株式会社INPEX 『長期的な視点でエネルギー供給を支え 持続可能な未来を実現します』
株式会社INPEX
証券コード 1605/東証プライム
代表取締役社⻑ 上田 隆之
ネットゼロカーボン社会を目指す方向性は、
エネルギー情勢の変化を受けて複雑化し、
未来を見据えたシフトが求められています。
INPEXが実現していくトランジションについて語りました。
顕在化したトリレンマの解決に向けて
エネルギー業界を取り巻く環境は、近年大きく変化しています。数年前までは、気候変動への対応として脱炭素へのトランジション(移行)をいかに進めていくか、ということが業界における課題の中心でした。しかしロシアのウクライナ侵攻以降、石油・ガス価格の高騰および需給逼迫が生じたことから、エネルギーのセキュリティ(安全保障)とアフォーダビリティ(量的・価格的に安定した供給)の確保が重視され、これらをサステナビリティ、すなわち脱炭素化に向けた環境配慮とのバランスを取りながら同時に解決しなければならない「トリレンマ」の状況が顕在化してきました。
そうした中、2023年11月・12月にドバイで開催された「第28回気候変動枠組条約締約国会議(COP28)」では、最終合意文書に「Transitional Fuels」という言葉が使われました。トランジションにおいては、化⽯燃料の中でも⽯油や⽯炭より燃焼時のCO2排出量が少ない天然ガス、特にLNG(液化天然ガス)が重要な役割を果たしていくと見られており、それが産業界の共通認識となっています。
一方、ネットゼロカーボン社会に至る道筋についての認識にも変化が生じています。そのスピードや手法は、国・地域によって異なる事情や状況が反映されるものであり、例えばある国・地域においては、再生可能エネルギーへの転換を加速し、化⽯燃料を必要とする国・地域においては、アンモニアの混焼によってCO2の発生を低減しつつ移を図るなど、「多様な道筋」が認められるべきであるという認識が拡がってきました。
これらの変化を踏まえ、私たちINPEXは、まずはLNGを中心とするビジネスをしっかり拡大し、エネルギーの安定供給という責務を果たしていきます。同時にそこから得た収益をクリーンエネルギーの開発に投じ、エネルギー・トランジションの担い手として、世界の最先端を走る企業を目指してまいります。
トランジショナルエネルギーとしてのLNG
今後、世界におけるLNGの需要は大きく伸び、特にアジア地域では著しく伸長するものと思われます。その理由の一つとして、従来アジアの多くの国々は天然ガスを地産地消してきたものの、経済発展に伴いアジア域内の天然ガス生産量を上回る需要の増加に応えるため、域外からのLNG輸入量の増加が見込まれます。次に、再生可能エネルギーの導入が広がっていく中で、その不安定な発電量を補うバックアップ電源に使用される燃料として、天然ガスの需要が増加すると考えられるためです。
また欧州においても、これまでロシアから⽯油・ガスのパイプライン供給を受けていた国々が、ウクライナ侵攻以降、ロシアへの依存度を低減すべく輸入LNGの受け入れに向けた動きを進めています。
INPEXにとってLNGは、基幹ビジネスである⽯油・天然ガス事業の柱であり、オーストラリア沖合で2018年に操業を開始した「イクシスLNGプロジェクト」がその屋台骨を支えています。このプロジェクトは、年間約890万トンのLNGを生産しており、これは日本の年間LNG輸入量の10%強を占める規模です。そのうち7割超を日本の需要家へ供給しています。
イクシスLNGプロジェクトは、利益の7割程度を稼ぎ出す当社事業の安定基盤ですが、経営的には「一本足打法」から脱却し、イクシスへの依存度を低減していく必要があります。そうした考えのもと、次の成長ドライバーとして立ち上げを進めているのが、インドネシアにおける「アバディLNGプロジェクト」で、2030年頃の生産開始を目指しています。年間のLNG生産量は、イクシスと同規模の950万トンを計画しており、日本の需要家向けだけでなく、前述のアジアにおけるLNG需要の拡大に対応した供給を行います。
持続可能なエネルギーの開発・生産・供給
