無視できない「金利」と「インフレ」の話。これから変わる、日本経済と投資の新常識

政府が長らく続けてきた超低金利政策に、あきらかな変化の兆しが見えている。日銀は2024年3月にマイナス金利政策を解除し、その後も段階的な利上げを実施。その背景にあるのは、30年ぶりとなるインフレの到来だ。しかし、金利上昇は住宅ローンをはじめとする借り入れコストの増加を意味し、家計への影響は避けられない。長期にわたるデフレに慣れ親しんだわたしたち日本人にとって、インフレ環境での資産形成や生活設計は未知の領域でもあるわけだ。こうした状況について、元東京国税局の国税専門官であり、現在はマネー系ライターとして活躍する小林義崇氏に、「金利」と「インフレ」のこと、そして、これから変わっていく日本経済の流れと株式投資について話を聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
インフレ時代の到来で変わる金利環境と実生活への影響
——小林さんは2020年に『すみません、金利ってなんですか?』(サンマーク出版)を刊行していて、あの本はベストセラーになりましたよね。そんな小林さんに伺いたいのですが、いま日本で起きている金利の上昇とインフレの状況についてはどう見ていますか?
小林義崇:金利というのは、基本的に日本銀行がコントロールしているのですが、景気に合わせてコントロールされています。景気が悪いと物価が下がるデフレになるので日銀は金利を下げるわけですが、構造上、金利を下げるとお金を借りやすくなるので、住宅購入が増えたり、企業は新たなビジネスや設備投資をしたりしやすくなるので、景気を刺激することになります。
その流れが、バブル崩壊以降の「失われた30年」と呼ばれた、長期不況における「マイナス金利」の時代です。政策金利がマイナスなので、銀行の住宅ローンも変動型では1%を下回る超低金利の時代が続きました。
しかし、長期不況に喘いでいたのは日本だけで、この30年間で世界経済は成長し続けています。経済が成長すると物価は上昇するインフレになるので、世界的な物価上昇により、多くの原料を輸入に頼る日本もインフレにならざるを得ないのです。
デフレ時代にはほとんど上昇しなかったインフレ率ですが、2022年以降上昇し、現在まで2%から4%で推移しています。一方、日経平均株価はバブル崩壊以前の水準を超え、史上最高値を更新するなど市場では好景気にも見えますが、賃金上昇率は弱く、実態が伴っていないともいわれています。そうしたなかで、日銀は2024年にマイナス金利を解除しましたが、今後どのように利上げを行ってインフレを抑え、経済をコントロールしていくかが注目されている状況です。
——金利を上げる理由には、海外との金利差も影響していますよね。
小林義崇:そうですね。アメリカはインフレを抑えるために2022年以降は急激な利上げを行い、2023年に金利は最大5%台にも達しました。経済の原理として政策金利の高い国にお金が流れ、それが為替の格差を生みます。当時はマイナス金利、現在でも1%以下の金利である日本との金利格差から、ドル円相場は1ドル150円前後の円安状態が常態化してしまいました。
ほとんどの国が日本よりも金利は高く、またこの30年で経済成長もしているため、日本円は為替市場において弱いポジションにいるといえます。最近、仕事でスペインに10日間滞在したのですが、1ユーロ170円程度なので、カジュアルなランチでも3,000円近くするほどでした。ホテル代だって高額です。特に贅沢する気がなくても、1泊2万円から3万円はかかります。日本円の弱さを痛感しました。
そもそもの話ですが、日本と海外の為替差を抜きにしても、海外だって物価が上がっています。スペインでのランチ代が日本円換算で3,000円だといいましたが、現地でも数年間なら12ユーロのランチが17ユーロになるような物価上昇が起こっています。仮に、もっとも円高だった1ユーロ100円の時代で換算しても、ランチ代は1700円もしたわけです。日本は原材料や食料品など様々なものを輸入しますから、現地の人からしても高いものに為替差が乗っかって、さらに価格が上がっている状況です。
この円安状態の改善もまた、日銀が政策金利を上げたい理由なのですが、「金利を上げる」というのも経済や国民生活に大きな影響を及ぼすため、簡単にはできません。住宅ローンの金利が上がれば変動金利でローンを組んだ人たちの返済額が増えて生活を圧迫しますし、企業は資金調達が困難になり、新規の事業投資ができないため経済が停滞します。
ただし日銀の発表によれば、「物価が上がったから金利を上げる」のではなく、あくまでも、物価上昇が企業の業績に波及し「国民の賃金が上がるサイクルが生まれ出したら金利を上げる」というニュアンスの方針を掲げています。そのため、今後急激に金利が上昇するということはなく、しばらくは様子見なのではないでしょうか。
現金保有リスクが高まる時代、投資による資産防衛の必要性が高まる
——やはり、インフレに対するリスクヘッジは株式投資がベターですか?
小林義崇:日銀が目標としているインフレ率は年2%ですし、今後長期的にインフレは続いていくでしょう。すると、現金預金はインフレによって価値が目減りしていくため、現金以外の資産を持っておく必要が出てきます。ただし、株式が一番かどうかは、わたしには断言できません。株式、不動産、ゴールドなど、それぞれの資産クラスに異なるリスクがあるため、分散していくつか持っておくことがポイントだと考えます。
ただ、少ない資産から手軽に投資できるのが株式の利点です。スマホでも手軽に売買ができ、参入のしやすさと管理の効率のよさはあきらかに株式が群を抜いています。政府も2014年に株式や投資信託などの収益を非課税化した「NISA」を開始しました。2024年には、上限枠を大幅に広げた「新NISA」を開始したことで、有利な資産運用になっています。
「NISA」というのは、政府が大事な税収を抑え込んででも国民に発した、「老後資金を自分で賄えるようにしてください」というメッセージだと思っています。将来、超高齢化社会の影響だけでなく、物価上昇も相まって「年金だけでは食べていけない」人が増えると、国の福祉政策やセーフティネットでは立ち行かなくなってしまいます。だからこそ政府は「NISA」を開始したのでしょうし、株式投資による資産運用はやったほうが賢明でしょう。
——しかしながら、金利の上昇は株価においては抑制的、つまりマイナスに作用するとされます。金利の観点で見た、今後の日本株市場について小林さんはどう考えますか?
