名著『敗者のゲーム』から学ぶ投資の本質。セゾン投信が実践する「負けない」ための投資戦略

投資の世界では、市場平均に勝つことは困難とされ、多くの機関投資家ですら市場平均を継続的に上回ることができないという現実がある。この厳しい現実を正面から描いた、チャールズ・エリス氏の名著『敗者のゲーム』(日本経済新聞出版)に強く影響を受け、その考え方に則ってファンド運用を行っているのが、セゾン投信のファンドマネージャー・瀬下哲雄氏だ。プロであっても市場を出し抜くのが難しい世界のなかで、個人投資家はどのようにして資産形成を行っていくべきなのか。瀬下氏に、投資の本質と、投資に向き合っていく姿勢について話を聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
プロの半分は市場平均に負ける。『敗者のゲーム』が伝える厳しい現実
——まずは、名著とされる『敗者のゲーム』の概要と、投資家にとっての重要な示唆についてお聞かせください。
瀬下 哲雄:『敗者のゲーム』は、いわば株式投資における現実を教えてくれる本であり、本書が伝える重要な示唆は2点です。ひとつは、「相場を予測して売買のタイミングを測っても投資はうまくいかない」ということ。ふたつ目は、「プロであっても市場平均に勝つのは非常に難しい」ということです。
株式投資は予測と売買のタイミングこそ腕の見せ所だと思っている人は多いですし、「市場平均に勝てない」といわれては、機関投資家やアクティブ投資を行う個人投資家にとってはたまったものではないでしょうね。
——市場平均とは、おおむねS&P500などのインデックスとも言い換えられますか?
瀬下 哲雄:そう考えていいでしょう。つまり、本書は結論として、アクティブ投資を推奨しておらず、インデックス投資を推奨し、その優位性を多角的なデータで示しています。実際、昨今のインデックス投資ブームの理論的基礎となっている本なのです。
——「プロでも市場平均を超えられない」とする理由は、どのように書いてあるのですか?
瀬下 哲雄:シンプルな話です。株式市場に限らず、金融市場における取引高のほとんどは機関投資家であり、個人投資家の割合は僅かです。つまり、プロの平均が市場平均なのですから、プロの半分が市場平均に負けているということを意味します。
要するに、「カモ」になるべくしてなるような下手な投資家ばかりがいて、しっかり知識を身につければ勝てるといった簡単なゲームではないのです。いわば、「株式投資で市場平均を実績で上回り続ける」というのは、プロ野球でいえば、常時一軍にいて、そのなかでも平均以上の選手であり続けるくらい難しいことといえるでしょう。
——「相場を予測して売買のタイミングを測っても投資はうまくいかない」というのは、機関投資家にとって自己否定にも思いますが……いかがですか?
瀬下 哲雄:これはつまり、短期投資で勝ち続けることの難しさをいっているのです。結局、短期投資で相場を読み合っても仕方ないのです。相場は企業の業績ではなく、投資家たちの心理で動くものです。心理は曖昧で揺らぎやすいものですし、プロの投資家たちが互いに先を読み合うと、半年前、1年前と予測の起点がどんどん前倒しになっていって、結局は先読み過ぎて根拠の薄いリスキーな予測になります。到底、勝ち続けられるものではありません。
そもそも、確かな根拠を説明できるような投資機会なら、他のプロもそこに行き着きます。だから、そんな短期投資を繰り返しても市場平均を超えることはできません。かといって、根拠や勝算を説明できない博打のような投資を、お客様から資金を預かるプロはできませんよね。そうであれば、短期的な変動を予測して投資するのではなく、確実性の高い根拠に基づき、長期で失敗のない投資戦略を立てて地道に運用していく重要性を『敗者のゲーム』は伝えています。
わたしもファンドマネージャーになるにあたり、初めは市場を予測してタイミングでドカンと儲ける格好いい仕事だと思っていたのですが……バンガード社の方からこの本をすすめられて、すっかり考え方が変わりました。ですから、地道に頑張っていますよ(笑)。
セゾン投信による『敗者のゲーム』の実践
——セゾン投信では『敗者のゲーム』に基づいた運用を行っていると聞きます。貴社の代表的なファンドのなかで、「セゾン・グローバルバランスファンド」はまさにその例かと思います。
瀬下 哲雄:そうですね。「セゾン・グローバルバランスファンド」は株式と債券に半分ずつ投資するバランス型のファンドですが、株式も債券も世界各地の市場規模に応じた配分比率で構成しています。また、当社が株式に直接投資するのではなく、複数のファンドに投資を行うファンド・オブ・ファンズ方式であり、バンガード社が提供する米国、欧州、日本など各地のインデックスファンドを投資対象とするものです。つまり、全世界株式のバランス型に近く、市場平均で資産形成するファンドといえるでしょう。
——一方で、「セゾン資産形成の達人ファンド」はファンド・オブ・ファンズ方式としてアクティブファンドで構成され、インデックス以上のリターンを目指すものです。これは、『敗者のゲーム』の考え方と食い違うのではありませんか?