経営理念に掲げる通り、私たちが目指しているのは、エネルギーの開発・生産・供給を持続可能な形で実現し、より豊かな社会づくりに貢献することです。イクシス・アバディ両プロジェクトの稼働により、トランジショナルエネルギーとして期待されるLNGの需要拡大に応えていくことは、この経営理念の具現化に他なりませんが、「持続可能なエネルギーの開発・生産・供給」という観点においては、 CO2排出量削減およびネットゼロカーボンに向けたさらなる取り組みが求められます。
LNGの環境特性が⽯油や⽯炭に比べて優れているとは言え、燃焼時にはCO2が排出されるため、私たちはこれを低減すべく、ネットゼロ5分野の一つであるCCSをLNGプロジェクトに導入していく考えです。CCSとは、分離・回収したCO2を地中に貯留する技術です。イクシスLNGプロジェクトは、オーストラリア政府よりCCSのための鉱区を獲得しており、2024年は井戸を掘って貯留に向けたアセスメントを実施する予定です。またアバディLNGプロジェクトは、何十年という長期生産を見据えて当初よりCCS導入を想定しており、今後インドネシア政府と相談しながら進めていきます。
環境特性に優れたLNGをCCS導入により一層クリーン化し、さらにはネットゼロ5分野として取り組む再生可能エネルギーや、水素・アンモニアなどクリーンエネルギーの展開を図ることで、私たちは将来にわたり、エネルギー業界の主要プレイヤーとしての地位を築き上げていきたいと思っています。
アバディLNGプロジェクトが発揮する優位性
アバディLNGプロジェクトの稼働は、INPEXの将来に向けた重要な転換点であり、新たな成長の柱として、私たちは大きな期待を寄せています。イクシスLNGプロジェクトにおいてINPEXは、日本企業として初めてオペレーター(操業主体)を務め、巨大エネルギープロジェクトを成功させたことで、国内・海外から多大な評価と信頼を獲得しました。これに加えてアバディLNGプロジェクトのオペレーターを務め、供給力を倍増させることによって、INPEXはエネルギー市場におけるプレゼンスを一気に高め、さらなる地位向上を果たせるものと考えています。同時に、世界のエネルギー需要に応え、安定供給を支えていく社会的責務も一層重いものとなることを意識しなければなりません。
私たちは、アバディLNGプロジェクトにおいて、独自の優位性を発揮できると考えています。その一つは、イクシスLNGプロジェクトを通じて培ってきた技術力、人材、さまざまな経験や知見などの活用です。これらのリソースをアバディLNGプロジェクトに展開し、効果的に利用することで、プロジェクトの円滑な立ち上げおよび運営が可能になります。
もう一つは、インドネシアでの採掘・供給という稼働条件がもたらす優位性です。世界情勢の変化により、これから先も地政学リスクの拡がりが懸念される中で、LNGをできるだけ地産地消に近い形で生産・供給し、リスクの回避を図ることが求められるでしょう。インドネシアには多くのLNG需要があり、他の需要家も日本およびアジアを中心に見込んでいるため、近いエリアでコンパクトに供給するアバディLNGプロジェクトの価値は、とても大きいと思われます。
2024年度は、オフショア・オンショアの各種サーベイ(調査作業)を実施し、基本設計作業(FEED)に関する入札を行いつつ、マーケティングやファイナンスに関する取り組みを進めていく予定です。
ネットゼロ5分野の注力テーマと今後の展開
INPEXは、石油・天然ガス事業を基軸としつつ、ネットゼロカーボン社会の実現を見据え、「CCS」「再生可能エネルギー」「水素・アンモニア」「森林保全」「カーボンリサイクル・新分野」の5分野でCO2排出量の削減に貢献するソリューションを提供しています。長期戦略では、2022年度から2030年度までに、このネットゼロ5分野へ最大1兆円の成長投資を実行する方針です。
いずれもエネルギービジネスの未来につながる重要な分野ですが、特にCCS分野は、さきほど説明いたしました通りイクシス・アバディの両LNGプロジェクトに導入され、水素・アンモニア分野にも関連するなど、他の事業とのシナジーが大きく、最も注力すべき分野と言えます。CCSは現在、大規模なCO2削減を可能にする唯一の技術として、多くの国々で取り組みが進められており、高い成長ポテンシャルがあります。INPEXでは当面、自社事業において排出されるCO2に対し、CCSによる削減を行っていきますが、将来的にはCCSそのものをビジネスとして、他社のCO2削減ニーズに対応していく考えです。
