人材育成
文/片桐 さつき
やっぱり多いなぁ…と、街を歩いていて目につくのが「アルバイト募集・社員募集」という人材募集の貼り紙の多さだ。特に長時間労働になりがちな飲食店の人手不足はニュースでも度々取り上げられており、社会全体において人手不足の現状があることは読者の皆様も十分ご認識のことであろう。日本は世界の中でも高齢化が早く進む国のひとつであり、国立社会保障・人口問題研究所が2023年4月に公表した「日本の将来推計人口」によると、総人口に占める65歳以上の人口の割合(高齢化率)は、2020年の28.6%から2070年には38.7%になるそうだ。つまり、65歳以上の人が2.6人に1人になる、ということだ。
しかし「なんだ、お先真っ暗じゃないか」と肩を落とすのにはまだ早い。こうした慢性的とも言える人手不足は、読者の皆様の投資先企業にとっても大きな社会課題だと認識されており、上場企業は続々と人的資本経営に力を入れ始めている。経済産業省では人的資本経営を「人的資本経営とは、人材をコストではなく『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義している。例えば、将来を見据えて事業ポートフォリオの変革を見据えた場合、当然その事業ポートフォリオを支える人材が必要になる。新たに人材を雇用しようとしても、前述した社会課題を踏まえると採用が思うように進まないことが想定される。
そこで、昨今企業が力を入れている1つにリスキリング(学び直し)がある。特にこれは企業内におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進で顕著に表れている。例えば、これまで事務作業を担っていた人材に対し新たな業務を担ってもらうために再教育して配置転換し、これまでの事務作業はデジタル化して人手がかからないようにすることで、全体の生産性を向上させようというものだ。これ以外にも、似た言葉でリカレント教育というものがある。リスキリングと言葉は似てはいるが別物で、リカレント教育は人生100年時代を見据えたものになる。リスキリングは企業が求める変革に必要な人材を企業側の意図で育成するのに対し、リカレント教育は個人の意思で自身のキャリアを広げるために行うものである。リカレント教育のメリットは様々だが、向上心が強く意欲ある人材が社内で成長する、また採用でもそうした人材が集まりやすい、という側面がある。また、働き方の1つとして、働く業種や分野を限定せず、複数のスキルや職種を横断してキャリア形成をする「スラッシュキャリア」や、雇用形態の1つとして、企業や組織の枠を越えて、個人が持つ高度な知見やスキルを共有する「人材シェアリング」という考え方も出てきている。昨今の潮流を見ていると、雇用する企業と、働く人材のマッチングの形が多様になってきていることが推察される。人材を囲い込むのではなく、シェアしながら個人の能力を最大化する、そうした企業が優秀な人材に選ばれる時代が、そう遠くないうちに来るだろう。さて、ここからは投資家である皆様が投資先の人材育成をどう見るかである。多くの上場企業は人材育成に関する諸施策を次々と導入し、将来必ず訪れるであろう労働力不足に対応しようとしている。チェックすべきは、事業の成長戦略と人材戦略、例えば人材育成の諸施策が紐づいているか否か、である。投資先の有価証券報告書や統合報告書などで人材育成方針を確認して見て欲しい。自社の成長のためにどんな人材像を描き求めているのか、そして求める人材に育成するためにどんな施策があるのか?投資先がキラキラと光る原石なのか、メッキが塗られた石ころなのか、成長戦略と人材育成を併せて見ると、それが紐解かれるかもしれない。
※この記事は2024年1月25日発行のジャパニーズ インベスター120号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱宝印刷D&IR研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。