加担の回避
文/片桐 さつき
大手芸能プロダクションにまつわる衝撃的な一連の事件を耳にして、読者の皆様はどのようにお感じになられたであろうか。故人である創業者による性加害は何十年と続き、数百人もの子供が卑劣な行為の被害にあっていたという。この長きにわたる蛮行がなぜ明るみに出なかったのか。なぜ日本のメディアではなく、英国のメディアが取り上げ、国連人権理事会が見解を示すほど大きな問題になったのか。筆者は、この問題の本質が「今まで明るみに出なかったこと」に潜んでいるように思う。
ここで問いたいのは、加害者は一人だったのだろうか、ということだ。今回の性搾取問題については、過去幾度となく表に出てきている。にもかかわらず、これまで「大きな問題」にはならなかった。大きな問題に出来なかった理由がそこにはあり、それが日本社会にはびこる「忖度」であったのではないだろうか。それほど同プロダクションの権力は芸能界において大きいものであり、真実を見てはいけない、見ない方がいい、という何かが働いていたのであろう。では、真実を大きな問題にしなかったマスメディア、真実から目を背けて同プロダクションに仕事を依頼していた企業は人権侵害をしていないのだろうか。
答えはノーだ。これを「人権侵害への加担」という。直接的ではないにしろ、人権侵害が行われている企業を支援する形になれば、この行為に加担したことになる。そして今、煽り立てるように報道を過熱させるメディア、続々と同プロダクションとの契約を打ち切る企業、これらは共に人権侵害に加担をしてきた当事者である。随分あっさりと、そしてすっきりと態度を変えられるものだと思うが、ESG投資がメインストリーム化し、人的資本経営が提唱される中で、そう判断せざるをえない時代になっていることも事実だろう。ただし、これは企業対企業の話である。一方で、所属タレントを応援してきたファンの中には、自身が加担してしまった事実に心を痛めている人達がいる。これまで通り応援したい気持ちと、応援をしない方がいいのか、という気持ちと、悩み葛藤を続けている個人もいることを知らないといけないだろう。これまでひたむきに努力を続け、やっとの思いで表舞台に立てたタレントも同様だ。企業対企業の決断の渦に巻き込まれ、表舞台への階段を次々と外されていくタレントはどうなのか。個で考えた時、この「加担」という考え方は難しくなるし、人権侵害の難しさや根深さを浮き彫りにするように思う。
投資行動も同様だ。皆様の投資先のことを思い浮かべていただきたい。人権侵害は企業の内部で密かに起こり、忖度により内部に閉じ込められ、そして表に出てくる頃には大問題に発展している。読者の皆様が人権侵害に加担しないためには、投資先の開示情報から人権侵害を防ぐような仕組み、取り組みがあるか否かを統合報告書やサステナビリティサイトでチェックする必要があるだろう。それだけでは真実は見えないかもしれないし、結論は出ないかもしれない。しかし、企業対企業であれ、個であれ、加担を回避するためには、知ること・考えること・声を上げることが必要なのではないかと思う。
今回の事件を契機として、多くの人が多くの局面で人権について耳にし、何かに気が付き、考え、行動し始めているのではないか。人権侵害だけではないが、知らないフリをしてしまうことなく、自身の意見を発信する勇気が、加担を回避し、忖度社会を少しずつ変えていくことになるのではないか。そして、こうした考えを持つ投資家が増えれば、企業も本気で変わろうとするのではないかと思う。筆者も読者の皆様と共に、正しい社会に一歩踏み出していきたい。
※この記事は2023年10月25日発行のジャパニーズ インベスター119号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱宝印刷D&IR研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。