小林義崇:わたしは前向きに捉えています。製造業、コンテンツ産業、サービス業など、日本企業の強さというのは変わらずにあると思うからです。これまで日本企業は主に国内需要をもとに成長してきた側面が強く、グローバルに展開できる企業が少なかったことが経済成長の足枷になっていたはずです。この30年で海外に差をつけられたのも、グローバル市場の取り込みが弱かったからだといえます。
しかし、経営者の世代交代が進み、多くの企業がグローバル市場に進出し、すでに売り上げの半分以上を海外で挙げている企業も増えています。これからインフレが続くとしても、企業が海外市場で業績を高めていけば、賃金は上昇しますし、国内需要の活性化にもつながっていきます。すると、内需中心の企業にも好影響が生じる流れが生まれていきます。日銀の金利政策がその流れを待つ方針なのであれば、仮に利上げするにしても、市場の盛り上がりに水を指すやり方ではないことを期待したいですね。
投資家急増で変わる日本株市場は30年停滞からの転換点に?
——先の「NISA」によって、株式投資の裾野は確実に広がっています。この状況が日本経済にもたらす影響についてはどうでしょうか。
小林義崇:これは、わたしが金融系ライターとして過去にインタビューした人がいっていたことなのですが、「日本人がもっと積極的に投資をしていれば、バブル崩壊以降の不況は長期化せず、海外に比べて賃金が低い状況も防げたのではないか?」というのです。あくまでも「たられば」の話ではありますが、以前より「日本人の預貯金は約1,102兆円ある」「過剰なタンス貯金」などといわれていたわけで、それが市場に投入されていれば、確かに経済のあり方は違ったかもしれません。
また、欧米と比べると、日本人は投資人口の割合が少ないことで知られます。株式投資が根づかなかったその要因には、1990年代、2000年代の日本はデフレで経済が低迷したため、現金が強い時代が長く続いたということがあると思います。でも、そういった状況下においても多くの人が銀行預金やタンス預金をせずに株式投資を行っていたら、日本はお金持ちばかりの国になっていた可能性は十分にあります。しかし実際は、ごくわずかな資産運用の意識を持っていた人が富裕層になったに過ぎません。
また、日本人に投資家が少なかった理由として挙げられるのが、「バブル崩壊のトラウマ」です。不動産投資に携わった多くの人や企業が突如として破産し株価も暴落したのですから、「投資は危険なものだ」と刷り込まれるのは無理もないでしょう。それだけでなく、バブル崩壊以前には、銀行預金の金利が6%もあり、そのイメージから「投資より貯金が堅実」という意識が生じたのかもしれません。しかし、現在の預金金利は0.02%程度が中心で微々たるものです。それでも銀行にお金を預ける人が多いのは、いまだにバブル崩壊の影響があるように感じます。
とはいえ、2010年代を経て、2020年代になってだいぶ株式投資への印象は変わりましたよね。いま、「NISA」は約2,600万口座にも拡大し、国内の投資家人口は確実に増えています。さらに、現在の日経平均株価の高騰も相まって「投資をやっておけばよかった」という心理はますます働くのではないでしょうか。投資をする人が増えれば株価の上昇につながります。今後の日本経済の先行きを見通すうえで、非常に前向きな材料だと感じています。
——株式投資のさらなる活性化が、「物価は上がるが賃金も上がる」というインフレ経済のあり方を後押しする可能性があるわけですね。
小林義崇:そうですね。現時点ではなかなか賃金上昇に結びつかず、物価だけが高まる苦しい状況にありますが、株式投資による資金流入が国内経済を押し上げ、本来あるべきインフレ経済のかたちにつながる点は無視できないと思います。だからといって、「日本企業に投資すべきだ」「海外投資は悪」というわけでなく、海外の高い成長性を取り込んで個人投資家が資産を増やすこともまた、内需の拡大につながるはずです。
また、物価上昇と賃金上昇が連動するためには、世の中の「値上げを許容する空気」も重要ではないでしょうか。これまで、多くの企業が原価高騰で苦しくても値段を据え置きにして、そのことが利益を圧迫し、企業成長を阻害していたことは紛れもない事実です。当然、人件費も抑えるので賃金が上がらない一因でもありました。
「令和の米騒動」のような特殊な価格上昇の例はありつつも、すでに多くの人が「物価上昇」に慣れてきている面はあると思います。株式投資がより普及することで、価格転嫁と業績の関係性に意識を傾ける人が増え、物価上昇に理解を示す人の母数は増えるのではないか――。そんな希望的観測をわたしは持っています。
小林 義崇(こばやし よしたか)
1981年生まれ、福岡県出身。フリーライター。西南学院大学商学部卒業後、2004年に東京国税局の国税専門官に採用され、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月東京国税局を退局し、フリーライターとして金融を中心に書籍や雑誌、ウェブメディアにて執筆するほか、お金に関するセミナーを行っている。『すみません、金利ってなんですか?』(サンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教えるあなたの隣の億万長者:富裕層に学んだ一生お金に困らない29の習慣』(ダイヤモンド社)、『元東京国税局職員が教えるお金の基本』(幻冬舎)、『新しいフリーランスの歩き方』(扶桑社)など著書多数。
