消防士から資産10億円の投資家へ。継続と暴落時の買い増しで積み上げた40年の投資人生

40年超の投資歴を持つ個人投資家・かんち氏は、現役時代を消防士として過ごしながら株式投資を続け、現在は総資産約10億円、年間配当3,000万円を実現した。「大きなビジョンがあったわけではない」と飄々と語る同氏の投資人生には、バブルの熱狂、崩壊後の長い低迷、リーマン・ショックなどの激震が折り重なっている。幾度もの試練のたびに選択したのは、「売って逃げる」ではなく「買い向かう」ことだった。その根底にあったのは、派手な投資術ではない地道な積み上げと、「いずれ市場は回復する」という静かな確信だったという。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟
「貯金より面白い」で始まった22歳の投資生活
──株式投資を始めたきっかけを教えてください。
かんち:株式投資を始めたのは、1982年頃、消防士になって1年目か2年目の22歳前後だったと思います。父親も祖母も株式投資をしていたので、他の家庭に比べて株式への入り口はかなり低かったと振り返ることができます。簡単にいえば、身内の影響ですね。まだインターネットも普及していない時代で、証券会社の窓口に口座をつくりに行ったら、すでに自分名義の口座がありました(笑)。父親か祖母が、わたしの名義でも取引していたのでしょう。
父親に「どんな株を買えばいいか」と相談すると、「おまえの給料で買えるまともな株は鉄鋼株ぐらいだ」といわれました。いまとは物価や給与水準も違いますが、それを踏まえても当時の鉄鋼株は1株80円から90円台と安く、1000株買っても10万円しません。資金100万円で、当時の新日鉄や住友金属(いずれも現・日本製鉄)といった鉄鋼株を分散して買ったのが最初ですね。
──当初から「長期的に資産形成しよう」「大きな資産を築きたい」という意識はあったのでしょうか?
かんち:そんな大層なビジョンはありませんでしたね。当時、堅実な公務員が年100万円近くを貯金するようなことはあったものの、わたしは貯金するのが面白くなくて……どうせなら、値動きするものが楽しいという享楽的な視点でした。
新聞をめくると自分の持っている銘柄が紙面に載っていて、株価が動いていることが分かります。これまで見向きもしない紙面に意味が出てきて、それが楽しかったですね。持っていれば配当金も入ってくるし、預貯金代わりの楽しみとして年100万円ペースで個別株に入金し続けていました。
ただ、バブル期とあって投資の成果は大きく、NTTが上場して世間が盛り上がっていた時期には日経平均も3万8000円を突破し、最初に買った鉄鋼株もウォーターフロントブームに乗って10倍近くまで上昇しました。その時期には、資産2,000万円近くにもなりましたよ。
──20代でそれほどの資産を持てば、気が大きくなってしまいませんか?
かんち:いえ、静かに楽しんでいましたね(笑)。当時は身のまわりに株式投資をしている同世代がまったくいなかったので、資産が増えても誰にも話しませんからね。これだけ株式投資が普及してきたいまだって、投資していない人に「資産が増えた!」と話すのは、自慢しているみたいでためらわれるじゃないですか。
それに、あくまで増えているのは含み益であって、実収入となる配当金は少額で贅沢できるほどではありませんでした。それでも、株式投資を通じて好景気を感じ、いろいろな銘柄を買って楽しんでいました。「株式投資って楽しい!」と思えたことが、この時期における大事な資産です。
バブル崩壊に訪れた試練……「増えない5年」が育てた強さ
──やがてバブル崩壊が訪れましたが、その当時はどのような状況でしたか?
かんち:バブル崩壊からしばらくは本当に市場が低迷したままで、入金しても資産が増えない状態が1990年から1995年くらいまでずっと続きました。株価が年に一割ぐらい下がり続けていくので、1年頑張って働いて100万円を入金しても、株数だけが増えてトータルの資産は増えません。「働いたお金はどこへ行ったんだ?」という気持ちで、ひたすら悲しかった記憶があります。
あれほど楽しんでいた株式投資ですが、ついに心が折れて、1993年から1994年の2年間は入金をやめて放置していたほどです。
──それでも1995年には投資を再開したのですよね。モチベーションを支えたものは?
