踏み出せないヒトのための投資術 第17回 空売りでの成功は至難の業
空売りが難しい3つの理由
前回、信用取引について説明しましたが、そのうちの空売りについてどんな手法で行うかなど、実務的なお話しは、敢えてしませんでした。私が深く触れてこなかったのは、空売りで成功するのが極めて難しいからです。しかし、知りたい方もいらっしゃるかもしれませんので、今回は、ごく簡単に空売りについてお話ししたいと思います。
空売りとは、これから株価が下がりそうだと分析した銘柄の株式を証券会社から借りて市場で売り、その後、株価が下がったら買戻し、借りた株を返す、という一連の投資手法です。売値と買値の差額が利益になります。
私自身、ロング(買いによる投資)は儲ける自信がありますが、ショート(空売り)は実を言いますと、うまくいったことがほとんどありません。あくまで、個人の経験からの考えですが、その理由は大きく3点あると思っています。第1は、日本人の気質です。欧米の投資家はそうでないようですが、日本人は、生真面目さからか、株式投資というとどうしても株価が上がった時の値上がり益で儲けるモノと考えがちです。値下がりで儲けるという思考がいまひとつ、ピンとこないのではないかと考えています。
第2は、空売りのできる銘柄が限定されているということです。株式には、貸借銘柄と信用銘柄があります。貸借銘柄は信用買いも空売りもできる銘柄、信用銘柄は信用買いしかできない銘柄です。信用銘柄は管理銘柄や上場廃止予定銘柄といった特殊な場合を除いてすべての株式に適用されると考えてよいと思います。しかし、貸借銘柄は、流通している株式、株主数などが一定規模以上でないと指定を受けることができません。
日本取引所グループの資料によれば、2023年末でプライム市場に上場している企業の94.3%が貸借銘柄ですが、スタンダードでは38.9%、グロースに至っては24.1%しか指定されていません。つまり、空売りできる銘柄は、ほぼ、プライム市場の上場企業ということになってしまいます。
余談ですが、証券会社によっては、信用銘柄でも一部に関しては、空売りできるように株式の貸出をしているケースもあります。しかし、規模は極めて小さく、一般の投資家が手を出せるような仕組みにはなっていません。
なお、貸借銘柄かどうかを知るには、ご契約されている証券会社が提供する投資情報や、会社四季報の【株式】の項目に記載されていますので、簡単に確認できます。
第3は、そもそも空売り銘柄を探し出すこと自体が難しいという点です。
空売り対象銘柄の条件はズバリ、「ビジネスモデルが崩壊している」ことです。売れる商品やサービスがすでになく、キャッシュを得ることができない、事業を続けていくだけのキャッシュがないなど、“崩壊”の具体例はいろいろありますが、空売りで儲けるには、こういった“崩壊”の事実を他の投資家が気付く前に把握しなければなりません。これは、新聞や雑誌のスクープ記事と同じくらいに難しいことです。
例えば、私は、投資を決める際の最も重要な材料として、発行体企業のトップに面談することを挙げました。しかし、『ウチは、売る物がなくて、もうじき倒産する』などど、受け答えするトップなどいるわけがありません。わずか1時間かそこらのインタビューでトップがひた隠しにしている重要な事実を探り出すことなど、至難の業です。
空売り専門のアナリストもいるけれど・・・
結局、空売り銘柄を探し出すのは、マスコミの調査報道と言われているものと同じで、周辺を含めて地道に調査、研究し、対象銘柄を絞り込んでいくしかありません。しかし、苦労の結果、“スクープ”できたとしても、“誤報”という可能性もあります。私は『空売り専門』を名乗るアナリストに数名、会ったことがありますが、『本当にすごい』と思えるヒトはなかなかいませんでした。
ただ、米国には、空売りを得意とするヘッジファンドもあるそうです。企業のスキャンダルを独自に探り出し、ネットで公表することで空売りを仕掛けるそうです。まるで週刊文春のような取材・調査力だと思いますが、日本では、こんな芸当ができる投資ファンドは見当たりません。
結局、私としては、リーマンショックの時のような株式相場全体の下落が見込めるような状況になった場合に、いちはやく、より大きな影響を受けそうな銘柄を探し出すという方法以外に空売りで成功するのは難しいと思っています。
萬 太郎
IRコンサルタント。上場企業に「ファンダメンタルズ」と「株式の流動性」から企業価値向上のコンサルティングを実施。
大学卒業後、全国紙の経済記者、総合月刊誌の経済担当編集者等で活躍後、経営コンサルティング、証券アナリスト、ファンドマネージャーなどを歴任。近年は、国内上場企業の経営企画職にも従事。
現在は、投資する側とされる側の両方の視点を併せ持つIRコンサルタントとして活躍。