好きな銘柄で損をしないために。「ファン投資」の落とし穴と感情をコントロールする3つの工夫

企業の理念や商品に共感し、応援する気持ちで株式を保有する。2025年9月26日付けのコラム「企業の『ファン投資家』になる方法――IR情報をどう活用するか」でご紹介したとおり、こうした“ファン投資家”は、企業にとって腰を据えて見守ってくれる心強い存在です。同コラムでは、ファン投資家になるメリットと、IR情報をどう活用すればよいかを中心にお伝えしました。ただ、応援する気持ちが強くなりすぎると、本来の目的である資産形成の判断が鈍ってしまうことがあります。今回は、ファン投資が抱えるリスクと、応援する気持ちを持ちながら冷静さを保つための考え方を、行動ファイナンスの用語や投資家の格言も交えながらお伝えします。
株主優待やファン心理が裏目に?「保有効果」が招く投資の落とし穴
企業への共感をきっかけに株式を保有することは、投資の入り口としてとても自然で前向きな動機です。先述のコラムでもお伝えしたとおり、カゴメやヤマハ発動機のように、専用ページや懇談会を通じてファン株主との接点を大切にする企業が増えています。こうした株主は、短期的な株価の上下に左右されず、長期的な視点で企業を支えてくれる存在です。
ただ、応援する気持ちが強くなりすぎると、判断が鈍ることがあります。行動ファイナンスの世界には「保有効果」という言葉があります。自分がすでに持っているものを、実際の価値以上に高く評価してしまう心理です。「この会社が好きだから」という気持ちが強いほど、保有を続ける理由ばかりを探してしまい、手放す決断が難しくなっていきます。
東洋経済オンラインが伝えた、ある個人投資家の体験談が参考になります。博多ラーメン「一風堂」を展開する力の源ホールディングスの株式を、保有株数に応じたラーメンの食事優待券にひかれて2024年3月に500株購入したものの、株価はその後下落を続け、2025年1月には購入時から約45%下落したといいます。優待という楽しみがある分、損切りの決断がしにくくなるのも無理はありません。優待やファンとしての愛着そのものは悪いことではありませんが、それが判断を鈍らせていないか、自分で気づく必要があります。
2026年9月28日付のコラム「有望企業を『途中で手放す』落とし穴。長期保有を続けられる投資家の視点とは?」では、株価の下落に動揺して有望企業を手放してしまう“長期投資の落とし穴”についてお伝えしました。あの話と今回の話は、似ているようで逆の方向を向いています。同コラムでは「下落に振り回されて、本来持ち続けるべき企業を手放してしまう」リスクでした。今回は「応援する気持ちに引っ張られて、本来見直すべきタイミングで持ち続けてしまう」リスクです。どちらも根っこにあるのは、感情が目を曇らせるという同じ構造です。見極めるべきは、下落が一時的な踊り場なのか、構造的な変化なのかという事実であって、自分がその企業をどれだけ好きかではありません。
確証バイアスとナンピン買いに注意!感情投資が引き起こす失敗のメカニズム
株価が下がっても「好きな企業だから大丈夫」と考えてしまう背景には、心理的なクセがあります。代表的なのが「確証バイアス」です。自分がすでに持っている考えを肯定する、都合のよい情報ばかりを無意識に集めてしまう傾向を指します。ファンであるほど、良いニュースには目が行きやすく、悪いニュースは見過ごしやすくなります。
もう一つは「損失回避」という心理です。同じ金額でも、利益より損失のほうを大きく感じてしまう傾向で、行動経済学ではよく知られた現象です。含み損を確定させることへの抵抗感が、売るべきタイミングを先送りさせます。さらに、「これだけ応援してきたのだから」という気持ちから、下落局面で買い増しを重ねる“ナンピン買い”に向かいやすいのも、ファン投資特有の落とし穴です。買い増しそのものは有効な投資手法ですが、冷静な分析ではなく感情に押されて行う場合、損失をさらに広げる結果になりかねません。
ウォーレン・バフェットは1986年の株主への手紙で、「他の人々が貪欲であるときに恐れ、他の人々が恐れているときに貪欲であろうとしている」という趣旨の言葉を残しています。強気相場でも弱気相場でも、周囲の空気に流されず、自分なりの物差しを持つことの大切さを説いた言葉だと思います。ファン投資においても、応援する気持ちと客観的な判断は、別の引き出しに入れておく意識が欲しいところです。
SNSやファンコミュニティなど、共感し合える場にいるほど、同じ意見ばかりが集まりやすくなります。心地よい反面、客観性を失う場にもなり得ます。自分と利害関係のない第三者の意見にも、定期的に耳を傾けてみてください。
客観的データと「損切りルール」で勝つ!冷静さを保つ3つの工夫
