踏み出せないヒトのための投資術 第一回 「株式投資」は投資の王道
はじめに
「貯蓄から投資へ」と政府が旗振りをしています。確かに預金や貯金では手持ちのおカネは増えないのが現実です。少子高齢化で年金もアテにはできません。「投資で老後資金を」と考えるのも無理はありません。
しかし、投資にはリスクがあります。リスクとリターンは正比例の関係にあります。「投資で大損したら・・・」と思い、なかなか一歩を踏み出せない方も多いと思います。
そこで、このコラムでは、ローリスクハイリターン(これは不可能です)とはいかないまでも、できる限りリスクを押さえながら、リターンを得られるような投資術を考えていきたいと思います。
「株式投資こそ、投資の王道」と言われるのはなぜか
まず、投資する金融商品として、何があるか、をまとめたいと思います。
一般に思い出すのは、「債券」「投資信託」「株式」といった有価証券でしょう。一般的に、預貯金よりも有価証券の方がインフレに強いと言われています。これから金利の正常化が進む可能性がありますが、それに伴いインフレが進めば現金は価値が“目減り”していきます。
しかし、投資は、インフレに連動しますので、価値の目減りを回避できます。そうとはいえ、リスクとリターンに関しては、それぞれに違いがありますので、簡単に説明します。
「債券」
まず、債券は、言うまでもなく、借用証書です。
主体によって国ならば国債、企業ならば社債となります。債券のリスクはそれほど高くありません。発行体(国や企業)が破綻しない限り、利子と元本(額面の満額)が得られます。
債券にも、EB債(他社株転換可能債)など、利率が高い一方でリスクも高く複雑な金融商品もあります。あらかじめ、どのような債券かを投資する前に十分検討する必要があります。一番なじみのある国債や、信用力の高い社債でしたら、リスクは低くなります。
「投資信託」
投資信託は、プロの投資家が作った投資商品におカネを預けて、運用を任せる投資手法です。
商品の中身は債券だったり、株式だったり、不動産だったりします。プロが運用するということでそれなりの安心感があります。しかし、商品の中身によってはそれなりのリスクも伴います。リターンは運用によって得られた利益ということになります。
投資信託は、あらかじめ、商品の内容が分かりますし、どの程度のリスクがあるかも調べることができますので、じっくりと検討したうえで決めることができます。事前にリスクをそれなりに回避できるといえるでしょう。ただ、リスクとリターンが正比例するということに変わりはありません。新NISAに採用されているような投資信託の場合、リスクが低い一方で、リターンもそれほど大きくないというのが普通です。プロに運用してもらうのですから、手数料もかかります。投資信託は、預貯金のように預けっぱなしで運用できるというのが一番のメリットと言えるかもしれません。
「株式」
株式への投資は、ハイリスク・ハイリターンが期待できる投資商品です。取引手数料をゼロにする証券会社も出てきていますので、コストも抑えられます。
以上のことから、3つの投資対象それぞれのリスクとリターンの関係は以下のようになります。
『なんだ、結局、リスクとリターンは正比例か』とお思いになるでしょう。しかし、お待ちください。
株式とその他の2つ金融商品には、大きな違いがあります。
それは、投資に一番求められる「自己責任」の観念が身に付きやすいということです。債券も投資信託も投資すれば、ある程度放っておいてもよい金融商品です。
しかし、株式は違います。まず、自分でどの会社に投資するかを考え、その後もその会社の業績推移などをウォッチしながら、売却の機会を判断しなければなりません。
ハイリスクでハイリターンと言いましたが、どの程度のリスクを取り、どのくらいのリターンを期待するのかを自分の意思で決めることができます。必要なのは、決断のために「頭を使う」ことです。さらには、頭の使い方によっては、リスクを抑えながら、高いリターンを期待することもできます。
昔から、「株式は投資の王道」と言われます。「王道」とは、まさに、頭の使い方によって自分の意思でリスクもリターンも決められるということです。新NISAには、個別株に投資できる「成長投資枠」があります。この枠を使って投資を始めてみるのも検討に値するかもしれません。
株式投資を始めるうえでの基本的な姿勢
次に投資の王道といえる株式投資を初めてやってみる際に守るべき基本的な姿勢についてお話します。
それは、「気持ちに余裕を持てる投資をする」ということです。一方、「焦り」の心理は、実は、株式投資の最大のリスク要因の一つといえます。
「余裕」には、大きく「資金量」と「投資期間」の2つがあります。
「資金量」
まず、投資の資金量ですが、ご自身の生活や将来のために蓄えたおカネのうち、「この程度ならば」と思える金額内で投資することをお薦めします。極端に申し上げますと「なくなっても、諦められる」範囲内ということです。
「投資期間」
投資期間に関しましては、「いつまでにいくら儲ける」という期限を設けないのがポイントです。もちろん、投資するからには、老後の資金とか、結婚資金とか、使い道を決める必要があると思います。ただ、その場合も、数か月以内といった短期ではなく、少なくとも3~5年、あるいはそれ以上の期間を睨んだ姿勢を持つほうがよいと思います。
以前、私の知り合いの投資顧問会社で、ある中小企業のオーナーから「会社の運転資金がショートしそう。3か月以内に500万円を3,000万円にしてほしい」という依頼があったそうです。かなり腕のよい専門家が引き受けました。
彼は、今まで値動きのよい中小型株(時価総額にしておおよそ300億円以下)の短期売買を繰り返し、それなりに顧客に満足される成果を上げ続けてきましたが、結果は、「人生始まって以来の」大幅なマイナスで終わったそうです。
