有望企業を「途中で手放す」落とし穴。長期保有を続けられる投資家の視点とは?

株価が大きく下がった日、「何か悪いニュースがあったのでは」と不安になり、つい売却ボタンに手が伸びたことはありませんか。一方で、その企業の経営陣は、3年後、5年後を見据えた計画に沿って、淡々と次の手を打ち続けています。株式市場が見ている時間と、企業が経営している時間の間には、実は大きな隔たりがあります。本年2月20日付けコラム「企業と投資家の『時間軸のズレ』が生む誤解とは?」では、このズレが企業の開示と投資家の受け止め方にどう影響するかを取り上げました。今回はその続きとして、ズレが投資家の「株の持ち方」に与える影響に目を向けます。企業のIR担当者として現場に立っていた感想も交えながら、せっかく出会えた有望企業の株式を道半ばで手放さないための視点と、時間を味方にする投資の考え方をお伝えします。
株価急落=悪材料とは限らない?市場と経営陣の「時間軸のズレ」を知る
株式市場は、四半期ごとの決算や業績予想の修正といった短期的な材料に、とても敏感に反応します。決算発表の翌営業日に、数字そのものの良し悪しよりも、市場の予想との差によって株価が大きく動く場面は珍しくありません。
一方、企業の経営は通常、3〜5年先を見据えた中期経営計画やビジョンを軸に進んでいきます。研究開発、設備投資、海外展開、M&Aといった長期視点の施策は、収益として成果を生むまでに数年かかることもあります。そのため、将来の成長に向けて種をまいている期間は、費用が先に発生して、短期的には利益を押し下げることがあります。先述のコラムで見たとおり、経営としては計画どおりの前進でも、決算の数字だけを見るとネガティブ要素に映ってしまうのです。
ここに、投資家にとっての落とし穴があります。減益の見出しや株価の下落に反応して、種まきの最中に有望企業を手放してしまうと、数年後に実りの時期を迎えたとき、その果実を受け取るのは別の株主になります。もちろん、株価の動きを無視すればよいという話ではありません。大切なのは、その下落が一時的な踊り場によるものなのか、構造的な成長の鈍化によるものなのかを見分けることです。
しかも、長く持つつもりで買った銘柄でも、画面に含み損の数字が並ぶと、人は落ち着いていられません。だからこそ、企業側の時間軸を知っておくことが、心を守る備えになります。
企業の側にも、離れてほしくない理由があります。日本証券業協会の「個人株主の動向について」(2026年7月公表)によると、2025年度末の個人株主1人当たりの平均株式保有金額は約1,256万円、保有銘柄数は平均5.4銘柄でした。
一方、東京証券取引所のプライム、スタンダード、グロースの3市場だけでも、上場会社は3,744社(2026年3月末日時点)あります。IRの現場にいた時は、その中から平均5.4社の1つとして自社を選んでくださった株主のことを、本当にありがたく感じていました。個人投資家の皆さまも、銘柄を選ぶまでに、時間とコストをかけて調べていると思います。だからこそ、企業と投資家がお互いに「選んでよかった」と思える、ウィンウィンの関係を築きたい。その入り口が、長期的な視点で銘柄を選び、長期的な視点で保有していただくことだと考えています。
参考:
機関投資家の動きに学ぶ!個人投資家が「長期保有」する大きなメリット
企業にとっての長期株主の価値は、本年6月29日付けコラム「企業はどんな株主を求めているのか?理想の株主像とは」で「ともに歩んでくれる株主」としてご紹介しました。今回は、そこから一歩進んで、企業と投資家それぞれにとっての価値を考えてみます。
まず企業から見ると、個人投資家はどうしても「サイレントな存在」です。企業が個人株主の考えを直接知る機会は限られており、株主数や保有株式数の推移、保有期間といった数字から想像するしかありません。
一方、機関投資家は少し事情が異なります。たとえば、コモンズ投信やさわかみ投信のように、企業と共に歩む長期投資を主な投資方針に掲げる運用会社が投資先として組み入れていることが運用報告書などの公開情報でわかると、その企業の株式市場での評価にもつながります。長期保有を前提に、時間をかけて選び抜いた企業の一つとして位置づけられるからです。個人投資家にとっても、こうした運用会社の投資先は、銘柄を調べるときの参考になるでしょう。
投資家自身にとっても、長期視点には大きな価値があります。企業価値の向上という成果を、企業と一緒に分かち合えるのが長期投資です。同じ目線に立てば、企業の戦略や決算を「自分ごと」として理解でき、より深い納得感をもって投資できます。その納得感が、株価が下がったときの精神的な安定にもつながります。
途中で手放さない!「軸がブレない企業」を見極めるセグメント分析