かんち:それは、配当金です。資産額は増えなくても、株数は増えているから配当金だけは微妙に増えていて、それが心の支えになりました。心が持ち直してくると、バブル全盛期にあれだけの株価上昇と楽しさを体験しているので、「また、いつかそういう時代が来るだろう」という期待感が溢れてきます。
その期待感があれば、どうにかなります。相場が悪いからこそ買い続けておけば、相場が回復したときに株数が増えたぶんだけ戻りも大きくなることは明らかです。それで再び、年100万円ペースで入金を再開しました。
──2000年頃に資産1億円を達成されています。やはり、低迷期の買い増しが資産の上昇につながったのですか?
かんち:市場が長く低迷していたので、1990年代当時は割安な株がいっぱいありましたね。配当利回り4%でPBR0.3倍みたいな株がゴロゴロしていたのです。父親に「株価が解散価値(=PBR1倍)以下になることは少ない」と教えられていたので、「これは相当おかしい事態だぞ」と思いながらも、割安なバリュー株や優待株をたくさん買っていました。その結果、1995年以降、少しずつ相場が戻るなかで資産も上昇していったのです。
この経験は、いまのインデックス投資にも通じると思います。「S&P500」も「オルカン」も、ずっと右肩上がりとは限りません。どこかで半年や1年程度、下げるタイミングは必ず訪れます。そのときに我慢して買い続ける人が、最終的には資産を伸ばす人なのだと思います。わたし自身に置き換えても、バブル崩壊後の低迷期にひたすら株数を積み上げていたことが、相場の回復で一気に花開いたわけですからね。
リーマン・ショックで全財産を投じた「確信」
──2008年から2009年にかけてのリーマン・ショックの際には、退職金まで含めて全資金を株式投資に回したと伺っています。
かんち:そうですね。リーマン・ショックの際、預貯金を全部おろして株式に突っ込み、翌年には消防署も辞めて、退職金もすべて株式に投資しました。急激な市場の低迷で、配当利回り、優待利回りともに異常に高くなっていたからです。
例えば、わたしの当時の記録を見ると、株価400円台になっていた外食株のコロワイドに20万円を投資し、年4万円の「お食事券」優待を受け取った、とあります。優待利回り20%ですから間違いなく異常値といえます。株式以外に、REITでも配当利回り30%近いものが転がっていました。そんなバーゲンセールの状態で、「買わないわけにはいかない!」と思っての行動でした。
もちろん、含み損はかなりのもので、3億円あった株式資産は半減しました。しかし、含み損は借金でもなんでもありません。相場が回復すれば、含み損が出ている既存株も、このタイミングの追加投資も大きな資産になって帰ってきます。また、思ったより株価の低迷が長引いたとしても、配当金と優待の利回りで生活できる計算も立っていました。そうした考えで、手持ちの現金をすべて投じて勝負したのです。
──結果として、このときに買った株式も含めて2012年以降のアベノミクスによって資産は上昇し続け、2017年には資産4億円、年間配当額1,000万円に到達されています。しかし、退職金まで全額投入するというのは、なかなかできない決断ですよね。
かんち:バブルの崩壊を経験していたからできたことだと思います。あのときも5年ほどひたすら株価は下げ続けて、それでもいずれ回復しました。その経験があったからこそ、リーマン・ショックだって一時的なものだと信じることができたのでしょう。もし、リーマン・ショックが最初の試練だったら……狼狽売りしていたようにも思います。投資において、実体験はなによりの宝ですね。
15年に及ぶFIRE生活を楽しむコツ
──消防署を退職後、49歳でFIRE(Financial Independence, Retire Earlyの頭文字を取った造語で、主に経済的自立と早期リタイアを意味する言葉)されたそうですね。現在まで約15年に及ぶ、FIRE生活について教えてください。
かんち:財政面では、2010年代にアベノミクスで順調に資産が伸び、しばらくは資産4億円から5億円前後でしたが、2020年頃からインフレ局面に入り、国内市場が急激に上昇しました。
2024年に書籍『ほったらかしで年間2000万円入ってくる 超★高配当株 投資入門 「自分年金」を増やす最強の5ステップ』(ダイヤモンド社)を刊行した頃は、資産は8億円、年間配当額はタイトルの通り2,000万円でしたが、2026年2月現在は資産10億円、配当額3,000万円に達しています。株価の成長もさることながら、配当額もここ数年で高配当株に入れ替えて増やしたわけではなく、企業が順調に増配してくれた結果です。
一方、毎日の生活については、朝1時間だけ相場を見て、10時からジムに行って15時ぐらいに帰ってくるのがルーティンです。テニス・山登り・釣り・バイクと趣味はたくさんあるし、地域の自治会の仕事もある。むしろ、退職してからのほうが忙しいくらいですね。
FIREしてからの最初の半年くらいは、東京に2週間ほど泊まり込んで、株主総会にいくつも顔を出してお土産もらいつつ遊びまわっていましたが……(笑)、同じことを続けていると楽しさも薄れてきますし、遊ぶだけでは体にもよくありません。
FIRE生活で大事なことは、やはり規則正しい生活をすることです。体力やコンディションが悪いと時間も自由に使えないし、結局はお金も使えません。週5日でテニスや筋トレをして、土日だけどこかに遊びに行くというリズムが一番いいパターンだと気づきました。
──人間関係や社会参加における充実具合はいかがですか?
