長期ビジョン達成に向けた2024年度新中期経営計画を策定DHDモデルの「H」に更なる磨きを(株式会社いよぎんホールディングス 代表取締役社長 三好 賢治)
株式会社いよぎんホールディングス
証券コード 5830/東証プライム
代表取締役社長 三好 賢治

2024年は大きな転換点となる年
マイナス金利解除や日経平均株価の最高値更新、さらには物価上昇や円安進行といった要素が、2024年の日本経済を大きく変化させています。特にデフレ経済からの脱却への動きは、地域社会全体にとって重要な転換点となっています。物価上昇とベースアップの好循環を維持・拡大するためには、地域の賃金水準の引上げが重要なポイントになると考えています。
また、人手不足や少子高齢化といった社会問題は、地域経済に大きな影響を及ぼしており、今後は、人材確保が企業の成長に直結する重要な要素となります。企業は人をコストではなく重要な資本として捉え、積極的に投資する姿勢が求められています。2024年は、お客さまが強い企業として成長し、持続的な発展を遂げる転換点となる年です。
生産性の高い企業はベースアップ等の人的資本投資を強化することで、人材を確保できますが、全ての企業がその位置にいるわけではありません。当社グループは、そういった企業の生産性向上や新たな付加価値の創造をサポートし、お客さまの収益力向上に努め、人手不足という大きな壁に立ち向かっていくため、グループ一体となって全力を尽くしてまいります。
デジタル実装で変化し続けた9年間
まず、昨年度に終了した計画を含む、過去3回の中期経営計画(以下、中計)を振り返ると、2015年度中計」から「2021年度中計」までの3回の計画を遂行するなかで、私たち独自のビジネスモデルである「DHDモデル(」デジタルタッチポイント・ヒューマンコンサルティング・デジタルオペレーション)を深化・進化させ、徹底した業務プロセス改革に取り組み、さまざまなデジタルサービスを創出してきました。
2015年度中計でBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を生産性向上の重点戦略と位置づけ、お客さまへの価値提供に専念するため、営業店の事務量を減らし2018年3月に1,300人いた事務人員を半減させる計画を立て、その実現を目指しデジタル化と事務の本部集中でお客さまへの価値提供のスピードアップ、効率化など生産性向上に取り組んできました。
「DHD」の取組みは、「2018年度中計」からスタートしましたが、当時はまだ一般的ではなかった「DX」を先取りするものでした。デジタル化は先行投資が必要ですが、私たちは「日本一手続きの簡単な銀行」を目指すという目標を掲げ、様々な視点からBPRに取り組んできました。
「2021年度中計」からは、サービス面において、デジタルが苦手な高齢者等も利用しやすいアプリを開発するなど、「やさしいデジタル」を志向し、お客さまとのタッチポイントであるチャネルの強化に取り組んできました。
また、BPRを通じて業務量削減も実現しています。現在では伊予銀行の残業時間は、日本の金融機関の中で最も短い水準です。10年以上在籍している行員は、「こんなに銀行が変わった」と驚くほどの変化を経験しましたが、おそらくお客さまも同様に変化を感じているのではないでしょうか。
私たちは常に変化し続けなければならず、変化と挑戦を続けることが、持続可能でより高い収益確保につながると考えています。
持株会社に移行して2年も人財交流に課題
当社は2022年10月に持株会社体制に移行し、既に2年近くが経過しました。この期間、中堅職員の層において伊予銀行と他のグループ会社の間での人財交流を開始し、グループ全体でリソースの最適化を進めてきました。また、グループ内でのリレーション強化、お客さまが抱える課題の可視化、最適な商品・サービス提供体制の整備などを進めた結果、グループ内でのトスアップ件数は増加しており、合わせてガバナンスの強化も図ってきました。
さらに、2023年4月には取引先のDXをサポートするために新会社「いよぎんデジタルソリューションズ(IDS)」を設立し、お客さまの業務効率化や生産性向上を支援しています。設立以降、500件を超える地域企業からのご相談をいただいており、業務効率化や生産性向上のニーズや関心の高まりを感じています。
一方で、前述のように人財交流を進めていますが、まだまだ伊予銀行以外のグループ各社にはリソース不足があり、OJTや教育体制に課題が残っています。