では、長く持てる企業は、どう選べばよいのでしょうか。先述の2月のコラムでは、中期経営計画と実績の「会話」が成立しているかを見ることが大切だとお伝えしました。ここでは、それを企業選びに落とし込んでみます。ポイントは、過去の戦略と現状を見比べて、その企業が「ブレていないか」を継続的に確認することです。
見るべき項目は、「成長領域」「収益構造の進化」「KPIの進捗」「投資と回収のバランス」などです。長く持てばよいわけではなく、軸がブレていない企業だからこそ、長く持つ意味があります。
とはいえ、過去の資料をくまなく読み込み、戦略と数字の整合性を検証するのは大変です。そこでおすすめしたいのが、セグメント別の収益トレンドを追う方法です。成長戦略に掲げた事業は、多くの場合、どこかのセグメントに織り込まれています。たとえば海外展開を成長の柱に掲げているなら、海外セグメントの売上や利益が数年かけてどう推移しているかを見れば、戦略が実際に数字へ表れてきているかがつかめます。
先行投資で利益が伸び悩む時期があっても、その後の推移を追うことで、投資と回収のバランスが取れているかを確認できます。
セグメントの推移は、企業のIR情報や統合報告書に掲載されていることが多く、アナリストレポートがあれば、そこにもまとまっています。まずは気になる1社について、直近3年分ほどのセグメント別の売上と利益を並べてみましょう。伸びている事業と停滞している事業、そしてそれが企業の掲げる戦略と重なっているかどうかが見えてきます。手元にデータとして残しておけば、次の決算では新しい1年分の数字を確認すればよいだけです。
数字だけでなく、IR資料のトーンや戦略ストーリーの一貫性も、ブレない企業かどうかを見極める手がかりです。毎年のように重点テーマが入れ替わり、以前の説明との関係が語られない場合は、立ち止まって確かめる価値があります。逆に、状況が変わって方針を修正したときに、その理由を丁寧に説明している企業は、信頼して長く付き合える相手といえます。
“長く持てる企業”との付き合い方
長く付き合いたい企業が見つかったら、次は関係を深める段階です。先述の6月のコラムでも触れたとおり、株主総会や個人投資家説明会は、経営者の言葉や質疑応答での受け答えから、資料だけではわからない企業の本音や誠実さを、直接感じ取れる貴重な機会です。こうした体験が、企業への信頼につながります。
また、IR資料を定期的に確認しながら、企業の姿勢や説明の変化を自分なりに記録していくと、理解がぐっと深まります。スマートフォンのメモ機能でも、手帳でも構いません。決算のたびに気づいたことを一言メモしておくだけでも、数年後には立派な「企業ノート」になります。
この情報の蓄積は、もしものときの心のお守りになります。決算が振るわなかった、一時的なアクシデントが起きたといった局面で、株価の下落だけを見て慌てて手放すのか、それとも「この会社なら大丈夫」と持ち続けるのか。その判断を下すとき、企業と向き合ってきた蓄積が大きな礎になります。
もっとも、個人投資家は機関投資家に比べて、企業分析や企業へ直接コンタクトする手段が少ないこともあり、配当や株主優待のようなわかりやすい株主還元を好まれる方も多いと思います。それも、長く持つための立派な動機です。たとえば配当なら、その企業の配当方針に共感できるかどうかが一つの目安になります。累進配当(前の期の配当から減らさず、維持または増やす方針)を掲げる企業なら、少なくとも配当が現状維持か、年々増えていくことが期待できます。ただし、方針は約束ではありませんので、業績や財務の裏付けもあわせて確認したいところです。優待であれば、その企業の商品やサービスが好き、ポイントを貯めるのが楽しみ、普段使っている電子ポイントに交換できて便利、といった理由でも十分です。
「応援したい」と思える企業と出会い、業績の波や事業の変化も含めて歩んでいく。この関係性こそが、長期投資の醍醐味です。株価の短期的な上下動を無視する必要はありません。ただ、その動きが企業と投資家の間にある時間軸のズレから生まれたものなのか、企業の変化を映したものなのかを、自分の時間軸で見分けられるようになれば、時間は投資家の味方になってくれます。ぜひ、ご自身にとっての「長く持てる企業」を探してみてください。
iwawo(イワヲ)
IRの現場も、投資家の本音も、すべて“肌感”で知るIRコンサルタント。証券会社でアナリスト・IPO業務を経て、上場企業2社でIR責任者(うち1社は取締役)を務めるなど、株式市場の最前線を渡り歩いてきた。証券・企業・投資家――立場を越えてIRの実態に向き合ってきた経験をもとに、企業が直面するIR/SR領域のリアルな課題への対応を支援。
