株式会社コーチ・エィ『自社で育成したコーチによって大企業の組織変革を継続的に支援』
株式会社コーチ・エィ
証券コード 9339/東証スタンダード
代表取締役 社長執行役員 鈴木 義幸
Yoshiyuki Suzuki
コーチ・エィは、コーチングを日本に広めた先駆者。約120名の社内コーチを擁し、東京、ニューヨーク、上海、香港、バンコクに拠点を構えるエグゼクティブ・コーチング・ファームとして、業界をけん引している。同社が提供するコーチング・サービスは、システミック・コーチング™という独自の概念に基づいた対話型組織開発であり、大手上場企業を中心に高く評価されている。鈴木社長にその強みと今後の展望を聞いた。
取材・文/山本 信幸 写真撮影/和田 佳久
組織全体を変革するコーチング・サービスを展開
――御社が展開するコーチングとはどういったサービスですか。
コーチングとは対話を通して行動変容を促すこと、対話によって物事に対する意味の構築を図ることです。人は他人から付与された意味よりも、自分で見いだした意味によって強く動機付けられます。自分自身で意味が構築できると、自ら物事を変えていけるような主体性を持つようになります。その結果、新しい行動にチャレンジしたり、行動の選択肢を広げたりという行動が起きるのです。
当社はこの考えをもとに、「システミック・コーチング™」というコンセプトでコーチングを行っています。システミック・コーチング™とは、人は「関わりの中に存在する」という考え方のもと、個人の成長支援にとどまらず、個人を取り巻く関係性に焦点をあて、組織全体の成長を支援していくアプローチです。
まずは、エグゼクティブ・コーチングとして、組織全体が変革する時のキーパーソンたる企業の経営幹部や管理職の方々に我々が関わり、彼らがより主体化していくことを支援します。経営チームの足並みが揃ったところで、次に、組織の中でハブとなる現場リーダーに対してコーチングを行います。こうして、主体化した人同士が対話することによって、新しいアイディアが次々と生まれ、イノベーションが起こります。システミック・コーチング™のシステムとは、この変化が、まるでドミノ倒しのように組織全体に広がっていくことを意味しています。コーチングを通じて組織全体に変化が起こっていれば、仮に何年かしてトップの交代があったとしても、持続的に効果が波及していきます。
コーチングによる組織開発は、企業のみならず、研究機関や医療機関、スポーツ、教育機関、官公庁、自治体など、さまざまな分野でも導入されています。
コーチング事業を展開する会社はいくつかあるなかで、このように個人の開発にとどまらず組織全体の開発に向けた事業を展開している点は、当社の際立った特徴です。
――コーチと聞くとスポーツのコーチのような指導をする人を想像しますが、ビジネスのコーチはそれとは違うものですか。
今はスポーツの世界もだいぶ変わってきていて昔とは違うと思うのですが、それでもまだ、その世界で経験を積んで実績のある人がその経験をベースに教えているケースが多いと思います。我々のコーチングは、コーチが問いかけることで相手の方が自ら考えて、新しい方向性を見いだしたり、新しい捉え方を発見したりして、自ら新しい行動を起こしていけるように支援することです。
もう少し詳しくお話しします。人は誰しもなんらかの“前提”に基づいて生きています。成功を収めた企業のトップにいるような人ほど成功体験を積んでいて、「こうした方がいい」、「こう振る舞うのがいい」という前提が強く働きがちです。一方で、その前提に自分が縛られていることに気づくのは、実は難しいものです。我々は問いかけによって、自らの前提に気づいてもらい、仮にそれが乗り越えるべきものであれば、新しいものの見方を手にしていただけるよう対話を重ねます。経験者が未経験者に技術を伝えることに重きがおかれることの多いスポーツのコーチとは、この点が違うと思います。
コーチを正社員として採用し自社で育成
――1対1を重視するとなると、コーチの数も相当必要になってきますね。
そうですね。当社の社員約150人のうち、120人弱がコーチです。1社の中にこれだけのコーチが正社員として在籍している会社は世界的にもほとんどないでしょう。正社員のコーチが在籍するメリットは、育成のために会社が多様なリソースを投入できること、また、それぞれのコーチの経験を共有し合うことによって、他人の経験を自分の成長の糧にすることなどが挙げられます。当社は、皆により良いコーチになってもらいたいという思いから、1人1人のコーチの成長・育成に、しっかりと正面から向き合っているのです。結果として、お客様に対して、質の高いご支援を提供できると考えています。
育成については、自社だけでなく、アメリカの有名なコーチにオンラインでトレーニングをしていただいたり、いろいろな知見や欧米の最先端の論文を社内でシェアして学んだりしています。当社の事業はコーチのクオリティが最も重要なファクターなので、そこには大きなリソースを投入しています。また、コーチング研究所というリサーチ機関を持っていることも当社の特長の一つです。コーチングの満足度を主観だけではなく、可能な限り見える化、数値化して表現するための機関で、コーチング品質を高めることに寄与しています。
経営トップへのエグゼクティブ・コーチングから全社員へのワークショップまで、それこそ会社対会社でやるような大きな組織変革は、多くのコーチが在籍している当社のような会社でなくてはできません。だからこそ、大規模な組織改革を行う企業様からも、長期的に選んでいただけているのだと考えています。
――コーチの方々はどのような経歴をお持ちなのでしょうか。
