セゾン投信・瀬下氏が説く。不確実性の高い相場で、投資家はどう立ち回るべきなのか
トランプ大統領の関税政策見直しや地政学的な緊張など、世界の株式市場は不確実性に満ちている。こうした環境下で、投資家はどのような姿勢を持つべきだろうか。チャールズ・エリスの名著『敗者のゲーム』(日本経済新聞出版)の考え方に基づくファンド運用で実績をあげる、セゾン投信のファンドマネージャー・瀬下哲雄氏に、不確実性の高い市場での投資哲学について話を聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
見過ごされた市場にこそ、投資機会は見出しやすい
——まずは日本国内の市場の話から伺っていきます。日本の個人投資家は「日本経済に期待したい」という心情から日本株市場を好意的に見る傾向があります。ファンドマネージャーとしての冷静な視点から、現在の日本株市場をどう見ていますか?
瀬下 哲雄:日本市場は、将来的な人口減少から「衰退する市場」と捉える人も多いのが実情です。しかし、セゾン投信では2022年2月から「セゾン共創日本ファンド」を設定し、日本の中大型株を投資対象としてアクティブ運用を行っています。
新規ファンドの設立には、「国内の資産運用会社として日本経済に貢献したい」という思いもあったのですが、決して「不利なマーケットで勝負している」とは思いません。確かに日経平均株価は4万円台に至ってから現在は3万円台後半で停滞していますが、インデックスではなく個別株に目を向ければ、まだまだ日本は投資機会が見出しやすい市場だと考えています。
アベノミクス直前の2010年代の日本は、チャンスにあふれながらグローバルでは見過ごされた市場であり、成長可能性の高い企業がバーゲン状態で放置されていました。その頃に比べると、現在の日本市場はバリュエーションが高まってしまいましたが、それでも米国と比較すれば、いまだ割安です。
日本市場には長期的な業績向上が見込まれる企業が多く存在しており、同水準のアメリカ企業に比べると、バリュエーションはずっと割安ですから高い投資効率が期待できます。そうした日本企業を「市場で適正に評価されていない企業」と捉え、将来の成長を見越して投資を行っています。
——知名度こそ低いものの、実は世界屈指の高い技術を持っているような企業もありますね。
瀬下 哲雄:そのような企業こそが重要です。確かな市場ニーズと技術力を兼ね備えながら、日本に所在するというだけでインデックスファンドからの資金流入が少なく、投資家からの注目度も低いという企業も、脚光を浴びればグローバルで投資家に注目されていく可能性があります。
そうした企業を適切に発掘できれば、優れた投資機会となり得るでしょう。日本に住み、日本語話者として暮らしていることの利点を活かして、深みのある企業分析を行っていけるといいですね。

「平均への回帰」の視点で見る米国市場の今後
——米国株について伺います。トランプ政権下での関税政策の見直しなど、不確実性が高まっている米国株市場に対し、どのような見通しを立てていますか?
瀬下 哲雄:わたしの投資家としてのバイブルでもある、チャールズ・エリス氏の著書『敗者のゲーム』によれば、市場には「平均への回帰」という原則があります。市場は平均から離れるほど平均へ戻る力が強まり、過去に好調だった市場はいずれ低調へ、低調だった市場は好調へと転じる傾向です。
米国市場は長期間に渡って好調を持続してきたので、この原則からすれば今後は注意が必要でしょう。過去のパフォーマンスが優れていることは、すでに価格が高騰していることを意味し、必然的に将来の期待リターンは低下するからです。その意味では、先の日本市場のように、相対的に低評価の市場のほうが魅力的といえます。
トランプ大統領の政策については推察の域を出ませんが、関税政策に関して市場は唐突感を持って受け止めたものの、大統領選挙期間中から一貫して関税強化を主張していたことを踏まえれば、予定していた政策を実行に移したに過ぎないと考えられます。トランプ大統領自身は、株価や経済指標よりも、米国内の格差解消や疎外感を抱える層の支援といった大局的な目標を優先しているとわたしは考えています。
市場参加者が「トランプ政権は株式市場に好意的」という解釈で期待感を勝手に高め、現実とのギャップに直面したという側面があるでしょう。投資家の期待と政策との乖離が市場変動の一因となっていますが、『敗者のゲーム』の原則に則れば、こうした短期的な変動に過剰に反応すべきではありません。
——『敗者のゲーム』の原則とは、どのようなことでしょう?
瀬下 哲雄:同著によれば、チャールズ・エリス氏は「自ら取り得るリスクの限界の範囲内で、長期的な投資計画や資産配分方針を入念に策定し、市場の動向に左右されず、徹底的にその方針を守り抜く」ことが投資の成功の秘訣だといっています。市場の動向を予測し、売買のタイミングを図るような投資は失敗のリスクが高いものとして注意を促しているのです。
わたしが運用を担当するファンドも、この原則に則っているため、実のところトランプ政権の政策による市場への影響は短期・中期の変動に過ぎず、特段気にしていません。
当社の投資商品は、先の「セゾン共創日本ファンド」のほか、ファンド・オブ・ファンズとして複数の投資信託に投資するふたつの投資信託を展開しています。そのひとつ、「セゾン・グローバルバランスファンド」は株式と債券に半分ずつ投資し、株式も債券も世界各地域のインデックスファンドに投資を行うものです。
これは、「NISA」でインデックス投資を行っている個人投資家も同じですが、インデックスの長期投資であれば、短期・中期的な市場の変化に右往左往する必要はまったくありません。長期的な市場の成長を期して、粛々と投資を続けるだけです。
もうひとつの「セゾン資産形成の達人ファンド」はアクティブファンドですが、こちらも短期的な成果は追わず、長期的な成果だけに焦点を当てた運用を行っています。相場の波に左右されずに成長し続けられる優良企業への投資を行っているため、米国市場や世界市場の一時的な変動に対し、特別な対応をするということもありません。
——市場の変化を予測し、状況に合わせて売買をするのではなく、長期的な戦略に基づいた投資をしているのですね。
瀬下 哲雄:トランプ政権によって市場が荒れているといわれますが、もともと市場にはつねにリスクがあります。DeepSeekショックによるNVIDIA株の暴落もそうですが、予測もつかないことで市場は急変しますから、わたしは予測の必要性を排除した投資を行っています。今後も、トランプ大統領が市場に与える影響は予測がつきません。市場の乱高下に疲れてしまうのであれば、ご自身の投資のあり方を考え直すいい機会かもしれません。

