日本株は「買い」か、それとも「様子見」か? 世界経済から見る日本株の現在地
2024年3月、日経平均株価が史上初の4万円を突破し大きなニュースとなったが、以降は軟調に推移。しばらく先の見えない状況が続くも、7月には日経平均で4万2,000円を突破し、東証株価指数(TOPIX)でも約34年ぶりの史上最高値を更新した。個人投資家たちによる日本株への期待は高まり続けているが、現在の日本経済、ならびに日本株はどのような状況にあるのだろうか。経済アナリストの森永康平氏に日本株の現状と先行きを聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
「失われた30年」で日本経済は停滞するも日本企業は成長し続けてきた
——率直に伺いたいのですが、現在の日本株の上昇要因を経済の専門家としてどのように捉えていますか?
森永康平:株高の要因はいくつもあるのですが、大きな要因のひとつに円安があることは間違いないでしょう。国民生活においての円安は物価高に直結しますから、消費者としては歓迎し難いものだと思います。ただ、輸出という側面からは見方が変わってきます。輸出における価格競争力が生み出され、海外における企業の業績拡大につながることから株価の上昇要因となるのです。
日経平均株価は2024年3月の約4万円から、7月には4万2,000円台に上昇するなど史上最高値をさらに更新し続けています。この7月の上昇は、同月にドル円相場で一時1ドル=161円台後半まで値下がりし、約37年ぶりの円安水準に達したことと無関係ではありません。
東京商工リサーチのデータによれば、東証に上場する主要メーカー109社のうち54社が、2024年度決算の対ドル想定為替レートを1ドル=145円としていました。つまり、約半数の企業が、2024年度は円安が改善すると予測して業績見込みを立てたということです。しかし、予想に反して円安がさらに進んだため、為替差益による業績の上方修正への期待が高まり、それが株価に反映されたと考えられます。
——現在の株高については、「いまはバブルに過ぎず、いずれ下落する」という悲観的な見方もあります。この点についてはどう考えますか?
森永康平:バブル経済末期である1989年12月の日経平均3万8,915円がこれまでの最高値であったことから、現在の相場上昇を「バブルに陥っている」とする声は昨年から多く聞かれました。そういう人たちは、円安による業績向上や中国の成長鈍化による海外投資の流入などによる一時的な株高であり、日経平均4万円を天井にいずれ下落に転じるのではないかと危惧しているのだと思います。しかし、少なくとも「バブルである」というのは、根拠の薄い思い込みといえます。
例えば、同じ体重80kgでも、身長が160cmなら肥満気味かもしれませんが、190cmであればまったく肥満ではありませんよね? これは、経済についても同様のことがいえます。確かにバブル時代の日本経済を見た場合、日経平均約4万円は実態をはるかに超えていたといえるかもしれません。しかし、現代の日本経済において、企業の「稼ぐ力」は当時に比べて大きく成長しているのです。
このことは、PER(株価収益率)でも明確に表れています。1989年のPERは50倍を超えていましたが、直近10年の日経平均のPERは16倍台を天井に推移してきました。その事実を踏まえると、日経平均4万円はバブルでもなんでもなく、むしろ、やっと実態に即した株価に上がってきたのではないかという印象を持っています。
つまり、「失われた30年」で成長しなかったのは、中小企業も含む日本経済全体のことなのです。日経平均株価を構成するような上場企業では、この30年間でグローバルな展開を推し進めるなど、企業としてはしっかり成長し続けてきたことを忘れてはいけません。
もちろん、今後、円高になれば業績への危惧から株価だって停滞する可能性があります。しかし、中長期的に考えれば、円安はまだ続くのではないかとわたしは見ています。
短期的には円高に、中長期的には円安が続いていく
——今後も円安が続くと考えるのは、なぜですか?
