企業のマーケティング戦略と消費者の購買心理を学べ。意志だけにまかせない節約の極意
株式投資を行うためには、原資をより多く投資にまわすための倹約・節制が欠かせないが、わたしたちが社会生活を営む世の中は、購買促進のためのマーケティング戦略に埋め尽くされている。WEBコンテンツではユーザーの閲覧履歴から興味関心に沿った広告が提案され、スーパーに行けば消費を促すために計算され尽くされた商品陳列が成されている。原資を確保しようにも、「お金を使わされる」誘惑だらけなのである。そこで、節約・投資系YouTuberとして節約術を発信するミニマリストゆみにゃん氏に、浪費を防ぐために認識しておきたい、企業のマーケティング戦略と消費者の購買心理について解説をお願いした。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
購買意欲を誘う、最大の要因はストレス
——様々な「節約術」を書籍やYouTubeで学んでも、なかなか実践できない人は多いと思います。
そのことについてどう考えますか?
ミニマリストゆみにゃん:浪費を繰り返してしまう根本的な原因は、「ストレス」にあるとわたしは考えています。人間は、仕事や生活における日常的なストレスが強いと、「幸福ホルモン」といわれるドーパミンを分泌してその苦しみを和らげようとするのですが、ドーパミンを分泌するためのてっとり早い手段が、「浪費」なのです。
あなたが、ストレスフルな状態を振り返ってみてください。洋服を買いに行けば、「これくらい買ってもいいはずだ」と悩まずに手に取り、ランチに行けば「少しくらいいいだろう」と高めのメニューを頼んでいませんか? お金を使うことは快楽や興奮につながることでもあるため、そうしてドーパミンが分泌され、ストレスを緩和しているというわけです。
——かつてゆみにゃんさんは浪費家だったということですが、どのようにして節約体質を身につけたのでしょう?
ミニマリストゆみにゃん:わたしは2008年にゲーム会社に内定したのですが、それはまさにリーマンショックが起こった年です。しばらくして大量リストラが行われると同時に、採用難となり、人手不足から月に約170時間の残業を強いられました。いくら好きな仕事とはいえ、睡眠不足とストレスでメンタルヘルスはボロボロです。その結果、買い物依存症に陥ってしまいました。もらった給料のほとんどを買い物に使ってしまうのですから、重症ですよね……(苦笑)。
そんな状態では、さらにストレスが増えるのは当然です。つまり、節約ができないのです。その状況から抜け出すために、家計簿をつけて収支の現状認識をしながら、支出を抑える努力をしていきました。しかし、頑張って貯蓄しても、ある程度の金額が貯まると「少しくらい使ってもいいよね」と、ストレスから解放されたくてお金を使ってしまうのです。まさに、際限のない物欲との戦いでした。
その節制と浪費のループから抜け出すことができたのは、転職が大きなきっかけとなりました。残業がなくなり仕事のストレスが改善されると、あれほど強かった物欲が消え、無理に頑張っていた節約生活も自然とこなせるようになったのです。人それぞれ置かれた立場や環境が異なるので一概にはいえませんが、身のまわりのストレスをなくすことも、貯蓄をするためには有効な手段ではないでしょうか。
——浪費はいわば、ストレスに対抗するための心理なのですね。
ミニマリストゆみにゃん:そうですね。これはもう、人間が持つ本能的な心理であるがゆえに、抗い難いものです。ですから、自分自身のストレスの原因を探り、それを解決してほしいと思います。また、ストレスからの浪費以外には、企業が仕掛けるマーケティング戦略という罠も存在します。
実はわたし自身、かつて働いていたゲーム会社では売上責任を持つ開発プロデューサーを務めており、マーケティング部門と連携して、販促について考えることも仕事の一環としていました。WEBのバナー広告ひとつとっても、どのタイミングで表示し、どのようなコピーを使って人の心を惹くかを日々考え、過去のユーザーの行動パターンや売上が高まったケースといった膨大なデータとノウハウをもとに、いかに消費者にお金を使ってもらうかを考えていたのです。
みなさんが浪費してしまうのは、必ずしもストレス緩和のためや、意志の弱さだけではありません。「消費者に買わせるためのマーケティング」が、日常生活の様々な場面で行われているからなのです。無防備に構えていれば、マーケティング戦略に踊らされお金を使ってしまう……。それはある意味、当然のことといえるでしょう。
でも、その事実がわかっていれば、浪費を意識的に回避することはできますよね? わたしは転職後に残業がなくなったことで、企業のマーケティング戦略や消費者の購買心理について学ぶ時間を持ったのですが、それもまた浪費を抑止する一助となりました。意識的に、そういった情報を頭に入れていくこともおすすめしたいと思います。
マーケティング戦略に触れる機会を減らすことが、浪費防止の最善策
——消費者の購買意欲を促す企業のマーケティング戦略には、具体的にどのようなものがありますか?