その運用者の話では、「成功させないと、顧客の会社がつぶれる」というプレッシャーが“焦り”となり、「それが判断を狂わせた」、ということでした。焦りますと、どうしても、視野が狭くなります。よく散歩や入浴中に良いアイデアが浮かぶ、と言われますが、逆の心理状態に陥ってしまったのだそうです。
この項目の最初に触れたように焦りこそ、最大のリスクのひとつなのです。
リスクを回避する投資姿勢とは、まさに「散歩や入浴中」の余裕を持った頭で考えるということなのだとこの話から思いました。
プロの投資家や、デイトレーダーと言われる株式投資を生業とされている方々は「テンバガー」という言葉をよく口にします。
テンバガー株とは、保有期間内で株価が10倍になる株式のことです。実を申しますと、プロの投資家やデイトレーダーは、半年程度でテンバガーになりそうな銘柄を探しています。私もアナリストやファンドマネージャーをしているときは、そうでした。
しかし、本来のテンバガーとは、長期投資を前提としたものであり、企業の中長期的な成長を株主として共に享受するという考え方です。通常、半年程度の短期間で株価が10倍になることは常識的に考えられませんし、仮にあったとしても、それは米国で流行りの「ミーム株※」といった、いわゆる「投機=博打」レベルのものなので、個人投資家の皆様には、企業の中長期的な成長を株主として享受する長期投資をお薦めします。
※ミーム株:一般的に企業の業績に関係はなく、ツイッターなどのSNSによって短期間で株価が急上昇した銘柄のこと
まとめますと、株式投資の基本姿勢は、「あくまで余裕資金の範囲内で長期的な視点に立つ」を堅持することをお薦めします。
今までお話しましたように、余裕を持つことで、広い視野で、冷静に考えることができ、さらに、長期的視点を持つことで、資金を失うリスクを低減できる、という面もあります。
株式投資には、その国の経済に投資するという側面があります。日本企業の株式に投資することは、日本経済の成長に投資するということにつながります。実際、株価とGDP(国内総生産)には、それなりの相関関係があります(図参照)。
また、経済成長は、資本主義社会が継続していくための絶対条件のひとつです。つまり、株式を長期で保有するいうことは、日本経済が今後も成長していく、ということを信じるということになります。日本経済が自分の目の黒いうちに破綻するか、それとも、成長を持続していくか、を考えた場合、どちらの可能性が高いと思うか、ということにつながるのです。
銘柄選別の基本は「ファンダメンタルズ」と「流動性」
次に、投資先を選別するためのお話をします。
投資先を決める基本は、「ファンダメンタルズ」と「流動性」です。この2つのいずれかが欠けていても、投資対象としては、適格ではありません。
「ファンダメンタルズ」
ファンダメンタルズとは、国の経済や企業の財務など経済の基礎的な条件のことであり、これらをベースにしたファンダメンタルズ分析で、企業の稼ぐ力を分析します。
株式投資では、最も重要な項目であることは誰にでも理解できると思います。リーマンショックを挙げるのはおおげさですが、社会・経済全体が大きな問題に陥ったときを除いて持続的に利益を上げ続けている会社が投資対象として適格です。
「流動性」
流動性とは、株式の取引が円滑にされているかどうか、ということです。
上場株式は、すべて証券会社を通じ、取引所で売買されます。相対、つまり、株を買いたい人と売りたい人のそれぞれの希望金額をマッチングさせて成立させます。株式の売買では、この取引の頻度が最も重要な要素のひとつになります。
取引参加者が多く、頻繁に取引が成立する株式は「流動性が高い」と言われますが、そうでない「流動性が低い」株式は、取引参加者が少なすぎて、買いたい値段で買えず、売りたい値段で売れません。売買が自由にできないのは、上場株式にとって致命的な欠点になります。
ですから、銘柄選別の基本はファンダメンタルズと、高い流動性の2つの要素を兼ね備えていることが条件となります。
ただ、2つの要素を充たした株式ならば、すぐに投資してよいということになりません。決断の最後に候補企業の経営者を見極めるのが必須です。その会社の代表取締役、つまり多くの場合は社長の経営方針や姿勢、人物像を調べたうえで決断します。
私の経験で、ある中小型株企業のオーナーに取材した際、その方は「私は株主様の奴隷です」と明言されました。一方、あるオーナーは取材を何度も申し込んでも決して応じませんでした。どちらに投資するかは明白でしょう。ちなみに、私は、代表取締役に取材できない企業はどんなに事業が有望に見えても、絶対に投資しませんでした。
個人投資家の方々は、そう簡単に上場企業の社長に取材することはできないと思います。しかし、証券会社やマスコミ、IR支援会社などが主催する個人投資家向け会社説明会へ参加したり、プロの投資家向けの決算説明会の様子をホームページで動画配信している会社もあります。機会があれば、個人投資家向け会社説明会に参加し、社長の説明を直接聞くことで、投資対象として魅力ある企業かどうかを判断する一助となるでしょう。
今回は、投資になかなか踏み出せない方々向けに株式投資の魅力と、投資する際の姿勢、投資対象の見極め方の基本をお話ししました。
次回以降、今回のお話の内容をさらに深く掘り下げながら、株式投資を行う実際の準備を進めていこうと思います。
萬 太郎
IRコンサルタント。上場企業に「ファンダメンタルズ」と「株式の流動性」から企業価値向上のコンサルティングを実施。
大学卒業後、全国紙の経済記者、総合月刊誌の経済担当編集者等で活躍後、経営コンサルティング、証券アナリスト、ファンドマネージャーなどを歴任。近年は、国内上場企業の経営企画職にも従事。
現在は、投資する側とされる側の両方の視点を併せ持つIRコンサルタントとして活躍。