FIREを目指す「過程」で見えてきた、真の目的と人生の満足度
「FIRE卒業」という言葉がSNSなどで話題だ。「FIRE(Financial Independence Retire Early )」とは、経済的な自立と早期リタイアを目指す新たなライフスタイルのことだが、実際に仕事をせずに過ごしてみると、刺激のない生活に飽きてふたたび働き出すことを「FIRE卒業」という。このことは、FIREを目指すうえで「なにを目的とするか?」という課題を突きつけている。ストイックな節約生活と堅実な投資運用のノウハウを公開する人気YouTuberである節約オタクふゆこ氏も、FIREを目指す過程で同様の悩みを感じたという。FIREを目指す人に求められるメンタリティやビジョンとはなにか——。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/塚原孝顕
「FIRE」を目指した動機は「働きたくなかったから」
——ふゆこさんは、節約生活の実践と投資運用によって、FIREを目指していることを公言されています。なぜFIREに関心を持ったのでしょう?
節約オタクふゆこ:お恥ずかしい話ですが、「もう働くのがつらかったから」です。FIREを目指したのは26歳のときでしたから、その年齢でそんなことを考えるのは嘆かわしく思われるかもしれません。わたしは、奨学金を借りてまで大学院で物理を学び、卒業後はメーカーでエンジニアとして働きはじめたのですが、大学院を卒業して勤務した会社にいた頃はあまりに充実感がなく絶望していたのです。
大学の研究室では男女の優劣はなかったのに、就職した会社は露骨な男尊女卑の文化が残る場所でした。悲しいかな、ハラスメントも横行していましたね。残業も多く、わたし自身のコミュニケーション能力の至らなさもあって、毎日がストレスでした。
そこから違うメーカーに転職するわけですが、そのタイミングで「節約」や「投資」について学びはじめ、そこで「FIRE」という概念を知ることになります。転職先の会社には不満はあまりなかったのですが、それまでの経緯から「働くストレスから解放される」ことに強い憧れを抱きました。
——しかし、「FIRE」の実現は簡単ではないと思います。「できるかもしれない」と思えたのは、やはり節約生活の成功によるものですか?
節約オタクふゆこ:そうですね。節約生活をはじめた初年度で、月あたりの手取り収入23万円〜25万円に対し、家賃や奨学金返済を含めた月の出費を15万円以下に抑えることができ、その年のうちに貯金50万円を250万円にまで伸ばすことができたことが、最初の確信になりました。
まだまだ節約の余地があり、月10万円で暮らせる自信がありましたし、実際に翌年は月10万円の生活で年間300万円の貯金を達成しました。ということは、このままの生活を続ければ、単純計算で10年後に3,000万円、30年後には1億円にも達します。それこそ、収入が増えればその金額に達するスピードはもっと早いでしょう。「あれ、いずれはFIREできちゃうぞ?」と思えて、現実味が増したのです。
実際に、26歳から節約と投資を4年間続けたら、上記のグラフのように1,000万円の資産形成が本当にできてしまいました。
それまでのわたしは、仕事のストレスもあって、毎月の給料もほとんど使い切ってしまうような状態でした。あたりまえですが、将来設計ができるほどの貯金などありません。「老後には2,000万円の資産が必要」というニュースを聞いて、「自分には無理だ……」とあきらめていたのです。
それが、「節約」というすごくシンプルなことを人並み以上に徹底してみたら、急に資産形成の目処が立って、「資産運用でFIREできる!」という希望を持てたのですから、「人生は考え方と行動力で変わるのだな」と実感します。
「働きたくない」だけのFIREでは、前に進めない
——将来的にFIREをしたら、なにか実現してみたいことはあったのでしょうか?
節約オタクふゆこ:節約と投資で1,000万円の資産を目指していたとき、将来的な支出と投資リターンをシミュレーションして「5,000万円貯めればFIREできる」という具体的な目標を立てていました。およそ、15年で達成できる計画でした。
ただ、その目的については、途中で疑問を抱いてしまったのです。その頃はYouTuberをしながら会社員として働いていたので、「FIREしたらやりたいこと」が、「会社を辞める」「海外旅行に行く」「犬と暮らす」といったようなことばかりでした。全然たいした夢ではなくて、いずれも思い立てば翌月でもできるようなことです。
そこで、資産1,000万円を達成した2022年、YouTuberとしての収益が上がってきたこともあり、YouTubeの制作に注力するため、思い切って会社を辞めてフリーランスになりました。犬はまだ飼っていませんが、海外旅行にも行ってきました。
——当時のふゆこさんのように、明確なビジョンを持たないまま、「働かない暮らし」への憧れだけでFIREを目指す人は実際に多いですよね。
節約オタクふゆこ:そうした目標だけでFIREを達成し仕事を辞めてみても、結局は自分の存在意義を見失い、時間を持て余すだけでしょう。そうして再び働きはじめる「FIRE卒業」も、わたしのケースと原因は同じですよね? そこには、「辞めてどうするの?」に自信を持って答えられるビジョンがないわけです。
その根本にあるのは、「仕事が嫌だ」ではなく、「自分を苦しめるいまの境遇が嫌だ」という不満や、QOLの低さに過ぎません。それだったら、転職をする、生き方を変えるなどでもよくて、FIREが絶対条件ではないということです。
そこで見えてきたのは、FIREをするうえで本当に必要なことは、時間やお金の余裕をつくってまで「注力したいこと」「夢中になれること」でした。
FIREをした後も、取り組み続けたい「天職」を探す
——会社を退職してフリーランスになったことで、FIREの必要性はなくなったということですか?
