元東京国税局職員は見た!お金に振り回されない富裕層の価値観と家計への意識

近年の米国株の高騰、日経平均株価の上昇などにより、株式投資で資産を大きく増やす人が増えている。しかし、急激な資産の拡大に追いつかず、心のバランスを乱す人も多いと聞く。そこで、元東京国税局の国税専門官であり、2023年に上梓した『元国税専門官がこっそり教えるあなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)がベストセラーとなった小林義崇氏に、「富裕層の心のあり方」について話を聞いた。お金に振り回されない富裕層のライフスタイルや考え方を、いま現在、資産形成期にある人も参考にして損はないだろう。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
富裕層の多くは、長期投資で財を成した「普通の人」
——小林さんは東京国税局に在籍していた時代に、どのようなかたちで1億円以上の金融資産を持つ「富裕層」や、5億円以上の資産を持つ「超富裕層」の内情や資産構成に触れる機会があったのですか?
小林義崇:2004年に東京国税局に採用され、2017年に退職するまで、主に相続税の調査を担当していました。
現在の税制では、相続税の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」なので、配偶者ひとり、子どもふたりに相続する場合の基礎控除は4,800万円です。ですから、5,000万円ほどの資産でも相続税の課税対象となり得ます。
しかし、わたしが在籍していた時期は2015年の税制改正前が大半で、当時の相続税の基礎控除は「5,000万円+1,000万円×法定相続人の数」でした。法定相続人が3人なら基礎控除は8,000万円ですから、相続税の課税対象となる人は必然的に1億円以上の資産を持つ富裕層が多かったのです。とくに相続税調査を行うときは、数億円から数十億円の資産を相続した方がターゲットになることが大半でした。
相続税の対象者の一部に国税局は税務調査を行い、ご自宅に伺って資産の内訳や生前のお金の稼ぎ方や使い方などを調査します。その経験で気づいた富裕層の特徴を、退局後に書籍にまとめたわけです。
——富裕層のライフスタイルや稼ぎ方は、「自分とは違う人間」という印象だったのでしょうか?
小林義崇:それは逆ですね。意外と富裕層の多くは、「自分たちと変わらない人間だ」と感じました。富裕層というと、資産家の家系、あるいは事業で成功している経営者、医師や有名企業のエグゼクティブといった高収入な仕事に就いていて、裕福な生活をしている「特別な人」というイメージを持っていたのです。
しかし実際には、富裕層の大半が「もともと裕福でもなく、地道に稼いでいて気づいたら資産家になっていた」という資産形成のストーリーをお持ちだったのです。収入だって必ずしも高いとは限らず、ある人は町の工務店勤務、ある人はマッサージ師など職種も様々で、暮らしぶりを見ても拍子抜けするほど「普通の人」でした。ご遺族の方々にお話を伺うと、「仕事人間で、お金もあまり使わなかった」というケースが多かったですね。
ただ、「普通の人」との大きな違いは、資産運用です。税務調査で資産の内訳を見ると、「ただ貯金をしているだけ」の人はほとんどいません。不動産、株式、ゴールド、なかには美術品を蒐集している人もいましたが、なんらかの投資を行うことで資産を形成していたのです。それらが長期運用によって複利を生み、本人や遺族の自覚として「一生懸命働いていたら資産が膨らんでいた」という結果になっていました。
——小林さんが国税専門官だった2000年代、2010年代前半は「NISA」が登場する前で、現在ほど株式投資は普及していない状況でしたよね?
小林義崇:そうですね。ですから「富裕層になった普通の人たち」は、早くから資産運用の重要性を認識していたのだと思います。なかには「昔、証券会社の知人にすすめられて買った投資信託をほったらかしにしていたら、資産が大きくなっていた」という投資に無関心のケースもありますが、多くは意識的に長期投資を行っていたようでした。
わたしは相続税だけでなく株取引の税も担当していたのですが、株式の短期投資で大きく損失を出してしまい損益通算の申請相談に来る人の多さに驚きました。実際は株式の損失と給与所得などは損益通算できないのですが、「税金の還付で少しでも損を取り戻したい」と相談に来られていたのです。
一方、相続税が発生するほどの資産を築いたみなさんは長期投資がほとんどなのです。あらためて、株式投資における長期投資の堅実さと複利の力を感じましたね。
消費に理性的であることが富裕層の特徴
——富裕層のライフスタイルには、どのような特徴が見られますか?
