多様性
文/木田 知廣
※この記事は2023年10月25日発行のジャパニーズインベスター119号に掲載されたものです。
集団浅慮
ビッグモーターが揺れています。顧客の車に故意に傷を付け、保険金の不正請求がなされていたのではないかという疑惑に始まり、整備記録の虚偽記載も発覚。さらには店舗前の街路樹を除草剤で枯らしたことに対して、東京都などから被害届が出されました。
仮にも従業員数5,000人を超える大企業で、なぜこのような不祥事が横行してしまったのか。ひょっとしたら社内では、「集団浅慮」があったのではないかと著者は想像します。ときにグループシンク(Groupthink)とも呼ばれますが、会議など集団で物事を決める時、合意に達することが重視されるあまり、大事なことが見過ごされることを指します。もともとの提唱者はアメリカ人ですが、その特徴を挙げると、「集団的正当化」、「反対者に対する直接的圧力」など。まるでビッグモーターの社内会議で、誤った判断がなされるところを見てきたのではないかと思わせるキーワードが並んでいます。
しかもこの集団浅慮、メンバーの同質性が高いほど悪化してしまうのだとか。不祥事を受けてビッグモーターの経営陣も交代しましたが、何だか後任の方も似たような印象で、同質性の高さが想像されました。
でも、考えてみれば不思議。日本のことわざに「三人寄れば文殊の知恵」とあるぐらいですから、普通に考えれば意思決定に関わる人が多いほど正しい判断につながるはず。それが真逆の、誤った判断につながってしまうなんて…。という謎を解く鍵が、本連載のバックボーン、「進化心理学」です。
分からないけど旅立つ
「進化」というキーワードでピンと来た人もいると思いますが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまうことになりますね。
では、時間を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時の人類は狩猟・採集の生活でしたから、環境変化はそのまま生存に関わるぐらい重要なものでした。たとえば日照り続きの干ばつで、突然獲物がいなくなったら飢え死にの危険にさらされます。そのような突発事態に対処する時、悠長に話し合っている時間はなかったでしょう。
現代ならば、テレビやラジオで情報を収集して、「あっちの方角に獲物がいそうだ」、「いや、移動のしやすさならこっちだ」と熟慮できますが、太古の時代は無理な話。むしろ、「この先、何があるか分からないけど、とりあえず獲物が多そうな方角に向かって旅立とう」のように、パッと物事を決める方が、生存の確率が高かったのでしょう。そんな行動が何世代にわたって続いた結果、末裔たる私たちも、「熟慮よりもまずは決めるのだ」と集団浅慮に陥りやすいのもやむを得ないのかもしれません。
ホンモノの多様性とは
では、ここまでの発見を投資に活かす方法を考えてみましょう。ポイントは、取締役会の多様性。冒頭にも述べたとおり、メンバーの同質性が高いと集団浅慮に陥りやすいので、これを避けて正しい判断ができれば業績アップで株価も上がりそうです。近年は取締役に社外の人材を招聘したり、女性を登用するなどダイバーシティが広がっているのもこのためです。
ところが、一口にダイバーシティと言っても、実は「デモグラフィック型」と「タスク型」に分かれることをご存じでしょうか? デモグラフィックは日本語にすると「人口統計」を指し、性別や年齢など目に見える要素を意味しており、先ほど述べた女性を取締役に登用するのがこれにあたります。ところが、米国などの研究によると、それよりも「タスク型」ダイバーシティの方が企業業績に与える影響は大きいとのこと。つまり、個々の取締役がどのような経験があるか、どんな人物なのかという観点での多様性が重要との認識です。参考資料を読むと、10年近く前からタスク型ダイバーシティが重要であるとの認識は、日本においてもなされていることが分かります。
では、どうやってこのタスク型ダイバーシティをチェックするか。それが、近年多くの企業で情報開示されている取締役の「スキルマトリックス」です。この取締役は財務の知見がありますよ、一方でこちらの方は営業・マーケティングの知見がありますよ、などの一覧表で、取締役会全体としての多様性の有無が一目で分かります。
【著者プロフィール】
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。