当社のコーチは多様なビジネス経験を積んでおり、大手企業の出身者も多く在籍しています。クライアントの多くが上場企業であるため、そのようなバックグランドは親和性が高いと考えています。経験豊かなコーチが多く在籍していることで、例えば役員を20人、30人一気に全員コーチしてほしいといったニーズに対しても即座に対応できます。
また、東京、ニューヨーク、上海、香港、バンコクに拠点を構えていることから、日本語はもちろん、英語、北京語、広東語、タイ語など、現地語でコーチを実施できる人員も揃っています。8年ほど前からは新卒採用も行っています。
基本的に話すのが好き・話を聞くのが好きという人たちが集まっていますので、リモートのミーティングなども非常ににぎやかで活気があり、新しく入った人でもすぐに溶け込める組織になっていると考えています。
――コーチング市場の規模を教えてください。
コーチングと企業向け研修とはイコールの関係ではありませんが、企業研修サービス市場規模は毎年5,000億円程度で推移していて、GDPに占める日本企業の能力開発費の割合は0.1%といわれています。それが米国では2.1%、金額で14兆円規模。ビジネス・コーチングに限っても1.7兆円が投じられています。日米の比較では日本はまだまだ低く、今後市場が拡大する余地があります。
現状、当社クライアントのポートフォリオの中で占める割合が大きいのは金融、情報通信、製薬といった業種です。変革を求められている業界で、変わらなければ生き残れないという危機感を経営トップが持たれていることが背景にあるのだと思います。
そうした中、上場企業に「人的資本の情報開示」が義務づけられ、ある意味で健全なプレッシャーが経営者の方に少しずつかかっている状況です。コーチング市場にとっては追い風が吹いていて、まだまだ伸びると見ています。
米・中・タイに拠点を持ち将来は欧州にも進出
――海外展開の現状と計画を教えてください。
プライム市場に上場している企業の多くは海外にも拠点を構えています。そうした企業の現地幹部に対するコーチングを提供するため、米国、中国、タイに拠点を設けています。例えばタイのオフィスでは、日本企業のタイ人幹部にタイ語でコーチングを実施するといった具合です。
海外に目を向けてみると、アメリカではフリーランスのコーチを多く抱え、彼らを派遣する会社はいくつかありますが、役員個人のパフォーマンスを上げるための個人開発型のサービスで、当社のように組織全体を変えるために一緒に話し合いながらやっていくビジネスモデルはほとんど見当たりません。
しかしながら、海外展開をしてみると驚くほどモデルを変えずにビジネスを展開できています。人が気づきを得たり、前提を乗り越えたりして新しい行動を起こしていくというプロセスは、国民性のようなものにあまり影響されません。自ら考えることを促す良い問いかけができれば、どの国の方であっても行動変容は起こるというのが、海外展開をすることで我々が得た体験です。
現在、中国では上海と香港の2つの拠点がありますが、将来的にこの数を増やしたいと思っており、まだ拠点がない欧州にも早い内に拠点を作りたいと考えています。さらに今後は、非日系企業に対してもサービスを提供していくつもりです。
毎年10%程度の堅実な成長で安定的な還元を目指す
――今回の上場にあたり、スタンダード市場を選択した理由を教えてください。
グロース市場は一気に投資をして急激な右肩上がりの成長を目指す会社が属するマーケットであると考えました。我々はオーガニックグロース(堅実な成長)を目指し、トップラインで年率10%程度の伸びを維持していくつもりなので、スタンダード市場を選びました。自分たちの立てた計画をしっかり実現して投資家の方々に信頼していただけるような会社を目指しています。
――成長のためには新規顧客開拓も必要ですが、どのように行っているのでしょうか。
先ほどもお伝えした通り、エグゼクティブ・コーチングが導入の起点となることが多いため、まずはトップ層にエグゼクティブ・コーチングを紹介していく必要があります。ただ、人事部門が当社のコーチングに興味を持っても社長に「コーチングを受けて下さい」とは言いにくいですよね。そのため、当社のコーチングを受けた経営者の方がリタイアされる際、エグゼクティブ・ビジネスパートナー(EBP)というセールス・エージェントになっていただき、ご支援をお願いしています。
経営経験者の紹介であれば、経営者の方々も耳を傾けてもらいやすいため、そうした紹介を通じて新規の顧客開拓を進めています。EBPの方々は、社会を変えるため、あるいは企業の文化を変えるために喜んで協力すると仰って下さる方ばかりで、非常に力強いパートナーとして活躍していただいています。
――今後の展望を教えてください。
既にお話ししたように、中長期的には、ここ数年は10%成長を目指しています。国内はもちろんのこと、グローバル展開も進めていき、将来的には非日系企業も対象としてビジネスを拡大させていく方針です。海外事業の売上比率は現在16%程度ですが、売上全体を拡大しつつ、グローバルの伸びを国内以上に高めていきたいと考えています。
また、成長を支える力強いコーチを社内で育成することを重要視しており、今回の上場によって調達した資金も、人材の育成・採用に多くを振り分けたいと思っています。優秀なコーチを増やすのは決して簡単なことではないですが、採用計画を実現するための色々な施策を立てています。多少おこがましいかもしれませんが、お客様のモデルとなるような組織文化を作っていきたいと考えており、社員に大きな成長機会を提供しながら優秀な人材を増やしていくつもりです。