では、応援する気持ちを持ちながら、冷静さを保つにはどうすればよいのでしょうか。私がIR担当者として感じてきたことも踏まえ、3つの工夫をご紹介します。
1つ目は、売るルールをあらかじめ決めておくことです。「購入価格から何%下落したら保有理由を見直す」「業績予想が2期連続で下方修正されたら再点検する」など、感情に左右されにくい基準を先に用意しておきます。実際に発動するかどうかは別として、ルールがあるだけで、下落局面で立ち止まって考える余地が生まれます。
2つ目は、業績やキャッシュフローといったファクトを定期的に確認することです。決算短信や有価証券報告書に記載された数字は、好き嫌いの感情が入り込まない情報です。好きな企業であればあるほど、意識して数字に目を通す習慣をつけたいところです。
3つ目は、需給や大口投資家の動きを確認することです。信用倍率(信用買い残を信用売り残で割った数値)が急激に高まっている場合、買いが一方的に偏り、相場が過熱しているサインとされます。また、発行済株式の5%を超えて株式を保有する投資家は、保有割合が1%以上増減すると、EDINET(金融庁が運営する電子開示システム)を通じて大量保有報告書・変更報告書を提出する義務があります。普段から対話を重ねている大口投資家が保有比率を下げている場合は、その企業を取り巻く状況に変化が生じていないか、確認してみる価値があります。これらの情報は、証券会社の取引ツールやEDINET上で、誰でも確認することができます。
あわせて、決算説明会の質疑応答にも目を通してみてください。アナリストや機関投資家が投げかける質問と、それに対する経営陣の答え方は、業績の数字だけでは見えてこない経営の実態を映し出します。ファンとしての親しみとは別の角度から企業を眺める機会を、意識してつくっておきたいところです。
情報の渦から少し距離を置き、こうした客観的な材料に立ち返る時間を持つことが、冷静な判断を取り戻す助けになります。
「共感×実力」で銘柄を選ぶ:応援と資産形成を両立させる長期投資術
応援したい企業と長く付き合いながら、資産形成も実現するには、「共感×実力」という視点で銘柄と向き合うことが大切です。『ファン投資家になる方法』のコラムでご紹介した、理念やIR情報への共感に加えて、成長性や収益力といった実力を併せて見極める姿勢です。単に好きというだけでなく、応援しがいのある企業かどうかを、定期的に確認し続けたいところです。
実力を見極めるうえで欠かせないのが、経営陣への信頼です。株主は、経営を経営陣に委ねている立場にあります。社長や役員の交代があった際には、その経緯や理由が丁寧に説明されているか、独立性の高い社外取締役がどの程度加わっているか、業績が計画どおりに進まないときの説明が前回・前々回と比べて変わっていないかといった点は、好き嫌いとは切り離して確認したいところです。同じく「有望企業を『途中で手放す』落とし穴。」のコラムでは、決算のたびに気づいたことをメモしておく「企業ノート」をご紹介しました。ファン投資では、年に一度でよいので、こうした経営陣に関する記録を振り返る機会を持つと、応援する気持ちとは別に、株主としての目線を保ちやすくなります。
IR担当者として株主総会や説明会の場に立っていると、本当にその企業を長く見てくれている株主ほど、耳の痛い質問を率直に投げかけてくださることに気づかされます。業績が芳しくないときに「今期は厳しかったですね、来期はどう立て直すのですか」と問いかけてくださる株主は、応援の気持ちと冷静な視点を両立させている、まさに理想的な存在です。応援することと、都合の悪いことから目をそらさないことは、両立できるのです。
利益確定や損切りを「裏切り」だと捉える必要はありません。むしろ、あらかじめ決めたルールに沿って行動することは、その企業を長く見続けるための戦略の一部です。一度手放した企業でも、状況が変われば再び株主に戻ることもできます。
企業への共感は、長期投資を支える大きな原動力です。ただ、その気持ちに実力への見極めを掛け合わせることで、応援と資産形成の両方を、無理なく両立させることができるはずです。ファンであることと、冷静な投資家であることは、決して矛盾しません。ぜひ、ご自身にとっての「応援したくなる、かつ実力のある企業」を見つけてみてください。
iwawo(イワヲ)
IRの現場も、投資家の本音も、すべて“肌感”で知るIRコンサルタント。証券会社でアナリスト・IPO業務を経て、上場企業2社でIR責任者(うち1社は取締役)を務めるなど、株式市場の最前線を渡り歩いてきた。証券・企業・投資家――立場を越えてIRの実態に向き合ってきた経験をもとに、企業が直面するIR/SR領域のリアルな課題への対応を支援。
