金価格上昇の理由。世界経済の構造変化から今後の相場を見通す
1グラムあたりの金の価格は2000年の1,000円台から、2024年には一時1万5,000円台にまで急激に上昇した。歴史的な高値更新の背景には、新興国による積極的な買い入れや基軸通貨ドルの信用低下など、世界経済の構造的な変化が存在する。エモリファンドマネジメント株式会社代表取締役の江守 哲氏に、金価格上昇の要因と今後の展望を聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
金相場上昇の背景にある新興国の思惑
——金の価格は2000年代以降、急激な上昇を続けています。この上昇の背後にある構造的な変化について、どのように分析していますか?
江守 哲:金相場の上昇は複合要因によるものですが、その最たる要因は新興国の中央銀行による継続的な買い入れです。2000年代以降、金相場は急激に上昇していますが、同時期に台頭してきた中国、インド、ロシア、カザフスタン、トルコといった新興国が金の主要な買い手となっています。
米ドルは基軸通貨であり、各国が外貨準備としてもっとも高い割合で保有してきたのですが、ロシアが経済制裁を受けて米ドル建ての取引を制限されたように、インドを除くこれらの国々はアメリカとの関係が悪く、米ドル資産を保有することのリスクを強く認識しているのです。そのため、外貨の代替として金を積極的に買い増しています。
2010年には、世界の中央銀行全体における金の売買のバランスは初めて買い越しに転じ、以降、現在まで売り越しに戻っていません。金は採掘量、つまり流通量が厳しく制限されています。一方、中央銀行は購入した金を短期で売却することはまずあり得ませんから、市場に出回る金の多くを中央銀行に吸い上げられているような状況が続いていると見ることができます。
——新興国のなかでもインドは目覚ましい経済成長を遂げていますが、その影響はどうでしょう?
江守 哲:2000年代は新興国のなかでも中国が主体となって金を買っていましたが、価格の上昇に伴いその勢いは落ちています。代わって、いま主力となっているのがインドです。インドは中央銀行による購入に加え、一般市民の金への信頼と需要が極めて高い点が特徴的です。インドの民族衣装やお金持ちに対して、金や宝石をあしらったキラキラしたイメージがありませんか? 実際に金価格が史上最高値を更新するなかでも、インドの宝飾品需要は他国が軒並みマイナスになるなかで、唯一プラスを維持しており、まさにインドの経済成長と高い金の需要を示しています。
インドは人口増加が著しく、今後ますますの経済成長が確実視されていますから、今後も金相場上昇の大きなファクターとなるでしょう。
——新興国の中央銀行による買い増しの他に、主要な金相場上昇のファクターはありますか?
江守 哲:金市場の構造変化として、2004年に初めて金のETF(SPDR Gold Shares)が登場して以来、金ETF銘柄が増加しました。金は従来、リスクヘッジのための安全資産として認識されてきましたから、現物の売買額に比べれば小さいとはいえ、新たな投資家が金取引に参入できるようになった影響はあるでしょう。
より大きな流れとしては、米ドルの長年にわたる高い通貨供給量にともなう、基軸通貨への信用低下もあります。とりわけ2020年のコロナ禍では、アメリカは量的緩和政策(中央銀行が市場に資金を大量に供給することで景気や物価を下支えする金融政策)のために急激に通貨供給量を増やしています。
当然、懸念されるのはインフレであり、実際に、その後のアメリカ経済は高いインフレ率に悩まされています。そのリスクヘッジの観点からも、金の需要が増したと考えられますね。

揺らぐ米ドルの信頼とBRICSの台頭
——基軸通貨である米ドルの信用低下と新興国の経済成長は、今後の金相場にも影響を与えるかと思います。江守さんは、どのような変化を予測していますか?
