見栄を手放せば、幸福に収入は関係ない。サバンナ・八木真澄が提唱する「心の大富豪」のあり方
「見栄を張らず自分軸で生きれば、どんな収入でも幸せになれる」―そう語るのは、お笑いコンビ「サバンナ」の八木真澄氏。そんな八木氏は、芸人として劇場やメディアで活躍するだけでなく、投資家、節約家、ファイナンシャルプランナーとしての顔も持つ、お金の専門家でもある。「お金があれば幸せになれる」という漠然とした価値観への疑問と、お金と幸せの本質について語ってもらった。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
見栄と優越による満足は際限がない
——八木さんはファイナンシャルプランナー1級を持つ他、投資家でもあり、証券や金融商品を取り扱える証券外務員資格も持っていますよね。しかし、2024年に発刊した『年収300万円で心の大富豪』(KADOKAWA)では、投資やマネープランのことではなく、「お金と幸せ」の考え方について著しています。どのような思いから出版されたのでしょう?
八木 真澄:お金の使い方や考え方を変えれば、生活はもっと楽になるし、幸せを感じられることを共有したかったのです。
最近、東京の地価上昇は凄まじくて、都心の新築マンションが2億円、3億円があたりまえになっていますよね。ひとむかし前なら「大豪邸」といわれていた価格が、あたりまえの顔をして広告として張り出されています。連動して、賃貸の家賃も上がっています。あきらかに実体経済と乖離しているのに、それでもみんな「都心に住みたい」といって東京一極集中しています。
それって、本当に自分にとって幸福につながる支出でしょうか? 「必要」だけを考えたら、郊外でもインフラさえ整っていれば問題はありません。僕からすると、現代は「見栄」や「優越感」に過ぎない支出にまで「必要」を当てはめて、無理をしているように見えます。
多くの人が「お金を増やしたい」と思っているのに、それでは無駄な支出が増えるばかりです。いま、収入が増えない割に、物価もどんどん上がっています。見栄や優越感にお金を払っても、他人の目を気にしたものに過ぎないので、自分自身の満足や幸福につながらないと思うのです。たくさん稼いで高い車を手に入れても、もっと価格もステータスも高い車を持つ人は必ずいて、嫉妬や欲望に際限がないじゃないですか。
そういう空虚なものに幸福を見出して「お金がないから幸せになれない」といっていたら、いつまでたっても幸せにはなれません。そうではなく、いまの収入や生活のなかに幸福はあるということ。そして、幸福に気づくことができれば、無理な見栄や優越感への支出を手放せるはずなのです。そして、お金をもっと自分にとって大切なことに使って、幸福になる。そういうことが、物価上昇に苦しむいま必要な考え方だと思い、『年収300万円で心の大富豪』という本を書きました。
——本来、自分の収入に合わせて生活を考えるのは、「あたりまえ」のことですよね。
八木 真澄:「あたりまえ」ですが、東京の中心にいるとそれが難しいことは僕もわかります。周囲の感度に合わせたファッションや生活スタイルでないと、自分が恥ずかしく思えて見栄を張ってしまいます。みなさんだって、仮に都心暮らしでなくても、見栄や優越感のために支出してしまうことはありませんか? 僕自身も、「まだ見栄を張っているんじゃないか」と確認したかったことも本を書いた理由でした。要するに、本を書くことは、「ひとりキャンプで自分を見つめ直す」みたいなことですね。

満足のハードルを下げることが幸福への道
——『年収300万円で心の大富豪』では、幸福について考え直す気づきや、お金の使い方のアイデアがたくさん記されています。でも、気づきを得ても、感化されても、なかなか行動に落とし込むことは簡単ではありません。
八木 真澄:それはそうですね。でも、投資するにせよ、節約するにせよ、まず現状で幸福を感じることが重要です。不満があると、その不満を解消するためにお金を使ってしまいますから、いまの収入で「すでに幸福かもしれない」と思えるマインドを整えることです。
僕自身、30年前の駆け出しの芸人の頃、月5万円も稼げなかったので、ハードに節約していました。飲み物は買わずに自宅でお茶をつくって、一度のお茶っ葉で3回は淹れると決めていたので最後は「ほぼ水」です(苦笑)。でも、そんな生活でも苦は感じていませんでした。なぜなら、それが「あたりまえ」になっていたからです。
贅沢している芸人が周囲にいても、それはそれ。当時の僕には無縁なことなのでシャットアウトして、自分の仕事が昨日よりよくなることに幸せや充実を感じていました。
いまは、その頃に比べればずっと収入はありますが、消費感覚は意外と変わっていません。自分に必要なものは買うけれど、必要でないなら買わないし、手間をかければ買わずに済むならそうします。高級品を買わなくても安く手に入るもので満足を得られますし、幸福感や満足は、モノの価値ではなく、自分の心次第です。
逆に、上がってしまった幸福のハードルは、すぐには下がらないでしょう。だから時間をかけて慣れていくこと。つまり、習慣化が必要なのだと思います。
——コツのようなものはありますか? 例えば、高い商品を買って感動を得ると「これまでのものには戻れない」といいますよね。戻すにはどうしたらいいでしょうか。
八木 真澄:その商品の背景をよく調べることだと思います。例えば、高級ブランドにふさわしい丁寧な仕事の靴下であっても、実はその靴下工場は高級ブランドの下請けで、同じくらいクオリティの高い靴下をノーブランドでつくっていることもあります。
お酒だってそうです。日本酒では米を50%以上も削ってなにも添加しないピュアな「純米大吟醸」が一番いいものとして扱われますが、飲む人によって「この銘柄はむしろ、醸造アルコールを添加した本醸造のほうが味に落ち着きがあってうまい」ということもあります。ウイスキーも熟成年数が長いほどいいかというと、好みによります。
そういうことを分析してみて、安いほうを買ってみたら「別に、これで十分じゃないか」と思うことはたくさんあるでしょう。世間の善し悪しで判断するのではなく、自分で選択肢を知って、自分軸で選択していくのがいいですよね。そういう経験を積み重ねたら、見栄で高いものを買うことは避けられるのではないでしょうか。

