わたしが「億り人」になってもFIREしない理由。資産ができても不幸にならないためのマインドセット

投資ブログの先駆けとして知られる「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」の運営者である水瀬ケンイチ氏は、20年超のインデックス投資によって2021年に資産1億円を達成している。もともと投資による早期リタイアを志向していたが、いざFIREも可能な資産状況になってみると、現在のままサラリーマンとして働き続けたくなったという。水瀬氏に、資産形成がもたらした心境の変化と、働くことの意義について伺った。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟
「老後への不安」からはじまった投資人生
——水瀬さんは2000年頃から投資をはじめたそうですね。投資をすることにしたきっかけを教えてください。
水瀬ケンイチ:将来の不安があったからです。当時まだわたしも20代で、イケイケドンドンで遊んでばかりいて、預貯金なんてほとんどありませんでした。社会人1年目のときには買ったばかりの車を事故で廃車にしてしまい、2台分のカーローンを支払っているような奔放な暮らしをしていたほどです。
そんな折に、老後資金の必要性について知る機会があり、老人ホームの入居費用ひとつとっても想像以上に高額で驚いてしまったのです。当時の自分の生活では、まったく貯められそうなビジョンが見えませんでした。さらに、世代の平均貯蓄額を調べたら、同世代の人たちが自分よりずっと堅実に貯蓄をしていて、「このままではマズい……」と焦りました。
あたりまえですが、心を入れ替えて、ちゃんと貯金もしないといけないし、収入も増やさないと追いつくことはできません。そこで2000年頃から個別株投資をはじめたのですが、2002年にバートン・マルキール氏による投資の名著『ウォール街のランダム・ウォーカー』(日本経済新聞出版)と出会って影響を受けたことをきっかけに、インデックス投資に軸足を置いて現在に至るということです。
——そうしてインデックス投資を約20年継続し、水瀬さんは資産1億円を達成しました。1,000万円、3,000万円、5,000万円……と資産が増えていくなか、どのあたりで「将来の安心感」を得ることができましたか?
水瀬ケンイチ:SNSなどでは、「1,000万円を超えると世の中の見え方が変わる!」という意見を見聞きしますが、わたしの場合は、1,000万円でも3,000万円でもまったく変わらなかったですね。理由のひとつとして、わたしはIT企業で働いているのですが、30代、40代ともなれば働き盛りで全国を回って忙しく、資産形成中はそれどころではなかったからです。
5,000万円くらいの時期には大きな病気をして、長期間休職する期間もありました。自分の身体と仕事、生活と家族を立て直すのに一生懸命で、投資額を気にかけている場合ではありませんでした。
もうひとつの理由は、「資産が増えていくこと」と「自分の生活」を意識的に切り離していたこともあります。個別株投資や短期投資が主体で、もっとコミットが必要な投資ならともかく、インデックス投資のメリットは「市場の波を読むことなく、淡々と投資し続ければいい」ことですから、いい意味で相場と無縁でいられたのです。
「年利4.5%で増える」ことを想定してポートフォリオをしっかり組み、何年目にどの程度増えるかもすでにシミュレーションしていました。よって、その過程に過ぎない資産の変動で気分が上がったり落ち込んだりして、仕事や生活に影響をきたさないようにしていたわけです。
FIREしない理由と働くことの生きがい
——では、資産形成による安心を実感できたのはどのタイミングでしたか?
水瀬ケンイチ:やはり、投資計画のひとつの目途としていた1億円が近づいてきて、実際に1億円を突破したタイミングですね。「お金がない」「まわりと比べて貯蓄がない」という不安感が晴れたことを感じました。「計画を達成した」という実感がトリガーだったのでしょう。
その安心感が具体的に好影響を与えたのは、労働観だと思います。サラリーマンとしての仕事は基本的に楽しいのですが、やはり肉体的・精神的に苦しめられることも当然あります。そのとき、「ここで働き続けないと生活ができない」という弱みがある状態では、苦しくて「いっそ辞めてしまいたい」「逃げ出したい」と思っても、「できない」とわかっているから心は追い詰められるだけでしょう。
でも、経済的な部分で本業に依存する必要がなくなり「いつでもやめられる」と思えると、心に余裕ができます。例えるなら、辞表を胸ポケットに入れて、いつでも上司の机に叩きつける覚悟ができたようなものかもしれません。
すると、苦しいときも、「辞めたい」とか「逃げたい」と思うことすらなくなったのです。肩の力が抜けて、「この状況を改善するために、自分ができることはなんだろう?」と、感情に振り回されず建設的な判断ができるようになっていきました。経済的なプレッシャーから解放されることによって、かえっていい仕事ができるようになったと最近ひしひしと感じています。
——例えば1億円の資産がある場合であれば、その4%のリターンにあたる年間400万円程度の取り崩しなら、総資産を減らさずに生活ができる「4%ルール」は有名な話です。つまり、FIREしようと思えばできる状況だと思いますが、それでも働き続けるのはなぜですか?
