踏み出せないヒトのための投資術 第九回 夏休み番外編~こんな会社や社長はダメだ~
トイレが汚い会社は絶対に×(バツ)
8月のお盆直前、パソコンに向かっています。前回までの8回で非常に簡単ではありますが、これから株式投資を始めようかお悩みの方向けに投資先の決め方をお話し、一区切り付いたところです。その直後、足元では株価が急変動を繰り返し、個人投資家は株式投資をしばらく見合わせるほうが得策?と言う感じになっています。
こういう時こそ、じっくりと企業分析に時間を充てるというのもよいのですが、連日、首都圏は猛暑と集中豪雨の繰り返しというなかで、少し、疲れた体と頭を休ませるもの大切ではないかと思います。
そこで、今回は、ある読者から頂戴しましたご質問にお答えする番外編をお送りします。
その方からのご質問は「企業取材のときにどのようにして会社や社長を評価しているか」というものでした。確かにこのコラムでは、投資候補銘柄の社長の資質を自分なりに見極めることが最も大切な分析作業のひとつと申し上げて参りました。「自分なりに見極める」と言われても分からない、というお問い合わせはそのとおりだと思います。
私は、職種は変わりましたが、過去30年以上にわたって一貫して企業の取材と分析を行ってきました。恐らく、1万社以上の企業を取材してきました。そこで、私の経験に基づいた良い会社と悪い会社、良い社長と悪い社長についてお話します。あくまで私の経験から出したひとつの考え方です。夏休みの暇つぶし程度のお気持ちで受け止めていただくよう、お願いします。
まず、会社の評価に関して。良い会社よりも悪い会社の評価方法のほうが分かりやすいので、悪い会社についてお話しします。どのようなプラス材料があってもこれは絶対にダメ、というのは、トイレが汚い会社です。掃除がされていないことが分かるような会社は、そう遠くないうちに潰れます。“あくまで私の経験から”と申しましたが、これに関しては、自信を持っています。
昔、取材に行った会社にトイレが汚物だらけのところがありました。そういうところは、オフィスも非常に汚れていて、物も乱雑に置かれています。ヒトが働ける環境とはとても言えませんでした。案の定、程なくしてその会社は倒産しました。
このような例は、上場企業にはまずないですが、従業員数に比べてトイレの数が非常に少なく、一応掃除はされているものの、便器が汚れていたり、排水の流れが悪いような会社は、無条件に投資価値なしです。
私は、どのような会社に行っても必ず、用がなくてもまず、トイレを借ります。それくらいにトイレは会社の良し悪しを正直に語ってくれます。
次の悪い会社の例は、客が来ると、従業員全員が「いらっしゃいませ」と声を出すところです。上場企業でも、社長室に入る際にはオフィスを通る必要がある会社があります。その際、社員の方々の隣を通り過ぎるたびにデスクで作業中にも関わらず、続々と「いらっしゃいませ」と仕事の手を止めて頭を下げるのです。
このような会社の多くはオーナー企業です。客に対する礼を尽くすという考えなのでしょうか。しかし、仕事の手を止めてでも挨拶を優先するのは、実にばかげています。生産性が悪くなるうえに社員がオーナーに対して委縮してしまっているケースが非常に多いからです。挨拶される方も非常に恥ずかしい気持ちになります。良いことはひとつもありません。
私は、そのような企業に“遭遇”するたびに、社長に「これだけはすぐに止めるように」と進言しますが、聞き流されることがほとんどです。ビジネスモデルは良いものの、結局、大赤字を出し、オーナーが退いた後、そうした慣行を見直した結果、短期間で業績回復を果たした会社をいくつも知っています。
その他、小さな企業では、従業員が仕事をされている中で、社長と面談するケースもあります。そのような場合、必ず、電話が鳴る回数を数えます。ビジネスモデルにもよりますし、今は、メールでのやりとりが中心になっているという側面もありますが、1時間程度の取材中に電話がほとんどかかってこない会社は要注意と判断します。
言うまでもないことですが、電話では、受話器を取った方の対応も耳をそばだててチェックします。
良い会社かどうかは、発表された業績だけで分かるものではありません。個人投資家の方々には、難しいとは思いますが、オフィス環境から非常に多くの投資情報が得られるのは確かです。
社長の良し悪しとIRには関連性がある