森永康平:為替の動向については、短期的な視点と中長期的な視点で分けて考える必要があるでしょう。まず、短期的には円高方向に進むと考えられます。
どういうことかというと、ドル円相場における円安の大きな要因は、日米の金利差にあるからです。アメリカはインフレ抑止のため、直近3年で大胆な政策金利の引き上げを行ってきましたが、それなりの抑制効果が出たことから、2024年度は一転して金利の引き下げが焦点となっています。FRB(米連邦準備制度理事会:米中央銀行)関係者の発言などからも、当初は11月と見られた金利の引き下げが、早ければ9月にも実施されるかもしれません。
一方の日銀は、今年3月の政策決定会合において、マイナス金利政策の解除を決定しました。つまり、今後は政策金利を引き上げる方向に動くことが株式市場の大方の予想であり、すでに債券市場も利上げを織り込んで金利が上昇しています。ですから、短期的には日米の金利差は縮小していき、円安は一旦解消されることが見込まれます。
しかし、中長期的に見れば、ドル円相場は円安基調にならざるを得ません。その要因は、日米間の貿易収支における日本側の大幅な赤字であり、しかも将来的な解決の見通しが立っていないのです。とりわけ、デジタル収支の赤字が深刻です。
いまや誰もが、NetFlixやYouTubeで動画コンテンツを楽しみ、買い物ではAmazonを利用します。企業もビジネスツールとしてMicrosoftやAppleの製品を利用し、WEBサービスの構築ではAWS(Amazon Web Services)やGoogle Cloud Platformを活用します。
ITやWEBにおいて、アメリカの製品・サービスは不可欠なものとなっていて、これらが将来的に日本製に置き換わることは、想像しにくいことだと思います。これからもITサービスの利用は増えていく一方ですから、こうした貿易収支の赤字の解消が見通せない以上、持続的に円安基調にならざるを得ません。
現在の日本市場は、投資家にとって「勝ちやすい市場」
——ここまでの話を踏まえ、今後の日本経済、株式相場は成長の可能性が高いといえるでしょうか。
森永康平:日本経済全体の成長に関しては判断が難しいのですが、株式相場の上昇についてはポジティブに見ています。
2023年3月に、東証から上場企業へ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請がなされました。2023年3月末時点でプライム企業の49%がPBR(株価純資産倍率)1倍を下回り、企業の純資産よりも時価総額(株価×発行株式総数)が低い状況に陥っていたのです。そこに該当する企業は、株式を100%買い占めて子会社化し、企業を売却すれば利益が出てしまうわけですから、株価が不適切に安いことがわかると思います。
東証からの要請を受け、多くの企業が増配や自社株買いによる株価の上昇などの株主還元策を講じ、また資本を成長投資にあてるなど、低PBR改善の動きが顕著になっています。企業が株主に向き合って株主還元を行い、資本効率の高い経営を行うことは、株価の上昇につながる要因となります。まだまだPBR1倍割れの企業は多いため、この流れが続くのであれば、継続的に株価は上昇基調になることが期待できます。
また、そうした姿勢や実績は、海外投資家にとってポジティブに受け止められますから、海外からのさらなる投資の流入も見込まれるでしょう。さらに、日本への海外投資が中国経済のリスクによって集まっていることも見逃せません。今後、2024年11月にアメリカ大統領選挙が行われますが、現状ではトランプ氏の再選が有力視されています。そうなれば、中国からの輸入に制限をかけ、米中摩擦が強まることは想像に難くありません。
米中摩擦が強まることは、日本に住む者としては安全保障における不安の種になり得るものなので複雑な心境ですが……国内株式市場においては、さらなる海外投資の流入につながり、株価の上昇を後押しすることが予測されます。
その他、国内においても、「新NISA」の開始によって個人投資が増加しています。円安・インフレ基調が今後も続くとすれば、いっそう「貯蓄より投資」の意識は強まるため、市場にとってはポジティブな要因です。
——森永さんの見立てでは、日本株への投資は「勝てる可能性が高い」といえますか?
森永康平:投資家にとって、個々の企業の成長性を見抜く目は大切ですが、まず「勝てる市場」にいることが重要ではないでしょうか。例えば、リスクが高まっている中国市場など、わざわざ難しい市場で勝てる企業を探すよりも、伸びる市場で勝てる企業を探すほうが成長株を引き当てる可能性は確実に高まります。その点、いま日本市場は、成長が期待できない企業も当然あるわけですが、全体的に見れば「勝ちやすい市場」が整ってきています。
先にも述べたとおり、2023年以前はPBR1倍割れが上場企業の半数を占め、極めて勝ちやすい市場でした。その状況が解消されるほど市場の難易度は高まりますが、2024年7月現在も、まだまだPBR1倍割れの企業は多く、こうした企業も株主還元や株価を引き上げるための自社株買いを進めていく可能性があり、比較的イージーな状況は続いています。
日本とアメリカの企業を比較すると、もちろんアメリカには世界を席巻する圧倒的な企業が多く、また生産性も高いことは周知の事実です。しかし、日米で同等程度のビジネス規模の企業でも、アメリカ企業のほうが株価は高い傾向にあります。それは、自社株買いが一般的であり、株主を意識した経営を行っているからです。
日本では、このような「株主のための経営」を嫌い、経営陣がすべての発行株式を買い取るMBO(マネージメント・バイ・アウト)によって市場を去る企業は増加していますが、逆をいえば、残された上場企業は株主に向き合う経営を進めていくことなります。
自社株買いや増配、成長投資など、そうした施策を打つだけの資産があるかをバランスシートから見極め、為替動向や米中関係などのマクロ経済にもアンテナを貼りながら、伸びる企業を探していってください。
森永康平(もりなが こうへい)
1985年生まれ、埼玉県出身。金融教育ベンチャーの株式会社マネネCEO、経済アナリスト。明治大学経済学部卒業。証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして、日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。さらにインドネシア、台湾などアジア各国にて法人や新規事業の立ち上げを経験し、各社のCEOおよび取締役を歴任。現在は国内外のベンチャー企業の経営にも参画する。著書に『いちばんカンタン つみたて投資の教科書』(あさ出版)や父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問答』(KADOKAWA)など多数。また、YouTubeで「森永康平のリアル経済学」「森永康平のビズアップチャンネル」を配信中。