水瀬ケンイチ:実はわたしも、「FIRE」という言葉ができる前から株式投資による早期リタイアを目指していました。わたしの投資ブログ「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」のプロフィール欄には、「今は会社勤めですが、投資で早期リタイアして、ある分野で思う存分社会貢献しようと考えています」と書いていて、それは20年前から変更していません。
でも、いざ「いつでもFIREできる状態」になってみると、仕事が生活のための「ライスワーク」ではなく、心地いいものになりました。ですから、本業の仕事を通じて社会に貢献することを「ライフワーク」として働いていくのも悪くないなと考え方が変わっていったということです。
それに、「人とのつながり」のなかで働くことは、「やりがい」を感じやすいと思うのです。わたしは現在営業支援の仕事をしているため、頑張っている若者の成長を間近で見ることができます。「契約取れましたよ!」と報告を受けて喜び合える瞬間は最高ですよね。「これは修正が必要だね。あとでトラブルになるから気をつけよう」などと指摘もして、若手の成長にも貢献できているかなと思います。そうやって、多くの人と一緒に仕事をしていくのは「楽しい」と感じています。ですから、将来のことはわかりませんが、いますぐに仕事を辞めようとは思っていません。
——一方で水瀬さんは、「FIREによる生き方」についてはどう見ていますか?
水瀬ケンイチ:FIREして自分がやりたいことに注力している人は素晴らしいですし、うらやましいです。ただ、FIRE(Financial Independence, Retire Early)の「RE」の部分、つまり「早期リタイア」自体が目的となっている人は、「本当にそれでいいのか」を考える必要があるとも思っています。
実際に早期リタイアしてみたものの、FIREの目的や準備が不十分なため、経済的な心配や「つまらない」という理由で再び働きはじめる「FIRE卒業」というケースも増えています。また、「なにもやることなくて暇だ」とか、「物価を上げるな! 計画が狂うじゃないか!」など、不平や不満ばかりをいっている人も実際にいるわけです。仕事を辞めたら誰もが心安らかになるわけではないのでしょう。
誰でもいずれは定年退職などでリタイアするのですから、ただ「早期リタイアしただけ」では、特段、人生におけるメリットはなく、他人に誇れることもないのかもしれません。やはり人間は、存在意義や充実を感じられることが大切ですから、「経済的に独立し、得た時間やお金を使ってなにをするのか」をしっかり考えたうえでFIREすることが大切ではないでしょうか。
インデックス投資で心を乱されないためのアドバイス
——株式投資で成功する人もいますが、メンタルを崩してしまう人もいます。インデックス投資で資産形成を行う場合における、心の持ち方についてアドバイスがあればお願いします。
水瀬ケンイチ:インデックス投資の最大のメリットは、「放っておいていい」ことです。投資するインデックスファンドを決めたら、毎月定額で投資し続けるだけでよく、市場を予測して行動を変える必要がありません。ですから、焦燥感にかられたり、投資の成否にやきもきしたりする必要なく、放っておいて自分の日々の仕事と生活を送ればいいのです。
資産家のなかには、株式ではなく土地や不動産をたくさん保有する人もいます。不動産投資家は、「今日の地価は? 現在の資産価値は?」と毎日チェックして一喜一憂しませんよね? それと同じく、株式や債券などの有価証券だからといって、資産額に心を揺さぶられることなく淡々としていることが重要なポイントです。
資産が増えるとついチェックして、「自分はこれだけのお金を持っているぞ」と安心したくなる気持ちは理解できます。しかし、日常的に資産額を意識していると、増えれば取り崩して使いたくなったり、暴落時には含み損でショックを受けたりと、まるでいいことがありません。
インデックス投資において大事なことは、とにかく長期的に投資し続けることであり、結果として複利を生み資産を大きくしてくれます。その支障にならないよう、「資産額に一喜一憂しない」マインドを持つことをおすすめします。
——ただ……資産が増えれば増えるほど、これまでに持ったことのない金額に心が揺さぶられてしまうのは仕方ない面がありますね。
水瀬ケンイチ:そうですね。月3万円から5万円程度のインデックス投資でも、10年、20年と続けていれば、1,000万円や3,000万円と資産が大きくなっていきます。そこで大切なことは、資産の変動を「額」ではなく「率」で把握することです。
わたしも最初の頃は金額ベースで投資損益をチェックしていたのですが、「今日だけで1万円損していたから、今日の仕事はタダ働きだったようなものだ」とか、「30万円下がったから1カ月分の給料が水の泡だ」といって、当時の金銭感覚のなかで、実生活の収支と投資損益を比べてよく落ち込んだものです。しかし、そんなマインドでは、資産が増えるほど投資などやっていられなくなります。例えば、株式の評価額が1,000万円にもなると、3%程度の日常的な値動きでもサラリーマンの月給相当の30万円が増減することになるからです。さらに資産額が増えれば、なおさら下落時のダメージは大きくなります。
ですから、投資損益をチェックするときは意識的に「率」で捉えるようにして、「先月から20%の含み損が生じているな」と考えるようにすれば、見え方がかなり変わってきます。わたしは、自分のリスク許容度も率で把握しています。「1年でマイナス30%までなら涼しい顔をしていられる」「マイナス40%までなら耐えられる」「マイナス50%は無理だな……」といった具合に、金額とは切り離して考えているのです。わたしのように率で考えることもひとつの手段ですが、市場が下落したときの自分のメンタルを想像し、「どうすれば淡々としていられるか」を考えていくことを心がけてほしいと思います。
水瀬ケンイチ(みなせ けんいち)
1973年、東京都生まれ。IT企業に勤める個人投資家。2005年より投資ブログ「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」をはじめた、投資ブロガーの先駆け。経済評論家の山崎元氏との共著でインデックス投資を解説した『ほったらかし投資術』(朝日新書)がベストセラーになったほか、『お金は寝かせて増やしなさい』(フォレスト出版)、最新刊『彼はそれを「賢者の投資術」と言った』(Gakken)など著書多数。著書の累計部数は55万部を突破(2025年6月時点)。
