第60回「賢明なる投資家とは」
ジェイ・ユーラス・アイアール株式会社 取締役会長
岩田 宜子
【Profile】
92年より外資系IRコンサルティング会社勤務。現在IR先進企業と呼ばれているほとんどの企業を顧客とした。その後、日系初のグローバル・IRコンサルティング会社、ジェイ・ユーラス・アイアール㈱を設立。日本に軸足を置いた本格的なIRコンサルティングビジネスを展開する。京都大学にて博士号(経済学) 取得。01年1月近藤一仁氏との共著「投資家・アナリストの共感をよぶIR」、15年11月「コーポレートガバナンス・コードのIR対応」出版。商事法務誌などへ論文多数。
※この記事は2023年10月25日発行のジャパニーズインベスター119号に掲載されたものです。
良い企業とは
長らく企業のIR(インベスター・リレーションズ)活動をみていると良い企業と悪い企業の見分けができるようなったと思う。ここで言う悪い企業とは、不祥事が起こる、業績悪化が著しいといった企業であるが、このような発言をすると、では、どの企業の株価が上がりそうかという質問に出くわす。そのようなことにはもちろん答えることはできないが、ここで強調したいのは、良い企業とは、明日株価が上がる企業のことを言っているのではなく、これから10年、20年、株価が結果的に右肩上がりとなる企業のことで、そのような企業のIR活動を通して良い企業を推測できるようになった。そして、そういった企業を確実に見つけ、堅実に投資している運用会社は世界に少なくない。このことも、投資家とのコンタクトを通してわかるようになった。
実際、2023年8月24日付日本経済新聞朝刊にも「米国では401Kに15年継続加入した人の平均資産44万6,000ドル弱(6,200万円強)(フィデリティ調査)」とのことである。また、同じ記事には、「米家計金融資産は2000年以降3.3倍日本(1.5倍)を大きく上回る」ということで、「投資」を行うことで、資産が増える。米国での年金生活のほうがハッピーそうである。
賢明なる投資家の皆様には、その理由がおわかりになるであろう。年金運用を託されている投資家、すなわち、運用会社とか、機関投資家と言われる機関であるが、その運用資金は、年金資金であるため、長期的に運用し成果を上げることが求められている。今日明日株価が上がる企業にはあまり関心がないのである。
ある日本株運用チームのヘッドは「四半期ごとの企業の決算説明会などに出席してはいけない」とスタッフに指示しているという。人間なので、四半期ごとの数字が出ると心配するものだが、そのような目先の心配はするな、というのがこのヘッドの言い分である。もっとどっしり、企業の中長期的な成長を見ろということであろう。
だが、日本の運用会社の中には、中長期的な企業分析をするのが難しいという声も聞こえる。というのもその運用のもとである年金資金の出し手である企業年金に、四半期ごとに資産額の増減をチェックされるからだ。結果的に、四半期ごとに成果を上げなくてはならないので、企業分析を長期的視点でなんてできないというのである。
さらに、ここのところの米国株の人気で、企業年金からは、米国株での運用要請が多いという。そのような企業年金を持つ企業は、一方では、IR活動を通して、自社株式を買ってもらおうと働きかけている。企業年金が四半期ごとの短期の成果を期待しているせいか、そのような企業は、概して、四半期の状況などの足元の話しかしないようだ。欧米の長期運用投資家からみれば日本企業株の魅力がないと考えるのもうなずける。まさに悪循環である。
良い企業の見分け方
中長期運用が良いと言われても、我々個人は、中長期的にゆっくり稼ぐのは、なかなか難しいという方も少なくないだろう。であれば、私のIRの経験による良い企業の見分け方をご案内したい。
それは、まず、経営トップが利益を作り出すという強い信念を持っているかどうかである。業界での横並び意識が強いというのはもってのほかである。あるいは、悪しき慣習が業界にあるのならばそれを打破する、あるいは、イノベーションを持って打開し、利益に結びつける、そのような強い意識をもっている経営トップであるかどうか。さらにどのような視点が必要であろうか。ここで、中長期運用の投資家が企業に対してどのような分析をしているのかをご紹介する。
●その企業の優位性がどこにあるのか
●どのように持続的な利益の成長を実現していくのか
●その際のリスクは何か
●それらの課題を解決する能力が経営トップにあるか
以上がわかるように投資家は企業に質問していく。さらに、最近では、「サステナビリティ」ということが投資家と企業の両方の大きな命題となっている。具体的には次のことを投資家は注目している。
●ESGの特に、「S」に関する課題に、企業価値向上の面から取り組んでいるか。具体的には、
・人権の尊重
・生活・社会基盤への充実への貢献
・人財マネジメント
・サプライチェーンマネジメント
ところで、このようなことは、プロの投資家だけではなく、我々も充分に理解・把握できるものである。企業のHPや、アニュアルレポート、統合報告書などの資料を通して、経営トップの姿勢や上記のことを把握できるのである。ただ注意したいのは、小手先で辻褄を合わせている企業も少なくないことだ。たとえば、言葉ひとつとっても、流行や他社の真似をしているケースがよくある。また、全てのステークホルダーに対して前向きであるかどうか、もう少し言うと、親切かどうかである。そしてその自社の存在意義について、長期的目標は何か、そしてそれに向けてここ3年は何をすべきかということをきちんと考えているかどうか。人権について、サプライチェーン、人財のことなど、表面的なことのみを書いている企業が実に多い。
さらにもう1点付け加えたいことがある。私が、IRを通して良い企業が見分けられるようになったのは、実は、ずいぶん辛いというか酷い経験が元にある。そのある企業は、いっときコーポレートガバナンスやIRで優等生という評判があった。ところが、それは心のともなっていない形骸的なものであった。ある時、その企業の社外取締役の人数や人選について問い合わせたところ、日本企業の中では社外取締役の数が多い、人選も著名な方々にきてもらっているという回答を得た。なぜ、その人を選んだのか、また、その著名な人たちと社内の取締役はどのような議論をして企業価値向上を目指しているのかと聞いたところ、IRの担当者に、「人数も多い、立派な人たちばかりだ。それ以上の質問をするなど失礼だ」と怒られてしまった。多分、形式的に完璧であることが彼らの資本市場への答えであったのだろう。案の定、その企業は、その後、スキャンダルが起き、上場廃止となっている。表面的、形式的なことではなく、自社の成長に向けて取り組んでいるかどうかを見極めたい。
ところで、このレポートを書いている今日は、8月26日である。何か頭にひっかかったものがあったので調べたところ、まさに、1789年8月26日、フランス革命時の「人権宣言」が出された日であった。今、これを読むと、当時のシトワイアン(一般市民)がどれだけ苦労してその権利を勝ち得たかよくわかる。良い企業を見分けるためにもここで、参考になりそうな前文と条項を載せた。是非、読んでいただき、良い企業の発掘の際の参考にしていただきたい。