小林義崇:「お金に無関心」というわけではないのですが、消費に対して理性的である印象が強いですね。健康サービス、子どもや孫の教育費といった、自分自身にとって価値あることにお金を使い、それ以外には極力使わない傾向があります。
たとえ高収入であっても、ブランド品に散財しているようなケースはほとんどなかったので、世間が抱く「富裕層の豪華なライフスタイル」はレアケースであり、そんな生活を続けていたら資産は枯渇するでしょう。もちろんなかには、若い頃は派手にお金を使い、徐々に落ち着いていったというパターンもありました。
相続税の税務調査で富裕層のご自宅を伺うと、わかりやすいお金持ちっぽい身なりや生活をしている形跡はほとんど見られません。強いていえば、ビジネスや冠婚葬祭などオフィシャルな場で恥ずかしくない品格であろうとする、メリハリの効いた方が多いようでした。
ただしそれは、時代背景もあるでしょう。当時、高齢で亡くなられた方々の家族観は、世代的に多くが「男が働き、女は家を守る」というものでしたから、ご主人はひたすら仕事をしていて、奥様が家のお金をしっかり守るという、チームプレーが功を奏しているケースが多く見られました。収入が決して多くはなくても、その役割分担で資産運用に回す原資を確保していたのです。
なかには投資とは別に、いわゆる「へそくり」が数千万円に達している家庭もあり、税務においてはいささか問題のケースもあるのですが、あらためて家計管理の凄みを感じさせられたものです。ともあれ、ご夫婦で互いにお金の感覚を律しあって、そうしたライフスタイルを守れていた面もあることは間違いないでしょう。
——富裕層に共通する、人格や価値観についてはどうでしょうか。
小林義崇:相続税の税務調査のためご本人は亡くなられていますから、あくまで見聞きした範囲ですが、礼儀正しく温和な方が多かったようです。
所得税や法人税に関して現役の社長に税務調査に行く場合は、相手が富裕層でも怒鳴りつけられたり「帰れ!」といわれたりすることもありますが、それは悪意的に探られているように思えてしまうので仕方ない側面もあります。
一方、相続に関する税務調査で、ご遺族から強くあたられることはほとんどありません。基本的には「いまさら税務署に抗っても得はない」と考える賢明さもあるはずですが、謙虚で穏やかな方が多い印象ですし、亡くなられたご本人様もそういう考え方だったのでしょう。
また、目に見える資産や支出からわかる価値観という点では、「文化財を守ろう」と考えている富裕層は多かったと思います。先に、美術品を集めている方の話に触れましたが、それも自分たちのお金で文化財を守り、支援したい気持ちの表れです。無駄遣いはしない傾向にあっても、歌舞伎、能、バレエ、クラシックなど、伝統的な舞台芸術の鑑賞には惜しみなくお金を使っていた印象を受けました。
国税庁を退職して、マネー系のライターとして活動する現在でも、富裕層の公共福祉への関心を感じることはあります。例えば、実績次第で桁外れの高収入をもらえる外資系投資銀行で活躍した方を以前に取材したのですが、その方の同僚が30代でリタイアしてしばらくは南の島でゆっくり過ごしていても、最終的には日本に戻ってきて社会活動を行う会社を設立されたそうです。人への温厚な接し方や態度というのも、こうした利他的な心理に由来するのかもしれません。
富裕層の考え方や行動から学べること
——富裕層の投資ポートフォリオについてはなにか特徴はありましたか?
小林義崇:長期投資が資産形成につながることに加え、リスク分散の重要性を理解している方が多かったようです。多くの富裕層が株式、債券、不動産などにうまく分散していて、現金もかなり手元に残していました。
また、預貯金については、銀行口座を1,000万円ずつに分散している方が多く見られました。金融機関が破綻した場合、預金保険制度(ペイオフ)により、1金融機関あたりひとりにつき元本1,000万円までが保護されますよね。逆をいえば、1,000万円までしか保護されないので、リスク対策としてそうしていたようです。
どれだけ資産を築いてもリスクがあることを忘れず、お金を無駄にしない感覚を持っていたからこそ、少ない原資からでも富裕層になれたのではないでしょうか。
——そうした節税対策を、富裕層のみなさんはどこで学ぶのでしょうか?
小林義崇:資産が5億、10億ともなれば、経営者でなくとも税理士や弁護士といった専門家のサポートを受けている人は多くいましたから、そういった専門家のアドバイスを取り入れたケースもあるのでしょう。
もうひとつは、「資産家同士のネットワーク」です。ゴルフなどの趣味つながりか、知人の紹介、あるいは金融機関を通じたコミュニティかもしれませんが、多くの富裕層が資産家同士のコミュニティやつながりを持っている傾向にありました。そこで資産管理について学んだのかもしれません。
逆に、こうしたネットワークがなく、孤独を抱えていたことをご遺族から伺うこともありました。真っ直ぐな仕事人間だったため、老後は仕事関係以外での人のつながりを持てなかったり、資産家として裕福であるがゆえに仲間と話が合わなくなったり、友人たちが先に逝去され、落ち込んで暮らしていたり……。つまり、「資産がある」というだけでは孤独の問題は解決できないのです。積極的にコミュニティに入っていき、人とのつながりを持つことは現代の投資家にとっても重要な学びだと考えます。
――富裕層のライフスタイルやお金の価値観がよく理解できました。
小林義崇:最後に伝えたいこととして、富裕層の税務調査では、しっかりと相続対策がなされていて感心するケースも珍しくありません。例えばそれは、生前贈与をうまく使って節税を行っていたり、ご遺族が揉めたり困ったりしないよう細かく準備がなされていたりといったことです。相続というのは、ご遺族との関係性や資産の性質によって、当事者ごとに難しい問題を抱えるものです。資産を持つことが嫌味にならない関係性のコミュニティのなかで先輩たちから実体験を聞き、そのアドバイスをしっかり実践していたのかもしれません。
小林 義崇(こばやし よしたか)
1981年生まれ、福岡県出身。フリーライター。西南学院大学商学部卒業後、2004年に東京国税局の国税専門官に採用され、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月東京国税局を退局し、フリーライターとして金融を中心に書籍や雑誌、ウェブメディアにて執筆するほか、お金に関するセミナーを行っている。『すみません、金利ってなんですか?』(サンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教えるあなたの隣の億万長者:富裕層に学んだ一生お金に困らない29の習慣』(ダイヤモンド社)、『元東京国税局職員が教えるお金の基本』(幻冬舎)、『新しいフリーランスの歩き方』(扶桑社)など著書多数。
