「教育格差」を解消する オンライン双方向授業
「地域間格差」が問題視される日本。実は教育の現場でも過疎地域に居住する子ども達は、都市部の子ども達に比べ、学校以外での「学びの場」が、圧倒的に少ないという問題が存在している。このような中で、地方自治体や私塾と協働し、現役東大生講師による質の高い授業を、ITを活用した「オンライン双方向授業」で展開し、新たな「学びの場」の創造に注力。可能性ある子ども達への教育を通し地域間格差解消を図るパイオニアとしてのあゆみを追った―。
取材・文/山本芳章(編集部)
写真/和田佳久
写真提供/(株)フィオレ・コネクション

株式会社フィオレ・コネクション
代表取締役社長
松川 來仁さん
【Profile】1980年 沖縄県浦添市⽣まれ。
まつかわ・らいと。東京大学医学部健康科学科を卒業。東京大学大学院医学系研究科生物統計学科修了。グラクソ・スミスクライン株式会社を経て、2010年 「将来ある子どもたちの学ぶ『才能』を埋もれさせたくない」と株式会社フィオレ・コネクションを設立。2011年1月 業界初のオンライン双方向授業を立ち上げ、離島などの教育格差を解消し、ひとりひとりの子どもたちの持つ力を大きく育てる環境作りに取り組んでいる。
現役東大生による遠隔授業で
離島の教育格差を解消!
東京からはるか2000㎞、台湾からわずか100㎞余りという日本最西端の地、沖縄県の与那国島(よなぐにじま)──。およそ1700人が暮らす与那国町には、学校以外に「学びの場」はほとんどなく、本土と比べて教育環境に格差があり、子どもの学力面でも全国平均を大きく下回っていた。こうした問題を解決するため、与那国町では、東京大学の現役学生を講師に、インターネットを利用して授業を行う「町営学習塾」を2011年からスタートした。町の複合型施設に開設された教室では、小学4年生から中学生までの生徒が学んでいる。ウェブ会議システムを活用し、モニター画面を通したリアルタイムでのオンライン双方向授業──。講師による一方的な講義でなく、生徒との質疑応答も活発だ。しっかりとした、コミュニケーションを通じた授業は、生徒からの反応も好ましい。
このような「町営学習塾」の取り組みは、着実に学力向上へ結びついている。全国学力テストでは、与那国町の平均点が、全国平均を大きく上回る。過去、全国の中で下位に位置していた同地区が、上位へのランクインを果たしているのだ。
ではなぜ、このような取り組みが可能になったのか。そこには、教育環境の整っていない遠隔地へオンライン授業を提供する、フィオレ・コネクションの「遠隔教育事業」との協働がある。

妥協のない講師陣の育成と、
生徒との信頼関係の構築
今までにない形の「学びの場」。その原点はどこにあるのだろうか。沖縄県出身でフィオレ・コネクション代表の松川氏は、進学で上京した際に、「東京と地方の教育環境に、大きなギャップを感じた」と当時を振り返る。
「地方にもできる生徒はいます。ただ、教育環境が整っていない地域が多いのです。そのため、大学に行くという選択肢がなくなってしまう生徒がいます」
こうした地方の状況、特に地元である沖縄の学習環境の低さに対する問題意識や、また母親が塾経営をしていたことも影響し、松川氏は2010年にフィオレ・コネクションを立ち上げた。現在は、東京大学に近い駒場東大前と本郷、そして地元沖縄県の3ヵ所に指導センターを置いている。その教室運営には、同社ならではのこだわりと工夫がみられる。
まず、授業のキーマンとなる講師陣には、基礎学力の高い現役東大生のみを採用している点があげられる。採用の割合は、5人に1人と狭き門になっている。これは、遠隔授業に適した人材を厳選しているためだ。
「頭が良いのと、伝えられるというのは別のことです。選考基準では第一に愛嬌、そしてコミュニケーション能力、柔軟性を重視しています。どんなに良い授業をしても、画面越しでは生徒が授業を聞いてくれないということがあります。そこで、生徒との心の距離を縮められ、生徒に身近な存在として感じてもらえる、愛嬌のある講師を特に重視しています」
また、東大生を講師にすることは、過疎地の生徒ならではの副次的なメリットも期待できるという。