瀬下 哲雄:『敗者のゲーム』では、アクティブ投資をまったく推奨していませんが、実は否定もしていません。アクティブで市場平均を上回るためのポイントとして、「他の人と違うことをする知恵と勇気を持てるか」という一文があり、そこが重要です。
「他の人」というのは、これは個人投資家というよりプロ目線ですね。プロである機関投資家はお客様の資金を預かっているので、短期的に明らかに最善にみえる投資行動があれば、他のプロと同じようにその行動をしていないと、会社やお客様から機会損失として突き上げをくらってしまいます。いっそのこと、ほかの人と違うことをして成功するよりも、ほかの人と一緒に失敗しているほうがマシだという冗談話もあるくらいなのです。誰もが買う局面でひとりだけ逆張りをして、結果がよければ評価を得られますが、みんなが順当に利益を得ているのに、自分だけパフォーマンスの低い結果になれば目も当てられません。
「知恵と勇気」というのは、そうした相場において誰もが取るであろう短期的な最善にみえる行動を無視して、ポリシーを持って長期的な最善の行動を続けられるかということです。
——「セゾン資産形成の達人ファンド」は、そうした知恵と勇気を実践しているということでしょうか。
瀬下 哲雄:抽象的な話が続いたので、「セゾン資産形成の達人ファンド」を例に具体的に説明しましょう。ファンド・オブ・ファンズですが、投資対象はアクティブファンドです。どういうファンドに投資するかというと、確かな企業価値を持ち、景気が悪いときも利益をあげ続ける堅実な銘柄にポリシーを持って投資するファンドです。
長期増配を続けることができるような優良銘柄は、そうした銘柄のひとつです。株価が値下がりしないため買いどきが少なく、急成長もしないため、短期的に利益を得る投資には向きません。短期・中期では、大型成長株を含むインデックスファンドの成長率を下回ることも多いでしょう。しかし、長期的に企業価値を高めて利益を再投資し、時間をかけて、それこそ複利のように高い利益をあげてくれますから、長期ではインデックスファンドの実績を上回る可能性があります。
また、確かな市場価値を持ちながら、市場に見出されていない銘柄を探し、短期の成長にこだわらず、ポリシーを持って長期的な投資を続けるファンドも、わたしたちの投資対象となります。こうしたポリシーのために、短中期でのファンドのパフォーマンスが低くなっても、勇気を持って長期のパフォーマンスを目指し続ける、知恵と勇気を持ったファンドにわたしたちは投資しています。
ファンド・オブ・ファンズですから間接的ではありますが、『敗者のゲーム』にある「他の人と違うことをする知恵と勇気を持てるか」 を実践しているといえるのではないでしょうか。
個人投資家は『敗者のゲーム』にどう向き合うべきか
——セゾン投信様の『敗者のゲーム』に基づく運用について理解しました。では、個人投資家にとっては『敗者のゲーム』をどのように踏まえて投資すべきでしょう?
瀬下 哲雄:これから投資を行う人は、「NISA」で様々なファンドを選ぶことができますが、アクティブファンドに関していえば、「プロだから安心」とは思わないほうがいいでしょう。なにしろプロの半分以上が市場平均、つまりインデックスの実績を下回るのです。よくわからないままに、「インデックス以上の実績を目指しているから」というだけでアクティブファンドを選択するくらいなら、インデックスファンドを選んだほうが賢明です。アクティブファンドを買うのなら、自分でファンドの方針や戦略を理解して、「これがいい」と思えるものだけにすべきですね。
先の「セゾン資産形成の達人ファンド」も、ポリシーをあまり理解せずに購入されたお客様は、「なぜこの上昇相場で実績が出ないのだ。他のファンドはもっと成長している」といって解約されることもあります。ポリシーを理解し、長期的な成長を期待してくださってはじめて、お客様が利益を得ることができると考えています。
——短期・中期の個別株投資のような、予測やタイミングを図る投資もすべきではないでしょうか?
瀬下 哲雄:『敗者のゲーム』に基づいて合理的に考えれば、そうなります。相場の予測は、プロでも当て続けることは困難ですし、わたし自身の場合であっても、合理的なデータに基づいても予測は半分程度しか当たりません。予測に頼った投資では、成功と失敗を繰り返すので、長期に渡って確実な利益を出すことが難しいのです。
しかし、個人投資家は自分の意思ひとつで投資ができるのですから、やるかどうかは自由です。また、先に述べた「お客様の資金を預かるプロには難しい投資」をできるのが個人投資家の強みです。根拠は薄くても、「1年後にはこの銘柄は凄いことになる」と信じられるなんらかの要素があるなら投資すればいいですよね。その結果、単発的に市場平均やプロを凌駕する実績を出す可能性は十分にあります。
——しかし、長期的に市場平均を超えることは難しいのですね。
瀬下 哲雄:短期的に勝てる戦略も、続ければいつかは負けます。『敗者のゲーム』の本質は「負けないこと」にあるのです。投資で負けないためには、予測に頼らず積立投資をすること、そして、自分が理解できないアクティブファンドやアクティブ投資に手を出さないことです。
市場の動きに一喜一憂せず、長期的な視点で資産を増やす戦略を立てること。そして、自分自身の投資哲学をしっかり持ち、それを貫く勇気を持つこと。短期的には逆風を感じることもありますが、長い目で見れば、それが結果的に勝者となる道だと『敗者のゲーム』は伝えています。アクティブ投資にチャレンジする人こそ、「負けないために」読んでみることをおすすめします。
瀬下 哲雄(せしも てつお)
セゾン投信株式会社「セゾン・グローバルバランスファンド」「セゾン資産形成の達人ファンド」ポートフォリオマネージャー。上智大学経済学部経営学科を卒業後、SE職やマーケティング職を経て、2006年セゾン投信(株)入社。2007年3月のファンド設定時より運用を担当し、2011年よりポートフォリオマネージャーに就任。「景気や市場動向の予想に頼らず、一貫した姿勢で投資を行うことが成果につながる」という考え方でファンドを運用し、そのキャリアは2025年3月現在で18年に及ぶ。
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