お金がないからこそ感じられる幸せ
——日々の仕事や生活のなかではストレスがあって、それが幸福感を得られない原因になることはよくあります。八木さんは、ストレスに対してどう向き合っていますか?
八木 真澄:ストレスはなくすものではなく、どれだけコントロールできるかです。そう思う理由は、ストレスは僕たちにとって必要なものだと考えているからです。
例えば、熱帯魚をアマゾンから船で長距離輸送すると、輸送のストレスで死んでしまうので、わざと1匹ピラニアを入れておくそうです。もちろん、仕切りをつくって熱帯魚が食べられないようにしていますが、熱帯魚からしたらだいぶ怖いですよね……(苦笑)。でも、そのピラニアがいる危機的なストレスによって輸送のストレスはどうでもよくなり、熱帯魚が死なずに輸送できるということです。
仕事もそうですよ。嫌なこととか、しんどさとか、時間制限とか、ある程度の負荷があったほうがパフォーマンスを発揮することができます。でも、ストレスをかけ過ぎて心身がやられてしまったらダメなので、ギリギリになる前の時点でストレスを抜く方法を持たないといけません。公園を散歩するとか、友だちに電話して話すとか、山登りやサウナ、マラソンでもなんでもいいと思います。ただ、それをウインドウショッピングや旅行など、お金のかかるルーティンにしないほうがいいですよね。
——書籍では、「上司にムカついたら会社の株を買う」という逆転の発想によるストレス対処も紹介されていました。
八木 真澄:だって、株主になれば、上司どころか社長より偉くなれますからね(笑)。体をムキムキに鍛えて、生物的に上司より強くなるのでもいいですよ。自分の考え方を変えるだけで、ストレスは緩和できます。それに、ストレスがあるからこそ、晩酌の沁み方も、お風呂の解放感もひと味違ってきます。釣り合いの取れる幸福を感じられたら、それでいいと思うのです。
それと同じで、「お金がない」というストレスも考え方次第です。僕は自分が欲しかったものが半額で手に入ったら、きっと幸せな気持ちになれると思います。でも、何億円も持っている資産家だったら、その値引き額なんてあまりに瑣末過ぎて、きっとなにも感じないでしょうね。「お金がないから幸せを感じられたんだ」と思えば、気持ちも変わってきませんか?
——FIREを達成した人が、あまり幸せを感じられないケースはよくあると聞きます。
八木 真澄:そうですね。ある成功したユーチューバーは、FIREして毎日のように飲んで遊んで楽しく過ごしていたのですが、次第に友だちや仲間が付き合い切れなくなってしまったそうです。他の人は働いていて時間は有限なのだから、それは当然ですよね。他の人たちからすれば「たまに会って飲む」から楽しいのであって、時間やお金が思うようにならないからこその幸せがあるわけですよ。
その人は、FIREによって「思うようにならないことの幸せ」を見失っただけでなく、「やらなきゃいけないこと」がなにもないので、「俺、このままの感じで死んでいくんだ」と急に怖くなったそうです。
結局、人生っていうのはなかなか思うようにならなくて悩みも消えないもので、ストレスもありますが、それはお金があろうとなかろうと変わらないことです。だから、いまの自分の生活のなかで意識的に幸せを感じ取ることが大切であり、もし資産家になれたとしても、それが大切なことなんじゃないでしょうか。

八木 真澄(やぎ ますみ)
1974年生まれ、京都府出身。1994年に高校の柔道部の後輩だった高橋茂雄とお笑いコンビ「サバンナ」を結成。芸人としてメディアや舞台で活躍する一方、節約家・投資家としての顔を持ち、2024年10月にファイナンシャルプランナー技能士1級に合格して話題に。YouTubeで金融知識を配信する他、2024年に著書『年収300万円で心の大富豪』を刊行。2025年3月には共著で、『FP1級取得!サバンナ八木流 お金のガチを教えます』を刊行(いずれもKADOKAWA)。