今後も、グループ各社の機能再配置と人財交流を本格化させていく予定であり、グループ内の共通・重複業務を洗い出し、当社が一括して担うことで、グループ各社がより事業に専念できる体制の整備を検討しています。また、お客さまへの価値提供の面でも、グループ会社間で重複している部分や一気通貫で提供すべきサービスがあると認識しており、グループ各社の機能を再配置することで、お客さまにシームレスに価値を提供できるような体制を作りたいと考えています。
これらの取組みを通じて、グループ各社の自立と競争(共創)を促し、グループ一体営業によって生まれるシナジーを最大限に高めていくことを目指しています。
マテリアリティの一つ「インテグリティの追求」
当社は、今年「2024年度中期経営計画」(以下、新中計)を策定しました。新中計は、次なる10年を展望した長期ビジョン「新たな価値を創造・提供し続ける企業グループ」を実現するためのフェーズ1「基礎構築」の3年間と位置付けています。
新中計では、当社グループが地域とともにより一層発展・成長していくために、以下の5つのマテリアリティを特定しました。それらは、当社グループの企業理念に直結する「地域経済・産業の持続的な発展」と、外部環境の変化を捉えた「気候変動・環境負荷」「人口減少・少子高齢化」、そして内部環境に関わる「人的資本の拡充」「インテグリティの追求」です。
特に拘ったのは、これらのマテリアリティが個別のものではなく、相互に関係し合っているということです。図版で表現する際には、それらを「∞(無限)」マーク上に位置付けることで、常に関係性を持ちながら互いに影響し合うことを可視化しました。

また、私が重視したのは、「インテグリティの追求」です。インテグリティとは、「社会的倫理観に基づき、自律的に正しい行動をすること」です。新中計策定の過程で私が発信し続けたのは、「従来の延長線上では、成長どころか生き残ることすらできない」ということです。一人ひとりの自律的な考えと行動が、組織の活性化につながり、これが長期ビジョンと企業理念の実現に繋がっていくと考えています。
コンプライアンスで行動規範を規定するだけでなく、企業文化や社員の日常の行動・意識レベル、そして経営自体がステークホルダーに対して誠実であることが必要です。
人的資本経営を取り入れた人財ポートフォリオ
この新中計の鍵となるのは、「H(ヒューマン)」です。
戦略実行における主役は間違いなく「人」です。これまではデジタル実装を進めるために、「D(デジタル)」を強調してきましたが、「D」はあくまで手段であり、真の力は「H」にあります。そのため、新中計では、「H」をより重視し、DHDモデルを昇華させ、収益力を高めるため、「営業×人財」の構造改革を実行していきます。
「H」に焦点を当てる場合、どの事業にどれだけの人財を配置するかを明確にする必要があります。当社グループの競争優位は、「H」によるコンサルティングにあると考え、事業と人財の両方のポートフォリオを再構築する必要があると判断しました。これが新中計の大きな方向性です。
これまでも私たちは、「人財育成に過剰投資はない」という考えのもと、人財育成に取り組んできました。人財を資本と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上を実現するのが「人的資本経営」の考え方です。
人財ポートフォリオの再構築では、役職員のマインドセットの変革が重要です。より「自律的」な人財を育成するために、育成・開発体系の見直しやキャリア形成の支援、キャリアマネジメントの強化、組織内のコミュニケーション活性化、各分野での必要なスキルの定義、社内資格認定制度の導入などを進めていきます。同時に、前述した「インテグリティ」の重要性も増していると認識しています。
人財領域においても、「キャリアフィールド」や「専門職コース」の新設などにより、人事制度の基盤はある程度整ってきました。今後も、時代・環境の変化に対応しながら、人財育成のプログラムや教育体制を見直し、必要なスキルや知識を持つ人財の育成を進めてまいります。そして、その人財を最大限に活かすため、組織全体の意識改革や自律的な風土の醸成にもさらに力を入れていきます。
人財ポートフォリオの再構築や人的資本経営の推進により、今後も当社グループの競争力を高め、持続的な成長を実現していきます。インテグリティ溢れる自律型人財の育成が、長期ビジョン「新たな価値を創造・提供し続ける企業グループ」への成長に、これが企業理念「潤いと活力ある地域の明日を創る」の実現につながると信じ、地域やお客さまと一体となった成長・発展を追求し続けてまいります。
