成功事例に学ぶ!企業が変わるターニングポイント 投資家が注目すべき「企業の変革」(2)
ただいま変革中の経営トップに訊いた!
老舗玩具メーカー・ピープル代表が語る
経営者の覚悟とそれを支えるパーパス
ピープル株式会社 東証スタンダード/証券コード7865
取締役兼代表執行役
桐渕 真人
Masato Kiribuchi
1979 年生まれ、東京都出身で、 2005 年に公立はこだて未来大学システム情報科学部を卒業後、ピ ープルに入社。2016 年に自転車事業部長および執行役に就任し、 2017 年に取締役執行役に就任、 2019 年より現職。
多くのロングセラー商品を開発しているピープル。「やりたい放題」や「お米のおもちゃシリーズ」「、ピタゴラス」に「ぽぽちゃん」など、子どもがいる家庭ならば一度は名前を聞いたことがあるだろう。2019年に代表執行役に就任した桐渕真人氏に、現在進めている同社の変革について訊いてみた。
多くのロングセラーはあるものの、社内には「停滞感」が漂っていた
──代表に就任する以前は、会社のことをどのように感じていましたか。
入社した当時から、社内に「停滞感」を感じていました。創業以来、当社は「子どもの観察」の中から、子どもたちの本音を探って、さまざまな試行錯誤を重ねて商品開発を行ってきました。「子どもの好奇心」という、普遍的な欲求に根ざしたものづくりをしてきたことが、多くのロングセラー商品を生んできました。しかし、「1年交代」と言われるほど入れ替わりが激しいおもちゃ業界では、当社が開拓したブルーオーシャンも競合他社が参入して成熟化が進むにつれ、価格競争が激化するレッドオーシャンへと変化していきます。つまり、売上は安定しているものの、利益率は少しずつ低下していきます。こうしたことが「停滞感」に繋がっていたように思います。
制定した「パーパス」を指針にロングセラー商品をやめる決断
──代表に就任した際に始めたことは何でしょうか。
こうした状況を打破するためにも、就任時に「新商品を生み出すこと」を経営方針に掲げました。しかし、その後ほとんど新商品は生まれませんでした。就任から3年が経ち、その原因がロングセラー商品を「守る戦い」に多大なリソースが費やされていることにあるとようやく気づきました。
そこで、当社の存在意義やコアコンピタンスという本質を見つめ直し、2022年4月に「子どもの好奇心がはじける瞬間をつくりたい!」というパーパスを制定。パーパスを指針にして、変革に本気で向き合って、私自身が責任者を務めてきた子ども用自転車の事業をはじめ、ロングセラーの「ぽぽちゃん」シリーズも生産終了を決定するなど、大胆な事業の見直しを決断しました。
──ロングセラーであった「ぽぽちゃん」の生産をやめるのは大きな決断だと思いますが、迷いはありませんでしたか。
当然、長年親しまれてきたロングセラー商品であり、私も含め社員全員が思い入れのある商品でしたから、続けてもいいかと思ったこともあります。しかし、当社が生き残るために、「パーパス」に照らし合わせて「合理的」に判断し、やめることを決断しました。
私たちが開拓した新しい市場も成熟化するにつれて「コモディティ化」が進み、子どもが喜ぶかどうかよりも、お金を払う大人の好みや値段、コンパクトさなどで選ばれるようになってきました。その結果、日々変化し続ける大人の好みの流行を商品に反映したり、売り場や広告の枠を確保したりすることに、多くの社員が忙殺されるように。いつの間にかやっている仕事が、「パーパス」(私たちの一番楽しく夢中でやりたいこと)から離れていってしまったんです。
もちろん、反対の声も多くありました、そこで社員一人ひとりと直接対話して、その気持ちを受け止めて、みんなが気持ちを切り替えるための時間をかけました。その甲斐もあって、今では社員一丸となって前向きに新事業に取り組めるようになっています。
全員でアイデアを出し合って、全員で話し合える組織に変革
──新規事業開発を促進するために、どのようなことをされていますか。
当社のロングセラー商品を作ってきたのは一人の「天才」ではありません。社員一人ひとりが子どもの遊んでいる様子を地道に観察し、子どもの好奇心を見つけ、商品をつくり出してきた。つまり、新商品が出てこないのは、社員の能力に問題があるのではなく、それを取り巻く組織や風土といった環境にありました。
そこで、社員全員が参加して、社員自身が新規事業を提案する大会を開催しています。提案を聞いた社員は良いと思ったチャレンジに投票し、その合計点数でプロジェクトの可否を決め、点数が高ければ予算が与えられスタートします。チャレンジの種が生まれ始めると、少しずつ社員たちの雰囲気も変わってきました。現在、「子どもの好奇心」を起点に生まれた8つの新事業チームが進行しており、2025年春にその第一弾としてローンチし、「好奇心事業」を創造していく計画です。
さらに、組織変革も進めています。当社は男性7名・女性44名からなる従業員数51名(2024年2月末現在)の小さな組織ですが、私が代表に就任するまでは、トップダウンの強いピラミッド型の組織でした。就任後もその影響は残っており、ワークショップなど様々な施策を実行しましたが、どれもダメでした。そこで、「肩書き」をやめることを決め、徐々に部署を解体してプロジェクトチームに移行することにしました。これは予算作成でもメリットがあります。部署ごとの予算作成では、会社としてのプライオリティがつけにくい。でも、プロジェクトごとなら予算もわかりやすくできます。将来的にそれぞれが自律的に動くことで、それぞれのベストパフォーマンスを発揮できる組織になるといいですね。
働き方や評価体制も変革し、社員のマインドにも変化が
──組織の再編以外にも変えた部分はありますか。
代表に就任してから割と早い時期に、働き方や評価体制も変えました。
それまでは経費を精算するのに手書きの申請書を提出して現金で支払っていました。リモートワークの体制はありましたが、経費精算のために出社しなければならないというおかしな状況に。そこで、手書きの申請書を廃止して、全員にクレジットカードを配布して、仕組みそのものを変えました。他にも、ペーパーレスやITツールの導入も進めています。今では多くの社員が子育てをしながらリモートで働けるようになり、私も子どものために長野県へ教育移住できるようになりました。
また、評価体制も「維持するための仕事をし続ける人は評価しない」「新規事業を作る人が最も認められる」というものに変えました。そのひとつに「ビッグチャレンジャー」というものがあります。成功でも失敗でも、大きなチャレンジをした人は高く評価するというもの。実際に、ひとつのチームが数千万円をかけた大きなチャレンジをしました。ただし、その過程で市場価値に対して現実的なものが作れないと分かり中断しました。「失敗」はしましたが、将来につながる可能性を残した「チャレンジ」自体が認められたため、チーム全員の評価を上げました。
多くの無駄な業務をやめたことで、新しいことに挑戦できる時間と組織ができたと思います。社員たちのマインドもポジティブに変わりました。
子どもたちが好きなことを「好き」といえる世の中に
パーパスを制定したことで、私たちの存在意義や「やりたい事」が明確化し、さまざまなハードル・垣根を超えて自由になったように思います。今後は事業活動を通じて、「男の子だから」とか「女の子だから」とかといった固定概念を取り払い、ジェンダーレスで、子どもたちが好きなことを「好き」といえる社会になるといいと思います。また、パーパスに基づいたグローバルプロジェクトも発足しており、将来的に全世界を対象に「子どもの好奇心がはじける瞬間」をつくれるブランドの確立に挑戦していこうと思います。