ミニマリストゆみにゃん:あえてショッキングな例を紹介しますが、テレビCMにはポジティブな内容のものが多いですよね? 美しい自然の景色、青春を謳歌する学生の姿、笑顔の絶えない家族、満ち足りた快適な暮らし……。CMというのは商品のイメージをよりよく伝えるために、充実感、満足感、爽快感、安心感、懐かしさ、暖かさ、テンションの上がるかっこよさなど、人間が持つポジティブな感情に訴えかけるようにつくられます。こうしたポジティブなCMは、ある番組のなかで放送すると効果的です。
——“ある番組”とは、どのような番組ですか?
ミニマリストゆみにゃん:それは、暗い情報も取り扱う「夜のニュース番組」です。紛争地域の情勢や海外の銃撃事件、国内の凄惨な事件、感染症、ストーカー被害など、夜のニュース番組は、暗くショッキングなニュースを多く取り扱う傾向にあります。そうしたニュースから、わたしたちは無意識的に「自分たちの死の可能性」を予期し、ストレスを感じるのです。すると、防衛本能として、どんなものでもいいので安心感や希望を得て心のバランスを取ろうとします。
これは、健康心理学者であるケリー・マクゴニガル氏による2012年のベストセラー『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)のなかで紹介された、「恐怖管理理論」という心理学現象です。
ニュースの報道は国内外で起こるショッキングなニュースを取り扱うことも使命のひとつですが、そういった情報を積極的に取り扱うのは、心理学に裏づけられた広告効果が期待できるからと見ることもできます。危機感を覚えたときに幸福感や安心感など、ポジティブな感情の湧くCMを提供することで、商品やサービスがより魅力的なものに感じられ、消費者は誘惑に負けやすくなるというわけです。
——そうした心理学現象の存在を知ることで、購買意欲が湧き上がっても「自分はいま、誘導されているのかもしれない」と考えることができますね。
ミニマリストゆみにゃん:ここでお伝えしたいのは、テレビ業界がこの心理学現象を実際に意図しているかどうかではなく、みなさんのなかでこうした心理が働いているという事実にあります。「この欲求はつくられたものかもしれない」と気づいて、浪費を考え直すことが大切なのです。
そうはいっても、企業が数億円、数十億円という莫大な予算をかけて放送されるテレビCMは、ただ闇雲に流しているわけではなく、消費者の購買意欲を最大限に掻き立てられるよう工夫されていることは紛れもない事実です。しかも、その心理学現象やマーケティング理論は多種多様で、極めて巧妙です。
ですから、テレビには優れたコンテンツも存在することは否定しませんが、いま浪費癖に悩んでいる人は、テレビに限らず広告マーケティングと一体になっているメディアは見ないに越したことはありません。かつて浪費家だったわたし自身、テレビを観るのをやめてからは、衝動的な物欲が減少したことを実感しています。
同じように、ファッション誌を読めば洋服が欲しくなるし、コンビニエンスストアやスーパーに行けば、不必要な買い物に誘導されます。もちろん、企業だって商売ですからそれを全否定するつもりはまったくありませんし、いいものを推薦してくれるのはわたしたちにとってもありがたいこともあるでしょう。ただ、マーケティングの現場に接触する機会を減らすことは、浪費を防ぐ効果的な手段となります。
ものを買うほど、際限なくものが欲しくなる心理に注意
——その他にも、浪費に深く関わる心理学現象はありますか?