法人部門の「積極化」、個人部門の「効率化」
新中計では、営業部門において事業ポートフォリオを再構築し、「稼ぐ力」の向上を図ってまいります。営業部門のうち、法人関連事業においては既存ビジネスの深化・進化と新規事業への挑戦を加速させることを明確にしました。
法人関連部門では、社会課題の解決に、事業領域拡大の余地があると考えています。中小企業を対象にしたDX支援や事業承継など、多様なニーズへの対応そのものにビジネスチャンスが存在します。また、GX投資や地域へのアセット投入など、地域を支えるリスクテイクや資金提供のニーズが高まっていると考え、既存ビジネスの深化・進化や事業領域の拡大にも挑戦していきます。
当社グループの特長的な事業の一つに、今治圏域を中心にした海事産業を支えるシップファイナンスがあります。海事産業は、グローバル化の進展とともにその重要性が増していますが、私たちは、日々変化する海事産業の課題に適切に対応し、その成長・発展に貢献していきます。そして、海事産業の成長・発展が、当社グループ、ひいては地域経済の活性化につながると考え、地域やお客さまと一体となった成長・発展を実現してまいります。
船舶関連部門において、新中計では2つの取組方針を掲げています。まずは、「海運業界の事業環境変化に適切に対応し、お客さまの変化へのサポートを全力で行う」ことであり、気候変動への対応やDX、船舶管理の高度化など、海事産業が直面する課題に対して最適なサポートを提供し、お客さまの成長を後押ししていきます。
次に、「海事関連事業者の成長・発展に向けた最適な投資を全力でサポートする」ことです。今治、東京、シンガポールを中心とした、船主、造船所、舶用機器メーカー、海運オペレーター、商社など幅広い海事関連事業者との情報交換や連携強化に取り組み、海事産業への支援体制を強化していきます。海事産業がグローバルに変化するなか、お客さまのニーズも多様化・高度化していますが、当社グループの職員が大手商社の海事関連部門や海運オペレーターなどへ出向し、海運業界の最先端の知見を積み上げ、お客さまに最新の情報を常に提供し続けることで、成長をサポートしてまいります。
一方、個人関連部門においては、「D」と「H」が高度に融合したコンサルティング提供に向けて、営業体制と業務の変革を行い、効率化を進めていきます。お客さまが豊かになるための金融商品やコンサルティングの提供に重点を置き、新中計のKPIに「お客さま1人当たりの総資産残高指数」を掲げました。お客さまのライフステージに合わせたニーズに応えるため、住宅ローンや教育ローンなどの金融商品を適切に提供するだけでなく、「デジタル」「ハイブリッド」「リアル」を融合させた様々なチャネルでコンサルティングを提供し、収益性向上と業務効率改善をバランス良く実施し、コストとリターンを強く意識した事業運営を行っていきます。
また、新規事業については、中小企業向けのDX支援や脱炭素化支援など、社会課題を起点とした新規事業の創出と収益化を進めながら、10年後、20年後を見据えた当社グループの第2、第3の収益の柱を築いていきたいと考えています。
地域やお客さまが当社グループに求める「リスクマネーの供給」と「本業支援」は、地域金融機関として果たすべき使命です。お客さまの経営改善や事業再生を支援し、必要に応じたリスクマネー供給により、お客さまのキャッシュフローに厚みを持たせ、企業価値の向上を実現していきます。この使命を果たすだけでなく、地域やお客さまの課題を解決し続けることで共に歩み、リスクとリターンのバランスを重視した経営に全力を注いでまいります。
大洲市の地域創生をサポート
また、地域金融機関には、地域との共生や地域とともに成長・発展することも求められていますが、当社グループがサポートしている大洲市のまちづくりは、その象徴とも言える事例です。このプロジェクトは2018年に始まりましたが、2023年3月には、オランダの国際認証団体であるGreenDestinationsが選定する「Green Destinations Story Awards ITB Berlin」の文化・伝統保全部門において日本初となる世界一位を受賞しました。