かんち:わたしがFIREを始めた頃は、まわりにそういう人は全然おらず、近所でも「お金がある無職のおじさん」という認識だったと思います。それでも、地域社会の責務を果たしていれば問題はありません。むしろ近頃では、FIRE生活者を取り巻く人間関係はよくなってきたと思います。というのは、ここ5年くらい市場環境がいいことから、FIRE仲間がどんどん増えてきているのです。
個人投資家のつながりというのは、主体的にコミュニティに参加しようと思えばたくさんあるんですよ。そのつながりのなかで、FIRE仲間が増えているということです。いまは平日でも遊ぶ相手に困らず、暇があれば一緒に海外旅行に行くこともあります。
──最後になりますが、今後の日本の株式市場について、どのような見通しを立てていますか?
かんち:国内市場でいえば、いまの市場環境はまだ完全に青信号(成長段階)ですね。実質金利がプラスマイナスゼロになるとき、黄色信号に変わると見ています。いまの物価上昇率が2.5%くらいで、政策金利が0.75%ですから、0.75-2.5で実質金利はマイナス1.75です。日銀が年に1回0.25%ずつ利上げするペースだとすると、実質金利がゼロになるまでに、まだ6年か7年くらいある計算になります。
赤信号になるのは、日経平均株価が暴騰するだけでなく、都心のマンションが5億円になるような資産バブルが明らかになる頃です。そうなったら、日銀は強い金融引き締めに向かわざるを得ず、年に2回も3回も利上げするような状況でしょう。そうなったら、もうアクセルを踏んではいけません。暴落への備えが必要です。
逆をいえば、そこまでは基本的に国内市場は上り調子ではないでしょうか。あくまで国際情勢などの影響を除外した市場理論ですが、大枠ではそう考えています。インフレ経済では、お金の価値はどんどん下がりますから、それまでは売ることは考えずに株を買い、保有していればいいと思います。
直近の株高でわたしの資産は10億円超になっていますが、FIREを始めるまでの投資元本は、リーマン・ショック時につぎ込んだ退職金を含めても5,000万円ほどです。細かく売買を繰り返さなくても、市場の成長と暴落、回復に乗るだけで、これだけの資産になります。時勢を見極めて、みなさんもいい投資ライフを送ってください。
かんち
1961年三重県生まれ、三重県在住。元消防士の資産約10億円・年間配当金3,000万円超(2026年2月時点)の専業投資家。49歳のときに株式投資で資産2億円になったことからFIRE生活を開始。生活費のすべてを株の配当金・株主優待でまかなう生活を送っている。投資歴40年以上で保有銘柄は約600銘柄。投資初心者でもわかりやすく、判断基準が明確で再現性の高い投資手法は、個人投資家の間で定評がある。著書に『ほったらかしで年間2000万円入ってくる 超★高配当株 投資入門 「自分年金」を増やす最強の5ステップ』(ダイヤモンド社)がある。
左イラスト:鈴木勇介