次に社長の評価について触れさせていただきます。良い社長は、質問に正面から誰にでも理解できる言葉で回答してくださるような方です。「そんなの当然」と思われるかもしれませんが、いざ取材に行くと、そんな「当然」の社長はそれほど多くいらっしゃいません。
ただ、社長への評価をするうえで、ふたつの前提があります。インタビュアーとして相手を敬い謙虚な姿勢で、伺いたい内容をしっかりと考えておくことです。相手は、一国一城の主です。尊敬の念を持ちながら謙虚な姿勢で話を伺うことは当たり前のことですが、ともすると「聴いてあげよう」と上から目線の態度をとるインタビュアーもいます。後者のような態度をとれば、いくら温厚な人物でもまともに対応する気持ちになりません。また、伺いたい内容が的外れですと相手が白けてしまいます。
つまり、知りたいことを事前にしっかりと勉強してから、誠実な姿勢でインタビューに臨むことが一番、大切です。ただ、注意しなければならないことは、謙虚と卑下はまったく違うということです。物乞いに行っているわけではないのですから、あくまで、相手に敬意を払いながら対等な立場で話を伺うことを前提にしなければなりません。私が新聞記者になりたてのときに先輩からまず、言われたことは「相手が総理大臣でも頭を下げない」「原稿は、練習すればだれでも書ける。大切なのは、自分の個性で勝負すること」でした。
インタビュアーが、勉強したうえで誠実な態度で取材に臨んだ場合、良い社長は必ず、腑に落ちる回答を的確にご自身の声で返してくれます。反対に悪い社長は、答えをはぐらかすうえにやたらと専門用語や隠語を並べてごまかそうとします。要は、インタビュアーの腕が良ければ自然と社長の良し悪しが分かるということです。
余談ですが、私は、アナリストとして、最初の取材では必ず「御社のオンリーワンは何ですか」と伺います。この質問に対する回答次第で投資判断がほぼ決まると言っても言い過ぎではありません。よく「御社の課題は?」と投げかけるインタビュアーがいますが、そんなに簡単に自社の欠点を正直に話すヒトはいません。前向きな質問ならば必ず相手の社長から正直な答えが返ってきます。
社長の評価は、IR担当者の力量でも測れます。国会議員に陳情に行く場合、お願いするのは、当の議員ではありません。公設第一秘書です。優れた秘書は陳情されたその場で関係者に電話をしてすべてを解決してしまうそうです。企業対アナリストという状況では、この秘書がIR担当者と言えます。
優れたIR担当者は、質問内容からアナリストが何を知りたいかを的確に判断し、その場で回答できます。ストレートに回答できない質問に対しても上手に対応します。「そこはちょっと」とか、「後で回答します」と言ってくるようではまだまだです。むしろ、アナリストが訊いてくる質問をあらかじめ把握し、“待ってました”のタイミングで回答できるIR担当者が本当のプロと言えると思います。また、そういうIR担当者がいる企業は、社長も企業自体も信頼できると推察できると私は考えています。
これも余談ですが、取材に行っても「訊くことがない」場合があります。私の場合、勤め先の都合でいくつかの企業に必ず月1回は取材しなければなりませんでした。しかし、どんな大企業でも、1か月の間にいつもトピックスがあるわけではありません。そんなときは、IR担当者の前で私の趣味の落語をやっていました。前置きをしてから、古典でしたら「蝦蟇の油」や「道灌」、新作ですと三遊亭白鳥の「マキシム・ド・呑平衛」「萩の月の由来」などを30分程度かけてやります。業績が好調な企業のIR担当者はダイナミックに笑います。業績が優れない企業の場合は終始、下を向きながら鼻で笑うような反応をします。この反応の違いが案外、私自身の投資判断に役立つものでした。
このコラムをお読みくださっている皆様も、ご自分のアイデアやパーソナリティを活かした取材法で問い合わせをされてみてはいかがでしょうか。
次回からは、企業分析を終えて、いよいよ投資を行う段階に入ります。まずは、どれくらいの資金を用意し、いくつくらいの銘柄に投資したらよいか、についてお話します。
萬 太郎
IRコンサルタント。上場企業に「ファンダメンタルズ」と「株式の流動性」から企業価値向上のコンサルティングを実施。
大学卒業後、全国紙の経済記者、総合月刊誌の経済担当編集者等で活躍後、経営コンサルティング、証券アナリスト、ファンドマネージャーなどを歴任。近年は、国内上場企業の経営企画職にも従事。
現在は、投資する側とされる側の両方の視点を併せ持つIRコンサルタントとして活躍。