。しかし、直接の募集がないので親会社のクレディセゾンに入社し、出向を狙っていたのです。しかし上手くいかず、ITバブル時代にITベンチャーに転職してSEやマーケティングの仕事をしていました。ですから、わたしの個人の資産形成のために働きたいという夢はいちど破れていて、そうこうしているうち、セゾン証券も他社に吸収合併されてしまいました。
そのベンチャーも2年ほどで倒産し、別の化粧品会社でSEをしていた2006年にセゾン投信が設立されることになり、声をかけていただいたのです。もちろん、金融の分野に興味は持ち続けていたのですが、資産運用の実務経験がないまま運用を任されるのは、かなり珍しいパターンだと思います。
——未経験からファンド運用を任されても、職務を遂行できるものなのでしょうか?
瀬下 哲雄:とにかく実務経験がなかったので、当初はなにをどうすればいいのかもわからない状態です。セゾン投信は設立したばかりの会社で、バンガード社との提携でスタートしたのですが、同社の担当者からチャールズ・エリス氏の著書『敗者のゲーム』(日本経済新聞出版)をいただき、これがわたしの投資のバイブルになりました。
いまにして思うと、わたしは勉強した知識はあっても投資観が素人でしたから、「現実を見なさい」という意味合いで渡されたのかなと思います。この本を読んで、「投資のプロであっても市場平均に勝つことはほぼ不可能」という厳しい現実を突きつけられました。それまでは「ファンドマネージャーはタイミングよく売買して市場を出し抜くかっこいい仕事」というイメージを持っていたのですが、その考えは完全に覆されたわけです。
短期的な市場予測ではなく、長期的な企業価値の成長に着目するという考え方は、かなり早い段階で固まり、それからは「どうすれば長期的に価値ある運用ができるか」を考え続けて18年、試行錯誤しながら現在の投資哲学を築いてきました。

ファンドマネージャーの日常業務
——ファンドマネージャーの日々の業務について教えてください。「PC画面でチャートや情報に釘付けで投資機会を探す」というイメージがありますが、実際はどのような仕事をされているのでしょうか?
瀬下 哲雄:そのイメージは、短期的な売買を積極的に行うスタイルの運用だと思いますので、わたしのスタイルとはかなり異なります。仕事内容を話す前に、当社のファンドの特徴を説明しておきたいと思います。わたしが運用を担当する「セゾン・グローバルバランスファンド」と「セゾン資産形成の達人ファンド」は、銘柄などを直接買い付けるのではなく、複数のファンドに投資するファンド・オブ・ファンズ形式です。
「セゾン・グローバルバランスファンド」は、バンガード社が各地域に投資を行うインデックスファンドで構成されています。また、「セゾン資産形成の達人ファンド」は短期的な成長を追わず、世界各地の長期的に安定成長できる銘柄に投資するアクティブファンドへの投資を行うものです。
いずれも長期投資を前提としており、よって売買は滅多にせず、仕事の9割以上はインプットに費やし、投資戦略を構築することに重点を置いています。具体的には、本をたくさん読んでおり、これまでに投資関連の本だけで300冊以上は読んできました。当初は日本語の本から始めましたが、だんだん読むものがなくなったので英語の本も読んでいて、朝の通勤時間や昼休みもずっと本を読んでいますね。
あとは、投資先となるファンド探しです。ブルームバーグのデータベースなどで世界中のファンドを調査し、わたしたちの投資哲学に合致するものを見つけてインタビューを行い、選定しています。
——実際に売買をするタイミングや、その判断基準はどのようなものですか?
瀬下 哲雄:「セゾン・グローバルバランスファンド」はインデックス運用ですから、売買のタイミングを図るということはありません。このファンドでは株式と債券を原則50:50の比率で保有しているのですが、毎営業日の比率を確認しており、市場の動きによってその比率が一定以上崩れた場合は、元の比率に戻すためのリバランスを行います。
例えば、株式市場が下落すると、ポートフォリオ全体に占める株式の比率が50%を下回ります。そうなると、債券の一部を売却して株式を買い増すというオペレーションを粛々と行います。相場の見通しに基づいて何かをするということはなく、あくまで決められた比率を維持するための機械的な売買を行っているだけなのです。
一方、アクティブファンドの「セゾン資産形成の達人ファンド」についても、短期的な市場予測に基づいて売買することはありません。投資先のファンドがわたしたちの投資哲学に沿った運用をしているか、長期的に優れた運用成果が期待できるかを重視して、私たちの投資哲学と合致していないと判断した場合に入れ替えを行います。
——投資先のファンドが投資哲学に沿っているかどうかは、どのように判断するのでしょうか?
瀬下 哲雄:投資先のファンドマネージャーとコミュニケーションを取り、実際にある銘柄について、なぜ買ったのか、なぜ売ったのかという理由を聞いて、考え方を確認するのです。例えば「セクターの景気がよくなりそうだから、この銘柄を買っておいた」というような、短期的な市場予測に基づく判断をしているファンドは、わたしたちの投資哲学と合致しません。一つひとつの会社をしっかり調査し、その企業の本質的な価値を見極めたうえで投資判断を行っていることを重視しています。
また、投資先ファンドのキーパーソンが交代し、ポリシーと投資行動にズレが生じることもあります。運用プロセスの安定性もつねにモニタリングし、「なぜ、この銘柄を売ったのだろう?」と不可解を感じることがあれば、コミュニケーションを取って確認しています。こういったファンドの考え方を理解し、推察するためにも、つねに新しい投資戦略や知見を本などで学び続ける必要があるということです。

