株式会社INPEX 『長期ビジョンが描く展望と成長戦略を 独立した外部の視点でモニタリングしていきます』
市場の信認が求められるエネルギー会社の成長戦略
森本 東京証券取引所が上場企業に「資本コストや株価を意識した経営の実現」を求める中、INPEXは2023年8月に「企業価値の持続的向上に向けて」を公表し、対応を進めてきました。PBRの改善という目標に向かって上田社長を先頭にしっかり取り組まれていると評価します。カーボンニュートラルも含めた明確な方針は、好感をもって市場に受け入れられたのではないでしょうか。
西村 エネルギーの供給という社会的責務を負うINPEXにとって、成長戦略が市場の信認を得ることは極めて重要です。相応の業績を上げながら、市場の評価が十分ではない理由を分析し、「資本効率の向上」「市場の信認を得る具体的な取り組み」「株主還元と投資家との対話の強化」という三つの柱にまとめ、一体的に進める対応を打ち出したことは、大きな一歩と言えますし、各取り組みも今、着実に行われている状況です。
柳井 株主還元に関しては、自己株式取得の発表が好感触を得ています。これは資本効率の向上にも寄与しますし、市場の信認という点でも、地政学上の不安定化を背景にエネルギーの安定供給が危ぶまれる中、イクシスLNGプロジェクトの役割があらためて注目されるなど、三つの柱については、今のところ良い流れにあると思います。そしてイクシスからアバディへ、環境負荷の低いLNGの大型プロジェクトを展開しつつ、ネットゼロ5分野の実現可能性を見極め、未来への布⽯を着実に打っていることは、ESGの観点からも高い評価を得ているのではないかと思います。
森本 投資家との対話の強化を企図した説明会「Investor Day」においても、アナリストの方々からは、ESGやネットゼロ5分野についての質問も多く、関心の拡がりを感じました。INPEXは今後、アバディLNGプロジェクトへの大型かつ長期的な投資を計画しています。CCSによるクリーンエネルギー化などネットゼロ5分野とLNG事業をシナジーさせ、リスクの最小化を図りながら、エネルギーの円滑なトランジションに向けて投資を進めるスタンスを引き続き市場に伝える努力が求められるでしょう。
西村 INPEXの事業は、高度に専門的で、その操業現場も遠くてわかりにくい面がありますが「Investor Day」では、プロジェクトの現場担当者・責任者から進捗状況や課題を率直に伝える説明が行われ、非常に有意義かつ効果的な発信だったと感じました。わくわくするような未来へチャレンジするエネルギー会社として、市場の大きな信認を得てほしいですね。
脱炭素・気候変動対応を踏まえた長期ビジョンの方向性
森本 2023年5月に「GX推進法」が成立し、2050年のネットゼロ実現に向け、10年間で官民合せて150兆円以上の脱炭素投資を進める政策が始まりました。「INPEX Vision @2022」を通じて目指す方向性は、この流れに合致しています。特に、LNGプロジェクトによるトランジショナルエネルギーの供給と、ネットゼロ5分野の取り組みの統合的な推進は、日本におけるネットゼロカーボン社会実現に大きく貢献するものになっていると思います。
西村 脱炭素化・気候変動への対応は、極めて長期にわたり具体的な成果が求められる課題であり、その重要性はますます高まっていきます。エネルギー会社にとっては、化⽯燃料が座礁資産化のリスクを抱える一方、クリーンで多様なエネルギーの供給を実現できれば、拡大の一途を辿っていくエネルギー需要を受け、大きな成長機会を獲得するはずです。
INPEXは、これらのリスクと機会を認識し、 2015年に定めた気候変動の対応方針の改定を重ね、エネルギーの上流分野とネットゼロ5分野の両輪を打ち出す形で、長期ビジョンの基本方針を明確化しました。今後、上流分野における事業を継続していくためには、エネルギーのクリーン化が必須であり、森本さんがおっしゃったネットゼロ5分野とのシナジーが鍵となるでしょう。また、ネットゼロ5分野での機会獲得については、ビジネスパートナーとの連携やサプライチェーンの構築、需要家の確保も含め、時間軸上で経済性・収益性を慎重に見極めつつ、進めていくことが課題だと考えます。
柳井 地球温暖化に伴う異常気象の被害が拡がる中で、資源価格の上昇を受け、空前の利益を上げている欧米メジャーなどのエネルギー企業に対し、気候変動対策やネットゼロ化への積極対応を求める世の中の声は、一層強まっています。INPEXが目指すネットゼロ化は、すでに持つ知見を活かしつつ、事業性が見込めるものから可能性を掘り起こすチャレンジであり、これは素晴らしい取り組みとして継続してほしいと思います。
しかし一方で、気候変動対策・ネットゼロ化については、世界中でさまざまなイノベーションが生み出されているものの、その需要はほとんど掘り起こされていません。西村さんのおっしゃったことと重なりますが、経済性・収益性を見極めながら事業を確立すべく、需要家を巻き込んだ形で取り組み、社会価値の提供を自らの企業価値向上につなげていく必要があります。
取締役会が遂げてきた進化と実効性評価における指摘
柳井 この3名の中で私は、一番長く2016年からINPEXの社外取締役を務めています。8年前を振り返ると、当時に比べて議論の質的向上や活性化という点で格段の進化を遂げたと感じます。進化を促した要素の一つは、毎年実施している取締役会の実効性評価ではないでしょうか。率直で忌憚のない意見が述べられ、その指摘に対する改善施策を次々と実行していったことが、取締役会の実効性をここまで高めたものと思います。