次に大きく注力しているのは、再生可能エネルギー分野です。その多くは海外案件で、欧州における洋上風力発電プロジェクトや、インドネシアと日本における地熱発電プロジェクトなどを事業化しています。2023年7月には、欧州最大手の再生可能エネルギー企業であるエネル・グリーンパワー社との合弁会社をオーストラリアに設立しました。単なる発電事業でなく、計画から建設、発電、小売、蓄電まで再生可能エネルギーのバリューチェーン全体を包括し、その中で利益を上げていく仕組みを構築していきます。
水素・アンモニアは、燃焼してもCO2を排出しない真のクリーンエネルギーとして力を入れています。先端的な取り組みにもチャレンジしており、水素については、天然ガスから水素を製造する際に排出されるCO2をCCSで削減する「ブルー水素」の実証に向けて、新潟県柏崎市にプラントを建設中です。アンモニアについては、米国・テキサス州で低炭素アンモニアの商業生産を目指し、海外企業との共同プロジェクトを進めています。この分野では、市場のファーストムーバー(先行者)として最先端を行く会社になりたいと思っていますが、そのためには一定規模の投資とリスクテイクが必要になります。しかし水素・アンモニアは、既存分野である石油・天然ガスの需要家に近いところで求められてくるはずですので、そうした需要家と一緒に市場を立ち上げていき、さらに供給ルートやバリューチェーンについても既存分野から活用することで、ファーストムーバーとして優位なポジションを築くことができると考えています。
また、エネルギービジネスの未来にはイノベーションが重要です。今後はエネルギーのクリーン化と低コスト化を実現させるための技術力が求められます。そこで、2024年1月にイノベーション本部を新たに立ち上げ、エネルギートランスフォーメーション(EX)の加速化に向けて本格的に取り組む体制を整えました。
資本コストや株価を意識した経営への対応
2023年度の業績は、減損要因により前期比では減益となったものの、油価および為替の追い風も受けて好調に推移し、当期利益において当社史上2番目となる成果を収めました。しかしながら、現在の当社株価の水準にみる株式市場の評価は、決して高いとは言えず、PBR(株価純資産倍率)も1倍に満たない水準にとどまっているので改善努力が必要であると認識しています。一方、企業価値が株式市場の評価に十分反映されていない面もあると考えています。
私たちは、上場会社に「資本コストや株価を意識した経営」を求める東京証券取引所からの要請を受け、社内で議論を重ねた結果、株式市場による評価の要因について、以下3点の課題を把握しました。
まず1点目は、企業経営における効率性がスーパーメジャー(国際巨大石油資本)のROE水準などと比較した時に見劣りしていることです。2点目は、化石燃料の座礁資産化リスクにより将来性に懸念があるとの見方によるものです。そして3点目は、今後の株主還元強化の見通しに対する不透明感によるものと考えられます。
以上の課題への対処として、まずは資本効率の向上を図るべくROIC(投下資本利益率)を導入した測定・評価を実施し、WACC(加重平均資本コスト)を上回る水準を維持していきます。事業戦略においては、先ほどご説明したLNG需要の中長期的な拡大の取り込みと、それに並行して注力するクリーンエネルギー分野の将来性を明確に打ち出し、投資家の皆様との対話を通じて株式市場への認知・浸透を図ります。これらの施策を株主還元の拡充とともに一体的に実施することで、適正な企業価値の評価につなげていく方針です。
次期中期経営計画における財務・資本政策
財務・資本政策においては、これまで進めてきたイクシスLNGプロジェクトへの重点投資により有利子負債が増加し、財務健全性の点で課題となっていました。そのため現在推進中の「中期経営計画2022-2024」では、営業キャッシュ・フローからの分配について、有利子負債の削減を優先し、次いで株主還元、3番目に成長投資というプライオリティを定めていました。