巨額の運用を行うプレッシャーとメンタル管理
——お客様より1兆円近い資産を預かって運用する重責を担っておられますが、抱えるストレスも相当なものかと思います。どのようなマインドを持って、投資をされているのでしょうか?
瀬下 哲雄:重責は感じているものの、胃が痛くなるほどのストレスは感じていません。先の通り、自分が正しいと信じる投資哲学に基づいて運用しているだけで、大勝負をするような局面はないからです。
ただ、この仕事の難しいところは、うまくやっていても悪い結果が出るという点にあります。特に、アクティブファンドの「セゾン資産形成の達人ファンド」では、下落相場に強い一方、上昇相場ではインデックスに成績が劣ることはよくあります。正しさが証明されるまで、5年、10年、それ以上とかかる仕事です。
成績が悪い時期には「自分が間違っているのではないか」という疑問がつねにつきまとい、そのストレスは受け続けなければなりません。そういう意味では、「愉快な仕事」ではないですね(笑)。ただ、この「不愉快さ」こそが、他の投資家にはできない投資戦略を行っている証明であり、最後には超過リターンにつながると考えています。短期的に人気のある投資戦略を追いかけずに、長期的な視点で粘り強く運用することで結果を出せると信じています。
——予測やタイミングを図るような属人性の高い投資ではなく、明快な戦略とポリシーに基づいて行動することが、メンタルを守ることにもなっているのですね。一方、暴落や暴騰などのイレギュラーな事態に心を振り回されないために行っていることはありますか?
瀬下 哲雄:特にはありません。株式市場は本来的にリスクがあるもので、暴落も暴騰も株式市場の本質的な特性だと捉えています。そうしたなかで、わたしは投資を「嫌な思いをする代償としてリターンが得られるもの」と考えていますので、市場の変動に一喜一憂することはありません。強いて特別なことをしているとすれば、わたし自身も現預金以外のすべての資産を自社ファンドに投資しています。「お客様と同じ船に乗っている」という気持ちを持って、荒波に冷静に向き合うことができますからね。
——最後に、個人投資家の投資や資産運用についてのアドバイスをお願いします。
瀬下 哲雄:投資にストレスを感じるのであれば、その投資方法が自分に合っているのかを見直すべきでしょう。個人投資家にとって投資は仕事ではなく、生活の質を高めるための手段ですから、ストレスで生活の質が下がるのは本末転倒です。投資に対する期待値を現実的なものに調整し、長期的な視点で淡々と続けることが成功への道だと思います。
そして、個人投資家の方々にとってもっとも重要なのは、自分自身の投資哲学を持つことだと思います。「なぜ投資をするのか」「どのような方法で投資するのか」を明確にし、それを一貫して実行することが大切です。
例えば、インデックス投資であれば、長期的には市場平均と同等のリターンが期待できるという性質を理解し、短期的な変動に一喜一憂せずに長期で保有する覚悟が必要です。アクティブファンドへの投資であれば、その投資戦略を理解し、一時的に市場平均に劣後することがあってもブレずに持ち続ける強い意志が求められます。まして、集中投資を行うようなアクティブ投資なら、なおさらでしょう。
そうした信念を貫く投資は、市場取引の大多数を占める機関投資家よりも、個人投資家のほうが実は有利なのです。個人投資家は自分の判断だけで投資ができますが、プロのファンドマネージャーは顧客や会社に対する説明責任があるからです。例えば、「この投資戦略は短期的にはパフォーマンスが出ないかもしれないが、長期的にはいいはずだ」という確信があっても、それを実行するには第三者の理解や承認が必要とされます。
個人投資家であることの自由度の有利を活かし、市場の短期的な動きに惑わされず、自分の投資哲学を貫く勇気を持つことが長期的な成功につながると思います。

瀬下 哲雄(せしも てつお)
セゾン投信株式会社「セゾン・グローバルバランスファンド」「セゾン資産形成の達人ファンド」ポートフォリオマネージャー。上智大学経済学部経営学科を卒業後、SE職やマーケティング職を経て、2006年セゾン投信(株)入社。2007年3月のファンド設定時より運用を担当し、2011年よりポートフォリオマネージャーに就任。「景気や市場動向の予想に頼らず、一貫した姿勢で投資を行うことが成果につながる」という考え方でファンドを運用し、そのキャリアは2025年3月現在で18年に及ぶ。
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