また、社外取締役・社外監査役の顔ぶれも、かつてはエネルギー業界の方々が多かったのですが、さまざまな属性やバックグラウンドを有するメンバー構成となり、多様性を確保しています。現在の取締役会では、そうした方々がいろいろな角度から意見や疑問を投げ掛け、議論を深めている状況です。
西村 コーポレートガバナンスは企業にとって持続的成長のための一丁目一番地のような基本的な土台であり、 INPEXはその基本方針をしっかり定めて継続的に向上の努力をされているということを実感しております。私たち社外役員への事前説明や資料提供など情報の共有も充実しており、社外の意見を積極的に取り入れようという会社の姿勢が感じられます。
また、柳井さんのおっしゃるとおり、多様性の確保についても、重要なテーマの一つとして積極的な取り組みが続けられてきており、これが実ってさらに進展していくことを期待しています。
森本 私は2022年に社外取締役に就任しましたが、上田社長をはじめ取締役会の皆さんからは、環境行政といういわば異質な分野に携わってきた私に積極的に発言してほしいという雰囲気が感じられ、また、発言へのきちんとした対応もいただいて、遠慮なく意見を述べさせていただいています。執行サイドから説明を受け、私にはいろいろな発見があります。キャッチボールするような相互交流の中で、事業内容への理解を深めつつ、常に自分がどのような貢献ができるかを考えています。
柳井 前回の実効性評価では、指名・報酬諮問委員会における議論内容の取締役会へのフィードバックをさらに充実させるべきという指摘がありました。2024年から同委員長を拝命することになった私自身の意見を述べますと、 INPEXの取締役会は、事務局メンバーも含め、かなり大人数の出席者が参加しますので、指名と報酬に携わる同委員会の性格からすれば、議論の具体的内容の全てを公にはできませんが、役員選定プロセスや報酬制度など経営の基盤に関する部分は必要に応じて取締役会の場で共有していく必要があると思っています。
ガバナンスに関する将来の課題
柳井 当社のビジネスはガソリン代などの国民生活に直結する部分があるので世間は厳しい目で見てきていると思います。そのため、企業防衛の意味でもコンプライアンスの遵守をしっかりと行っていくことが引き続きガバナンス上の最優先課題であると思っています。
また、地政学、原油価格、環境問題、気候変動など当社の直面するリスクファクターは増しています。こうしたリスクの棚卸しに関して社外役員として常にモニターしていきたいと思います。
西村 私は、経営執行の監視・監督として牽制的な機能やコンプライアンス、リスク管理を担う「守り」だけでなく、適切なリスクテイクやチャレンジを後押しし、企業価値の向上に資する「攻め」についても、ガバナンスにおいては大切だと考えます。将来のINPEXのさらなる飛躍に向けて、その点をより強く意識し、貢献したいと思っています。
次期中期経営計画に向けて社外取締役が果たす役割
森本 INPEXは日本に、そして世界にエネルギーを安定供給するという大きなミッションがある会社です。そしてそのミッションは同時に多くのステークホルダーの力を結集して実現できるものと考えています。私は、多様なステークホルダーの視点に立って行動したいと考えています。その意味で三つの役割があると思っており、その一つは、いよいよ実装段階に入ったネットゼロ5分野の取り組みをしっかり後押ししていくことです。この分野の取り組みには、企業の努力と併行した制度の整備が必要です。政府の動きにもアンテナを張り、進路を合せる有効な指摘や助言をしたいと思います。
二つ目は、ネットゼロは新しい分野なので、例えば技術面や人材面で足りていないところはあります。そういったことに焦点を当て、内部体制の強化に寄与したいと思います。三つ目は、INPEXが保有している国内のパイプラインを含めた多くのインフラや技術ノウハウの価値に注目しており、トランジションに活用していくことを大きなテーマとして見ていきたいです。
柳井 次期中期経営計画の策定において重視すべきは、ビジョンを株主・投資家をはじめとする全てのステークホルダーへ分かりやすい形で発信することだと思います。 INPEXは、エネルギーの供給という社会的責務を負っている会社ですので、そのビジョンは多くの部分でミッションと重なり、全社員が共有すべきものになるはずです。そういうものを作り上げていく過程をモニターしながら、社外役員の視点からの気付きを投げ掛けていく考えです。
西村 現行の中期経営計画は、長期ビジョンで打ち出した方向性に基づき成長戦略を遂行し、着実に成果を上げてきました。次期中期経営計画は、そこからビジョンを具体化していく重要なフェーズへ移行しますが、外部環境が大きく変化しており、なかなか困難な作業になると思われます。
グローバルなエネルギー会社として、将来どのように存続していくのか、INPEXのあるべき姿についての議論では、私自身がこれまで外交官として培ってきたエネルギー安全保障や国際秩序制度に関する知見が活かせると思いますし、そのビジョンを若い世代の方々に伝え、浸透させていくミッションについても、大学で教育に携わった経験を活用し、わくわくする会社の未来づくりに寄与してまいります。
※本記事は、株式会社INPEX「統合報告書2023」より転載しております。