ミニマリストゆみにゃん:「ディドロ効果」は浪費に直結する心理といえます。例えば、ハイセンスなインテリアを買ったのに、それを載せる棚が安っぽくインテリアの価値を台無しにしていたら、棚も買い替えたくなりますよね? 棚をおしゃれにすると、今度はテーブル、ソファ、内装などの安っぽさが目について、身のまわりの価値を一定ラインに引き上げたくなります。
この連鎖的に消費意欲が湧く現象を、ディドロ効果といいます。つまり、ひとつの浪費が次の浪費を呼び込んでしまうのです。その連鎖的な消費が、自分にとって本当に価値があるのならまったく構いません。しかし、「そこまでお金をかける気がなかった」のなら、心理学現象に踊らされていることを疑うべきでしょう。
——確かに、車を買うときなども、「外観はかっこいいのに、どうして標準品のホイールや内装は安っぽいのだろう? 台無しじゃないか」と怪訝に思い、オプションを検討してしまうこともありますね。
ミニマリストゆみにゃん:それをメーカーやディーラーもわかっていて、お客様が見劣りを感じ、アップグレードすることを折り込んでいる可能性は十分にあります。さらに、こうしたグレード選びの商談では、「アンカリング効果」という心理が働くことも注意が必要です。これは、最初に提示された情報が基準(アンカー)となって、他の選択肢を評価してしまう心理学的な現象です。
例えば車の商談では、最初にモデルもパーツも最高に近いグレードを提案されます。それが200万円の車体に100万円が上乗せされるオプションだとしたら、多くの人は想定予算を超えるので断るでしょう。しかし次に、「最低限、これくらいはどうでしょう?」と30万円のオプションを提示されると、先の100万円と比較して「それくらいならいいか」と前向きに検討してしまうのです。
本来は、「オプションをなにもつけない」という0円の選択肢があったとしても、アンカリング効果によってプラス30万円のオプションに誘導されてしまうのですね。この心理的な駆け引きは、住宅購入や結婚式の披露宴費用など、様々な商談で多用される営業術の基本テクニックです。
より身近なケースでは、飲食店の存在もあります。外の看板に「ランチ750円〜」と書いてあるから入店したのに、「おすすめ」「一番人気」として1,200円のランチが推奨されているとそれがアンカーになり、中間の1,000円のランチを選んでしまうといったシチュエーションです。多くの人が体験しているはずです。
——思う以上に、身近に心理学現象はあるのですね。
そうした心理に踊らされないためには、どのような心構えをするといいでしょう。
ミニマリストゆみにゃん:なんでもかんでも「これくらいならいいか」といって支出をしていたら、いくら稼いでいてもお金は手元に残りません。大事なことは、「自分にとって本当に価値ある支出はなにか」を明確にすることです。そして、それ以外への出費には慎重になる意識を持ちましょう。特に、ディドロ効果は、自分の価値観や欲求を省みることが歯止めになります。
また、アンカリング効果に対しても対策を打つことができます。高額な商談であれば、相見積もりを取って冷静に価格を比較することも重要なポイントになるでしょう。ランチのような日常的な支出においても、「最初はどうしたかったのか?」を思い出し、心理学現象に振りまわされないことが無駄な出費を避けることにつながるはずです。
——その「再考」するタイミングを得るためにも、心理学現象を知って自分の心理を疑ってみることが重要ですね。
ミニマリストゆみにゃん:消費者の購買心理にアプローチする企業のマーケティング戦略は、広告・販促、あるいは営業ノウハウですから、たくさんの本が刊行されていますし、インターネット上にもコンテンツは豊富にあります。「売りたい側」の心情と戦略を知り、「思い通りにはさせないぞ!」と対策を打っていきましょう。
また、こうしたマーケティングが洗練されている企業は、業績も良いものです。マーケティングを学んだうえでスーパーなどの売場やWEB広告などを見ると、その企業の強さが垣間見えます。株式投資における企業研究としても、興味深いテーマといえるのではないでしょうか。
ミニマリストゆみにゃん
ファイナンシャルプランナー・YouTuber。北海道生まれ、東京都・神奈川県育ち。FP技能検定3級所持。大学を卒業後、大手ゲームメーカーに入社。7年半付き合った彼氏と結婚するも、マイホーム購入直後に離婚して貯金はゼロに転落。さらに仮想通貨投資詐欺、不動産詐欺、恋人に騙されるなど資産を失い続ける。そこから転職し、節約とミニマリズムに目覚め、空いた時間でYouTubeにも挑戦。ミニマルライフを活かした節約術や持ち前の論理的思考をもとにお金の増やし方を発信し、チャンネル登録者は14万人を超えている(2024年8月現在)。著書に『ミニマリストゆみにゃんのお金のつくりかた』(すばる舎)、『オートで月5万円貯まる魔法の節約』(KADOKAWA)がある。