節約オタクふゆこ:「必要性」という意味では、なくなったのかもしれません。というのも、率直に「毎日働くのが楽しい」と思えるようになったからです。エンジニアの仕事とYouTuberでは仕事内容はまったく異なりますが、ひとつのモノを自分で設計し、自分で組み立てていく働き方が、わたしには合っていました。
動画の企画と脚本を考え、リサーチをし、収録して編集する。動画ができたら、YouTubeにアップするだけでなく、その脚本をもとにブログで記事として展開する。その作業は、いまも1日中やっていても飽きないし、体は疲れても精神的には疲れを感じません。
——まさに「天職」といえる仕事だった?
節約オタクふゆこ:はい。「天職」とはなにかについて、よく、キャリア形成の考え方として聞くことですが、「Will・Can・Must」というフレームワークがあります。
自分のやりたいこと(Will)、できること(Can)、やるべきこと(Must)、それらが重なる仕事が自分にとっての天職であり、高い満足度を持って働けるといわれています。わたしの場合は、「YouTuber」という仕事がこの3つの接点でした。
わたしはFIREを目指す過程で、幸いにして天職に出会うことができましたが、本来、この「天職で働くためにFIREする」という考え方が、あるべきかたちなのではないでしょうか。
——ぜひ、詳しく考えを聞かせてください。
節約オタクふゆこ:例えば、天職であっても「資金繰りがつねに苦しい」「生活のためには嫌なことも飲まざるを得ない」というネガティブな要素が多いと、結局はストレスから気持ちがついていきません。わたしも、いまのYouTuberの仕事を守るために、望まないことばかりする必要が生じたら、先の図の一角「自分のやりたいこと(Will)」が崩れて、天職とは感じられなくなってしまうはずです。
天職で安定した収益をあげられるのなら、FIREは必要ないかもしれません。しかし、社会に貢献できて需要もあり、自分はその関心も能力も持っているけれど「採算性はあまりよくない」という仕事も世の中にたくさんあります。YouTuberも似たような側面があり、世間が求める情報を発信していても、視聴者数や再生回数が採算ラインに達するかは別問題です。
ですから、FIREを実現することで、「お金の不安」なく天職に取り組み、自分のQOLを高めることが、ひとつの目標になると考えます。
——では、FIREの目的とする天職を見つけるためには、どうすればいいでしょうか?
節約オタクふゆこ:FIREを目指す人は、目標を決めたら一直線に取り組むタイプが多いと推測しますが、紙に「自分のやりたいこと」を書き出してみるなど、定期的に自分自身を振り返ってみてはいかがでしょうか。
「FIRE達成により、時間と労力をやりたいことにフルコミットできるようになったら、例えばなにをしてみたいか?」を想像し、人生が充実しそうな理想を持つことです。それが、実際のところいいものかどうかわからなかったら、いま、働きながらでもはじめてみてください。やればきっとなにかが見えてくるはずです。
——最後に、それでもふゆこさんは「FIREを目指す」と公言しています。その目的はどこにあるのでしょう?
節約オタクふゆこ:わたしにとって、FIREはわたしが発信する「節約」や「投資」というコンテンツの、ひとつのゴールとしての役割を持っています。「ただの会社員だったわたしでもFIREができた」という可能性を見せることにも意義がありますよね。
仮にFIREを達成しても、「天職」だと思えたユーチューバーとしての活動は継続していくでしょうし、別のコンテンツに挑戦する可能性もあります。あるいは、「FIREしてから働かないとどうなるのか?」という実証コンテンツとして、「働かない暮らし」をしてみるかもしれません(笑)。FIREを目指す意思はいまのところ変わらないので、その意味を探りながら節約や投資を続けていきます。
(プロフィール)
節約オタクふゆこ
1993年生まれ。自らを「節約オタク」と称する節約・投資系YouTuber。理系の大学院修了後に開発職として電子系メーカーに就職したものの、将来のお金に対する不安を拭えなかったことがきっかけでお金について学ぶ。その後、奨学金477万円を返済しながら1カ月10万円で生活し、年間300万円を貯金、20代で資産1000万円を達成。現在は脱サラしてフリーランス。2021年から運営しているYouTubeチャンネル「節約オタクふゆこ」は、日常的な節約法のほか、投資についての動画も初心者向けに配信して人気を集め、チャンネル登録者数は52万人を超える(2024年4月6日時点)。初の著書『貯金はこれでつくれます 本当にお金が増える46のコツ』(アスコム)がベストセラーに。