「成績の良いある離島の生徒が、自分の進路は専門学校と決めつけていました。これは、周りに大学に進学した大人がおらず、大学に行くという選択肢自体を持っていなかったためです。しかし、東大生が講師をすることで、日本を代表する大学の学生を身近に感じてもらうことができ、大学進学という選択肢もあるという、気づきにつなげられました」
講師の質という面では採用時だけでなく、採用後の研修にも力をいれているという。講師が授業を担当するまでには、50以上に及ぶチェック項目をクリアしなければならない。先輩講師の授業についてのレポート提出から、5回程度のデモ授業の実施まで、約2ヵ月間の研修を経て、授業を行うことができる。新人講師は先輩講師と師弟関係にあり、先輩・後輩の良い緊張関係が講義の質を高めている。その他にも、3ヵ月に1回のペースで講師同士のグループ研修が行われ、より良い教室作りが行われている。
また、生徒との信頼関係作りでは、「ITを使用したオンライン授業は手段であり、授業自体はアナログを基本としています」と松川氏が語るように、生徒とのコミュニケーションに重点を置いている。モニター越しではあるが、実際に対面しているのと変わらない授業運営に加え、小さなテストでも採点時には毎回コメントを添えるといった細かなフォローも。また一年に一度、講師が生徒たちの地元へ赴き、講義を行ったり、一緒に遊んだりと交流を深めることで、生徒たちとの信頼関係を構築するイベントも実施している。
オンライン双方向授業の
パイオニアとしての道のり
現在、このようにフィオレ・コネクションが展開するオンライン双方向授業は、与那国町から始まり、沖縄の渡嘉敷村、座間味村、竹富町、北大東村、金武町並里区、徳島県の上勝町、神山町のほか、島根県の自治体へも拡がっている。その生徒数も小学生から高校生まで、200名近くに達している。
しかし、パイオニアとしてのこれまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
「オンライン双方向授業という前例がない中での営業活動は、授業に対する具体的なイメージを担当者へ上手く伝えることができず、かなり苦労しました」
当初はそれまでに実績のなかった取り組みに対し、その効果への疑問などから、色よい返事はほとんどなかったという。そのような中でチャンスが到来する。与那国町の担当者がスカイプを使用し海外の孫と通信していたことから、授業への理解を得られ、導入第一号につながったのだ。そして、与那国町での確かな実績は、口コミで他の自治体へ伝わり、信頼の輪が拡がっていった。現在では自治体に留まらず、地方の学習塾とも連携し「学びの場」の提供に注力している。
「地方でも中学生までの塾はかなりあります。ただ高校生を対象にした塾では、各教科の難易度が高まるため、教える側の先生がいない状況です。そこで塾のスペースをお借りして、高校生向けのオンライン双方向授業を実施します。地方の塾と提携し、高校生向けの講座を開くことで、大学進学につなげています」
笑顔のつながり
「学びの場」は国境を越える
遠隔教育事業を拡大しているフィオレ・コネクション。
「社名のフィオレ・コネクションはイタリア語を語源にネーミングしており、笑顔をつなげていきたいという思いを込めています」
その笑顔をつなぐための新たな試みが始まっている。
一つは、竹富町を含む沖縄の三つの離島の教室をオンラインでつなぎ、リアルタイムで一緒に授業を行うというものだ。ある島の生徒が質問した内容を、他の島の生徒も共有できるというメリットがある。授業環境向上のためのネットワークインフラ整備も進められており、今後に期待がされる。
また新たな試みは、日本を越えて海外にも目を向けられている。現在バンコクと上海の日本人学校には2000人を超える生徒が通っている。既に松川氏は上海への現地視察を実施している。
「日本人学校に通う生徒向けの塾が、全くないわけではありませんが、講師の質はあまりよくない状況です。特に受験を控えている生徒が、夏休みに日本に一時帰国して、予備校に通うケースもあるということです。このような、不安を感じている一人でも多くの生徒に対して、オンライン双方向授業によるサポートをしていければと思います」