大洲市では、長年にわたり空き家問題が顕在化しており、市から町家の活用に関する相談が寄せられていました。伊予銀行地域創生部の担当者が、偶然テレビ番組で取り上げられている兵庫県丹波篠山市の分散型ホテルプロジェクトを知り、様々なツテをたどって運営業者であるバリューマネジメント社との面談にこぎつけ、官民が連携してまちづくりに取り組むこととなりました。
2018年には観光地域づくり法人が設立され、伊予銀行から1名(現在は2名)が同法人に出向し、まちづくりをサポートしてきました。現在、プロジェクトの中心である古民家再生ホテルなど34棟の建物が改修され、カフェ、クラフトビール醸造所など24事業者が進出し、新しく生まれた雇用者数は134名に上ります。いよぎん地域経済研究センターの推計によれば、設備投資による経済波及効果は約17億円、売上や消費などを含めた経済波及効果は28億円以上となっています。また、大洲市の知名度という課題を解決するため、妄想レベルのアイデアから始まったのが「大洲城キャッスルステイ」です。多くの地域住民の方々の協力があってこそ成り立っている事業ですが、インバウンド増加にもつながっています。
このプロジェクトは、人口減少が進む愛媛県南予地域において多くの雇用を生み出し、観光客を含めた関係人口の増加にも大きく貢献している、当社グループが地域とともに成長を志す、象徴的な事例と考えています。

次期基幹系システムの構築は人財育成
当社グループでは、2028年の稼働を目標に「次期基幹系システムの構築」を進めています。多くの地方銀行が基幹系システムの共同運用や外部委託を行っている中、伊予銀行は自社運営を続けてきたため、多くのIT人財がグループ内に存在しており、これは当社グループの強みの一つと言えます。
一方、社会的なデジタル化進展や、銀行のビジネスモデル変革といった環境変化は、新しいシステム基盤の必要性を感じさせるものでありました。そこで、優れたIT人財を活かし、基幹系システムをより柔軟性に優れた最新のアーキテクチャに刷新することで、迅速な新サービスの提供を可能とし、DHDモデルを更に昇華させようと、次期基幹系システムの構築を決定しました。
このプロジェクトは金融機関に求められる変化へ適応していくために実施するものですが、プロジェクト推進・達成がデジタル人財育成の絶好の機会にもなると捉えています。
プロジェクトに携わる人財が将来的に本部各部に配属されることで、当社グループのDXはより深化します。さらに、システム部と本部各部の開発担当者の人財交流は、相互のニーズを踏まえたシステム開発につながります。このプロジェクトは、将来的な他社・他行差別化につながり、当社グループの強みに更に磨きをかけるものとして、グループ一体となって取り組んでいます。
透明性の高い情報開示で企業価値の理解を
現在、「資本コストや株価を意識した経営」が求められています。当社の企業価値向上に向けたアクションを振り返ると、シンガポール進出による新たな収益源の開拓や、DHDモデル構築に向けた大規模な投資によるDXやBPRの推進などは象徴的な取組みです。このような成長戦略を投資家にしっかりと説明していく必要があります。
特に成長戦略は、PER(株価収益率)の向上につながります。そのためには、資本コストの低減や期待成長率の向上に向けて、当社グループを収益力の高い体質に変えていくことが求められます。また、稼いだ利益を株主の皆さまに還元しつつ、次の成長投資へ向けた姿勢を示していくことも必要です。
企業価値向上には、地域の資金ニーズに応えることはもちろんですが、バランスシートの改善と人的資本の強化も欠かせません。人的資本の強化によって社員の価値提供力が向上し、役務収益が増強されることで、ROEを向上させていくことを目指していきます。
合わせて、透明性の高い情報開示の重要性も認識しており、新中計では、社会インパクトの指標として、「ステークホルダー対話回数」を毎年度100回以上とする目標を掲げています。ただ回数を重ねるだけではなく、深度のある対話を行うことが重要です。機関投資家や個人投資家向けのIR・スモールミーティング、株主とのSR、地域のお客さま向けの決算説明会など、多様な形でのコミュニケーションを密に行うことで、当社グループへの理解を深めていただくことを目指しています。
今後とも当社グループに、変わらぬご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

※本記事は、株式会社いよぎんホールディングス「統合報告2024」より転載しております。