江守 哲:まずは、基軸通貨としてのドルが大きな転換点を迎えていることです。歴史的に見て、基軸通貨の寿命はだいたい100年から120年なのです。15世紀以降、ポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、イギリスが覇権と基軸通貨を握り、20世紀にアメリカが覇権国となって以来、米ドルの基軸通貨としての年齢は120年をすでに超えています。米ドルはいつ崩壊してもおかしくない、時限爆弾を抱えた状態だと見ています。
具体的な事象では、先に述べた通貨供給量の増大による歪みの他、アメリカ自体が「世界の警察」としての役割を捨て、世界への影響力が低下していることです。そのため、BRICS(ブリックス:主要な新興国であるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字をとった名称)を中心とした新しい経済圏が形成される可能性も高まっています。
BRICSを中心とする経済圏を形成し、ユーロのようにBRICSの共通通貨をつくって貿易も行えば、アメリカと付き合う必要がなくなり、米ドルを保有する必要性もなくなっていきます。しかし、BRICS以外の国と付き合うには、通貨の価値を担保しなければなりません。その手段は、おそらく仮想通貨ではなく金の保有だろうと予測しています。現時点では推論に推論を重ねた予測ですが、こうしたストーリーが現実のものとなれば、金の相場はさらに高いステージへと跳ね上がるでしょう。
——それは、アメリカ経済の衰退が前提となっているのでしょうか?
江守 哲:著名投資家であり、世界最大規模のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオ氏の「ビッグサイクル論」というものがあります。これは歴史上の覇権を握った帝国は、類似した栄枯盛衰のサイクルを辿ることを示した理論です。
覇権を握った国家は自国を頂点とする平和な新世界で発展を遂げますが、やがて貧富の差は広がり、債務は膨れ上がりながら発展のピークを迎えます。ここから没落に向かい、バブル崩壊と経済低迷の危機に至ります。その打開策として、貨幣の発行量を増やし信用創造に走るのです。
そういったサイクルを、すでにアメリカは踏んできています。次に起こることは、これまでの歴史を辿れば……覇権国の没落に至る革命か戦争であり、やがて新たな覇権国による新たなサイクルへと至る世界の再構築が起こるというわけです。
この「ビッグサイクル論」も突飛な考え方に感じるかもしれませんが、実際に歴史が繰り返してきたことであり、現代だって例外だとはいい切れません。現にアメリカ経済の流れも、新興勢力としてのBRICSの台頭も辻褄が合っています。
たとえこの論を脇に置いても、わたしは遅くても2030年にはアメリカ経済の成長は目に見えて鈍化すると考えています。さらに、インド経済がピークを迎える2040年までのあいだに、世界は大きな変化を迎える可能性があるでしょう。戦争は避けてほしいものですが、覇権国が移り変わるためのなんらかの契機があり、その可能性のひとつがBRICS経済圏なのです。
ただし、イギリスが覇権国から降りたのちもトップクラスの経済大国であるように、アメリカも一国による覇権を失うだけで、超大国であり続けることは変わらないでしょう。ですから、米ドルが無価値になるとか、米国株がいきなり大暴落するという話ではないことはご留意ください。

金の保有割合はもっと高くていい
——2024年の金相場は、一時1グラムあたり1万5,000円台に達しました。今後も金相場は上昇する見通しかと思いますが、具体的にどの程度の上昇が見込まれますか?