しかし計画始動後の2年間は、油価の上昇とイクシスの順調な稼働により業績が好調に推移し、当初の想定を上回る営業キャッシュ・フローを確保することができました。 2024年度の見通しを加えた3年間の営業キャッシュ・フローは、合計2兆8,500億円を予想しており、1兆円以上の上振れになる見込みです。そのため有利子負債の削減が大きく進展し、借入金の圧縮によって、現状のネットD/Eレシオも0.3倍とすでに十分健全と言える財務状況になっています。
2025年度より始動する次期中期経営計画は、これから策定を進めていきますが、その中で今後の財務・資本政策に関しては、これらの状況を踏まえて営業キャッシュ・フローの分配方針を変え、株主還元と成長投資の優先度を上げていくことになるでしょう。
企業価値向上に資するガバナンス体制の構築
当社取締役会は、2024年度より取締役を10名体制とし、うち半数の5名を社外取締役としました。また取締役会の諮問機関である指名・報酬諮問委員会についても、これまで社内取締役(当時会長)が委員長を務めていましたが、 2024年度から社外取締役がこれを務め、社外取締役3名・社内取締役1名(社長)で構成する形としました。社外の視点による経営の監督強化を図りつつ、その助言を有効に活かすことで、コーポレート・ガバナンスの充実・強化を図り、取締役会の実効性向上と活性化につなげていく狙いがあります。
取締役会では、常に忌憚のない意見が交わされ、活発な議論が行われています。取締役会後に昼食会を行っておりますが、議論の時間が足りず、ワーキングランチになる事が常態化しているくらいです。エネルギー業界に精通した経営経験者、国際的に活躍される弁護士、外交官、サステナビリティ分野の専門家など、取締役会のスキルマトリックスを幅広くカバーする形で、さまざまな経歴と知見をお持ちの方々を社外取締役に招いたことで、グローバルな事業展開や大規模な投資への判断についても、とても有益な指摘や助言をいただいています。
指名・報酬諮問委員会では、特にサクセッションプランに関して議論を重ね、代表取締役社長候補となる人材の資質や要件、候補者選定プロセスの適切性などを確認しながら、次世代経営者の育成に向けた整備を進めています。
激しい変化の時代において、企業が持続的成長を遂げていくためには、多様な価値観や観点からの経営チェックが不可欠です。ステークホルダーの代表である社外取締役の意見を積極的に活かし、企業価値の向上に資するガバナンス体制を構築していきます。
人材の成長と活躍を促し、会社の強みにしていく
INPEXで働く社員は、その約4割が外国籍人材であり、その多様性をグローバルな事業展開に活かしていることが、INPEXの人的資本経営における特色の一つであると捉えています。外国籍人材を単にローカルスタッフとして現地雇用するだけでなく、グローバル人材として世界各国のさまざまなプロジェクトで活躍してもらい、そのために必要な教育も積極的に行っています。INPEXが必要としているのは、世界中どこでもプロジェクトを自ら立ち上げ、切り拓いていける自律的な人材であり、そうした人材の成長と活躍を促していくことが、価値創出の原点であると考えています。
一方、エネルギー業界が持つ「男っぽい職場」というイメージのためか、女性社員の割合が全体の約2割にとどまっており、課題を残しています。女性が大いに活躍できる会社づくりは、すべての社員にとって働きやすい職場づくりでもあり、従業員エンゲージメントの向上にもつながっていくはずです。そうした認識のもと、社内では2024年度より「女性活躍推進タスクフォース」を立ち上げ、女性社員が主体となって改革への取り組みを進めています。
また、INPEXでは全社員を対象として個人の都合により退職を余儀なくされた意欲のある従業員の復職を可能とするため、ジョブリターン制度を導入しています。
多様性へのフレキシビリティが、会社の強みとなり、企業価値の拡大をもたらします。INPEXは、社員一人ひとりが、より豊かな社会づくりに貢献するエネルギー供給の担い手であることを自覚しながら、活躍の舞台を大きく拡げていく会社を目指してまいります。
※本記事は、株式会社INPEX「統合報告書2023」より転載しております。