リスクヘッジとしての債券の意義
——「金利上昇で債券価格が下落するため、債券は持つべきでない」との見方がありますが、瀬下さんが運用する「セゾン・グローバルバランスファンド」では、50%を債券が占めています。リスクヘッジにおける、債券のポートフォリオ組入れの意義をどう考えますか?
瀬下 哲雄:債券のポートフォリオ組み入れに関する懸念は、まったく妥当ではないと考えています。バランスファンドの本質は、株式と債券が異なる価格変動をすることによるリスク分散効果にあります。また、金利上昇局面での債券価格の下落を過度に懸念する見方は、短期的視点に偏っているといえるでしょう。
債券ポートフォリオでは、満期を迎えた債券からの償還金を順次再投資するため、金利上昇局面では、より高い金利で再投資できるメリットがあります。そのため、一定期間が経過すれば、金利上昇の効果がリターンの増加に寄与します。当社の「セゾン・グローバルバランスファンド」の場合、平均デュレーション(債券投資の平均回収期間)は10年未満のため、10年程度の投資期間を想定すれば、金利上昇はリターンにプラスとなるでしょう。長期投資の観点では、債券は依然として重要な資産であり、ポートフォリオへ組み入れる意義があると考えます。
——市場の不確実性のなかでも、地政学リスクはその最たるものだと思います。例えば、ファンドのなかには、中国市場を投資対象から除外する動きもあります。瀬下さんのお考えをお聞かせください。
瀬下 哲雄:特定地域を投資対象から除外するアプローチは、必ずしも有効ではないと考えます。例えば中国株を保有していなくても、中国関連のリスクは依然として存在します。対中関税強化でApple株が大幅下落したように、グローバル企業は特定地域のリスクから免れられません。そのうえで、ウクライナ紛争においてロシア関連資産が大幅に毀損したように、地政学リスクは予測困難です。
その対処法として、基本的かつもっとも有効なのは分散投資です。特定地域に偏重せず、米国、欧州、新興国、アジアなど、地理的に分散した投資配分を維持することが重要です。世界全体が同時に悪影響を受けるような最悪のシナリオを除けば、適切な分散を図ることが合理的な対応策と考えます。
わたしの場合は、インデックス投資であれば全世界株式(オルカン)のような時価総額加重で投資配分を考えます。また、アクティブ投資であれば、地域ごとの銘柄数と自己資本の総額から、投資機会となる有望な銘柄が何割あるかという視点で分析し、投資機会の分布に基づいた配分で分散投資を行っています。その視点でいえば、地政学リスクが高く経済が低迷している中国にも、個別には有望な銘柄があります。
日本株や米国株といった国・地域による括りではなく、世界各地の個別企業の質に注目することが重要なのです。企業の本質的価値と成長可能性を見極め、世界市場の変動、ならびに各地の市場の変動にあっても成長し続ける企業に対し、ブレのない長期投資を行っていきたいと考えています。

瀬下 哲雄(せしも てつお)
セゾン投信株式会社「セゾン・グローバルバランスファンド」「セゾン資産形成の達人ファンド」ポートフォリオマネージャー。上智大学経済学部経営学科を卒業後、SE職やマーケティング職を経て、2006年セゾン投信(株)入社。2007年3月のファンド設定時より運用を担当し、2011年よりポートフォリオマネージャーに就任。「景気や市場動向の予想に頼らず、一貫した姿勢で投資を行うことが成果につながる」という考え方でファンドを運用し、そのキャリアは2025年3月現在で18年に及ぶ。
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