江守 哲:結論からいうと、金価格は現時点から5倍に成長してもおかしくないでしょう。それが「いつまでに」といわれると難しいのですが、長期的な展望として1グラムあたり5万円以上ですね。あるいは10倍に伸びていくポテンシャルさえあると考えています。
ここまで述べたように、米ドルの通貨価値に対する不信感は高まっていますし、現実として2000年以降、金を基準とした世界の通貨価値はドルに限らず軒並み低下しています。さらに、ウクライナ戦争、中東情勢と地政学リスクが次々に顕在化し、台湾情勢も予断を許さないなど、今後も不安定な状態が続いていますよね。そうしたなかで、投資家の金への需要は今後も高まっていきますし、先のBRICSに限らず世界の中央銀行の金の保有率も高まっていくでしょう。
また、近年の金相場の急激な成長実績と今後の期待を踏まえれば、金は安全資産としての保有ではなく、キャピタルゲインを狙える投資商品と見なされる向きもあります。米国株の成長が鈍化してくれば、金に投資が集中する可能性もありますから、その意味でも需要は増していきます。要するに、供給量に比していっそう需要が高まり、金価格は上昇するというわけです。
さらに視点を変えると、近年の原油価格や物価の上昇により、金の採掘コストも大幅に増加しています。そのため、金相場が下がれば採算が合わず採掘量を絞るでしょうから、相場が下がるとは考えにくいわけです。
——そうした予測を踏まえると、ポートフォリオにおける金の割合を高めたほうがよさそうですね。
江守 哲:一般的にポートフォリオにおける金の保有比率は10%程度がいいとされていますが、わたしにいわせれば、それでは少ないですね。「極端だ」と驚く人もいるかもしれませんが、わたしは35%近くまで高めてもいいとさえ思っています。その理由は、金の成長性もさることながら、債券の価値が下がるからです。
債券を保有する理由は、リスクヘッジとして資産の増減のブレを抑えることと、多少の分配金が入ることにあります。しかし、今後は政策金利が上がっていくので、保有していても価値が下がりますから、それなら資産の安定化には金の保有比率を高めたほうがいいのです。
——最後に、金の買い方についてアドバイスをお願いします。
江守 哲:まず、為替リスクを気にする人が多いのですが、日本人はドル建てでも円建てでも、結局は為替交換から逃げられません。これは米ドルで生活していない以上、どの国の人にも為替リスクはありますから、気にせず買いたいときに買うべきだと思います。
それでもリスクを抑えたいとすれば、時間軸での分散投資ではないでしょうか。例えば、ポートフォリオで金を20%保有すると決めたのなら、株を買うたびに購入額の20%分の金ETFを買うと決めてルーティンにすることです。さらに、先に述べた米国株の将来的なリスクを踏まえると、米国株、インド株、金の3本立てで投資するというのもいいかもしれません。
また、買う商品については、わたしのYouTubeチャンネル「エモリちゃんねる」でも「金鉱株でもいいですか?」という質問を受けたことがあります。金相場が上昇すれば金鉱株も上昇傾向になると思いますが、個別銘柄ですから株式市場の流れに取り込まれますし、先の採掘コストなどの影響も受けます。そのリスクを踏まえると、やはり金を買うべきです。
低コストであり、「新NISA」でも買えることを踏まえると金ETFでの保有がいいのですが、リスクヘッジを突き詰めて考えるとETFは上場廃止の可能性がないとはいえません。結局、ETFは仮想的な価値なので、可能であれば現物を買うことが理想です。まず取っ掛かりは金ETFで買い始め、ゆくゆくは現物も視野に入れることをおすすめします。

江守 哲(えもり てつ)
エモリファンドマネジメント株式会社代表取締役。1990年に慶應義塾大学を卒業後、住友商事に入社。ロンドン駐在後、Metallgesellschaft社(現JPモルガン)を経て、三井物産子会社に移籍し日本初の「コモディティ・ストラテジスト」として活躍。現在も株式・債券・為替・コモディティ市場で資金運用を行う現役トレーダーであり、投資家向けの投資情報の提供を行う。YouTubeチャンネル「エモリちゃんねる」を開始し、市場分析・投資判断・資産運用に不可欠な情報を配信。著書に『ロンドン金属取引所(LME)入門』(総合法令出版)、『米国株は3倍になる!』(ビジネス社)、『金を買え米国株バブル経済の終わりの始まり』(プレジデント社)、「初心者でも失敗しない『世界基準のお金の増やし方』 新NISA2.0 」(講談社)などがある。