踏み出せないヒトのための投資術 第12回 売りのタイミング
「長く保有していれば成功する」は本当!?
いよいよ、売却のタイミングを説明します。「いよいよ」とわざわざ申し上げましたのは、何度か繰り返しましたが、売り時の判断こそ、投資家としての力量と胆力が試されるからです。どんなに利益が出ていても、損失が出ていても、売却しなければ、それは絵に描いた餅です。損益を確定してはじめて“実現”します。それだけにどんな投資家でも、売りのタイミングに悩まざるを得ません。
まず、最近のマスコミなどでよく言われている『長期に保有すれば成功する』という初心者向けの“指南”について説明します。確かに「株価が下がったら慌てて売り、上がったら乗り遅れまいと買う」というのは、最もやってはいけない失策です。しかし、漫然と保有し続けていれば損はしない、ということでも決してありません。
かなり乱暴かもしれませんが、このコラムの性格上、個別銘柄は取り上げられませんので、日経平均を例にします。仮にバブル絶頂のときに日経平均株価に連動するような金融商品を1989年12月29日の終値38,957円で購入したとします。その後の日経平均の値動きがどうなったかは申し上げる必要もないと思います。それからおよそ35年間、買い値を一度も上回ることなく、2008年には、リーマンショックが原因で6,994円まで下落しています。35年間、投資したおカネが元本割れの状態だったのです。
これがなんとかわずかでもプラスになるには、2024年を待たなければなりません。しかし、7月11日に42,426円の史上最高値を記録した際に売却したとしても、わずか3,469円の儲けになるだけです。35年も我慢して利益はたったの3,500円です。
「個別の企業を見れば、収益は増加していくケースもある」という反論があるかもしれません。確かに、普通の経済循環のなかでは、一時期、景気の悪化で企業業績が振るわず、株価を下げることもある一方で、せいぜい1~2年も待てば、また、業績が回復して株価が上がる、と考えることもできなくもありません。しかし、上記のようなリーマンショックといった世界的な大事件が起こった場合、回復には相当の時間が必要です。そして、そんな大事件は事前に予測ができないものです。しかも、そのような大事件は数百年に一度程度でしか起こらないというわけではありません。コロナで3年間も経済活動が制限されると、誰が予測できたでしょうか。「長期投資=必ず成功する」と安易に考えるのもリスクだと思います。
さらに、今、80歳の方に30年先を見据えた株式投資を薦めるのも現実的とはいえないでしょう。
ある程度の期間を見据えての保有は、損失を出すリスクを低くはしてくれるかもしれませんが、オールマイティでは決してありません。投資家としては、ご自身の人生設計に合わせて、独自に保有期間を決めたうえで、いつ、どんな大事件が起こるとも限りませんので、これも以前触れましたが、どんなに忙しくても毎日、保有銘柄の値動きをチェックし、大事件が起こった場合には、素早く投資判断することを忘れてはいけません。
売り時の見極め方
では、本当に基本だけにはなりますが、具体的な売り時の見極め方について説明します。
第一は、保有銘柄のチャートをチェックすることです。過去半年程度にどのくらいの勢いで上がったか、あるいは、下がったか、を目安とします。右肩上がりがずっと続いていたら、そろそろ注意が必要です。株は、上がり下がりを繰り返しながら、ゆっくりと上がっていくのが普通です。そうでない場合には、近いうちに調整がある可能が高いと思われます。反対に半年間、右肩下がりを続けている場合にも、同じように売却を検討されたほうがよいでしょう。株価が下がる理由は主に業績の悪化によりますが、内容をしっかりと見極めたうえで、涙をこらえて“損切”をするのが賢明です。
チャートは、一目で今までの株価の変動が分かるので、判断しやすいですが、PERやPBRの変化を見て判断するのも有効でしょう。買う時の判断基準のひとつとして触れたPERやPBRの基準をもとにそれを大きく上回った場合には売却を検討する節目になるケースがあります。
チャートや、PER、PBRで投資判断する場合、足元の経済情勢をしっかりと把握しておくことが必要です。特にずっと右肩上がりが続いている銘柄の場合は、その企業の“実力”だけではなく、他の要因で株価が上がっている可能性が高いです。日本ばかりでなく、世界の経済、政治、社会の動きがどうなっているのかを把握して、それらと株価の関連を見極めることが大切です。そのためにも、以前、申し上げましたように毎日、新聞を2紙読んで日頃から世界の動きを知っておくことが必要になります。
会社全体を揺るがすような不祥事は売却のタイミング
不祥事などの悪い情報が発表されたときも、売却のタイミングになります。不祥事が起こった場合、内容にもよりますが、会社全体を揺るがすような大きな出来事の場合、速やかに売却しましょう。トップの不祥事も同様です。内容を見極めたうえで、速やかに売却するかどうかの判断をします。
業績の悪化や減配も売却理由にはなりますが、これらは一過性の問題なのか、尾を引きそうな問題なのか、で判断しましょう。足元の業績が悪化したからといって、すぐに慌てて売却するのは拙速です。
株主優待の廃止は買い時になるケースも
株主優待の廃止も、株価下落の要因になります。ただし、優待を廃止した分、配当を手厚くしたり、自社株買いを強化したりというのが、一般的です。この場合は、むしろ、株価の下げをチャンスと見て、買い増しを検討すべきケースです。優待で喜ぶのは、日本の個人投資家だけです。国内の機関投資家、海外投資家は、優待を出すくらいなら、増配してほしい、と思っています。優待廃止は、これら大口で長期投資を行う投資家にとっては歓迎すべきことだからです。
念を押しますが、「長期に保有すれば、必ず成功する」ということはありません。また、株式投資は、パソコンをワンクリックするだけでおカネが儲かるという安易なものでもありません。銘柄発掘から売却まで、やるべきことは市場がお休みの日を除いて常に多くあります。やはり、おカネを儲けるには、どのような場合でも、汗をかく必要があります。
まとめ
以上、株式投資の実践に関して、非常に簡単ではありますが、説明してきました。ただ、このコラムをお読みになって、すぐに株式投資がうまくいくとは限りません。例えで分かりやすく申しますと、このコラムは、“自転車の乗り方”を文章でごく簡単に説明したにすぎません。実際に自転車に乗れるようになるには、繰り返し練習して体で覚えるしかありません。
ここに書いたことは、あくまで、非常に基本的なノウハウをお話ししたに過ぎません。実際の株式投資の経験を積み上げるなかで、活きたノウハウを養っていく必要があります。
萬 太郎
IRコンサルタント。上場企業に「ファンダメンタルズ」と「株式の流動性」から企業価値向上のコンサルティングを実施。
大学卒業後、全国紙の経済記者、総合月刊誌の経済担当編集者等で活躍後、経営コンサルティング、証券アナリスト、ファンドマネージャーなどを歴任。近年は、国内上場企業の経営企画職にも従事。
現在は、投資する側とされる側の両方の視点を併せ持つIRコンサルタントとして活躍。