生物多様性
文/片桐 さつき
1年間に約4万種もの野生生物が絶滅しているのを皆様はご存知だろうか?
計算すると、約15分で1種が絶滅していることになる。かなりの速度で絶滅が進行していることがご理解いただけるだろう。地球には過去5回の大量絶滅時代があり、1回につき動植物や微生物の70~95%が絶滅しているとされており、今は第6の絶滅時代に近づいている、もしくは突入している、と言われている。過去の大量絶滅は、大規模な火山の噴火など環境の激変によって引き起こされたものだった。しかし、第6の絶滅時代の要因は「人間」だ。一度絶滅してしまった生物は、二度と元に戻せない。そして、大量絶滅が起きると、種の数を回復するために数百万年単位の時間を要するという。
これは単なる環境保全の話ではない。地球上には3,000万種以上の生物が存在しており、これが繋がりあってお互いに支え合うことで豊かな生態系を築いており、その生態系からの恩恵を人間が受けている。こうした自然からの恵みを人間が享受する仕組みを生態系サービスといい、水や食料、衣類に至るまで、我々人間は生態系からの恵みを惜しみなく享受しており、これらがなければ人類の繁栄は難しいとも言えるだろう。そして、この生態系サービスの基盤になるのが「生物多様性」である。生物多様性とは、動物、植物、菌類に至るまで多種多様な種が森林、里山、川辺、沿岸など、それぞれの土地の特色に適応しながら互いに繋がり、多種多様且つ豊かに存在していることを指す。今、この生物多様性が日本だけではなくグローバルで危機的状況にあるということだ。
昨年12月にカナダのモントリオールで開かれた国連生物多様性条約第15回締約国会議第二部(COP15)では、「2030年までに地球上の陸域、海洋・沿岸域、内陸水域の30%を保護する」という合意に至った。これを受けて環境省では次期生物多様性国家戦略(案)を作成、2030年にネイチャーポジティブ(自然再興)を実現することを目標としている。この中で「ネイチャーポジティブ経済の実現」を掲げ、行動目標として、「企業による生物多様性・自然資本への影響の定量的評価、現状分析、科学に基づく目標設定、情報開示を促すとともに、金融機関・投資家による投融資を推進する基盤を整備し、投融資の観点から生物多様性を保全・回復する活動を推進する」と記載している。ネイチャーポジティブを目指すには当然ながら民間の力が必要であるから、企業には気候変動に加えて生物多様性への対応も迫られることになる。加えて、情報開示の側面でも今夏には生物多様性に関するグローバルな情報開示フレームワークが正式に公表される見込みであり、生物多様性への対応は企業にとって急務となるだろう。
さて、これを投資家の皆様がどう投資判断に活用するか。機会とリスクの側面で生物多様性に対応している日本企業はまだわずかだが、当研究所の調査分析結果を見ると、決算日が2021年4月1日~2022年3月31日の上場企業の有価証券報告書を調査したところ、生物多様性などに関する記載は前年53社からほぼ倍増の102社となっている。徐々にではあるが、生物多様性への感度が高くなっているということだろう。投資家の皆様としては、まず企業が生物多様性への対応としてどんな活動をしているのかを幅広く知っておくと投資機会に繋がるかもしれない。環境省と経団連で「生物多様性ビジネス貢献プロジェクト」を立ち上げており、そのポータルサイトにおいて環境省と経団連が選出した企業の取り組みを紹介している。こうした情報を活用しながら生物多様性に関する感度を上げ、投資判断のスケールを増やしていただければ幸いである。
※この記事は2023年4月25日発行のジャパニーズ インベスター117号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱ディスクロージャー&IR総合研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。