[特別対談]人的資本経営の取り組みで先行する2社に訊く ~オムロン×丸井グループ~
※この記事は2023年1月25日発行のジャパニーズインベスター116号の特集記事「人的資本を見極める」の中で掲載されたものです。
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――他社に先駆けて人的資本経営を実践されていますが、取り組みを始めた背景を教えてください。
株式会社丸井グループ 加藤 浩嗣氏(以下、加藤) 当社には「人の成長=企業の成長」という企業理念があります。この企業理念に基づいて、経営戦略と人材戦略が一体化した人的資本経営を推進しています。

株式会社丸井グループ
取締役 常務執行役員 CFO
IR・財務・サステナビリティ・ESG推進担当
加藤 浩嗣 氏
1987年、株式会社丸井(現 株式会社丸井グループ)入社。営業店での販売、本社での経理財務部門、経営企画部門などを経て2013年に経営企画部長に就任。2015年にIR部新設に伴いIR部長を兼務。2017年のESG推進部、2019年のサステナビリティ部新設時より担当役員。
オムロン株式会社 冨田 雅彦氏(以下、冨田) 当社も同様の考えを持っており、当社では人的資本経営を推進するうえで、目指す未来は何なのか、ということを一番初めに考えました。当社の企業理念は、「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」というものです。言い換えると、事業を通じて社会価値を創出し、社会の発展に貢献し続けること。これを持続可能なものにするためには、正しく利益を得て、再投資をして、社会的課題の解決を拡大再生産していくことが必要です。この目指すべき未来において、会社と社員の関係はどのように変わっていくのか、ということを考えた際、“よりよい社会をつくる”という企業理念に共鳴し、常に選び合い、ともに成長し続ける、対等な関係になるのだろうと考え、人的資本経営の中身を作り込みました。

オムロン株式会社
執行役員常務
グローバル人財総務本部長
冨田 雅彦 氏
1989年、立石電機株式会社(現 オムロン株式会社)に入社。電子部品事業などの事業戦略部長、企画室長などを経て、2012年にグローバル戦略本部経営戦略部長に就任。2017年よりグローバル人財総務本部長に就任し、2019年から現職に就任。
加藤 当社が人的資本経営を考えるようになった背景をご説明すると、当社はバブル期に若者にカードを持ってもらい、ファッションを販売する仕組みが非常に好調だった時期がありました。その頃に過去最高益を記録したのですが、バブル崩壊後は20年以上にわたって停滞期が続き、2009年と11年には最終赤字に陥るなど経営危機に陥りました。ちょうどこの少し前の2005年に現社長の青井浩が社長に就任し、これまでの停滞がなぜ続いてしまったのかを一度立ち止ってじっくり考えました。そこで出した結論が「停滞の原因は社会や経済環境が大きく変わっているにもかかわらず、バブル期の成功体験から脱却できずイノベーションを起こせなかった組織風土にあるのではないか」というものでした。会社を再び成長させ、企業価値の向上を図るには、組織風土や企業文化を変えていかなければならない、という考えに基づき、変革に向けた様々な施策をこの時期から同時進行で進めてきました。
――具体的にはどのような取り組みを行ってきたのでしょうか?
冨田 当社では人的資本経営を、「会社のWillと個人のWill」、「事業戦略と人財戦略」、そして先に述べた「会社の成長と個人の成長」という3つの連動を実践することと捉えています。
一つ目のWillは“志(こころざし)”と言い換えることもできると思いますが、これを連動させるために「TOGA(The OMRON Global Awards)」という取り組みを行っています。日々の仕事の中から「こういうことをやりたい、解決したい」というテーマを選んでチームでエントリーし、実践したテーマをグローバル全社で共有するというもので、評価軸を“企業理念の実践度合い”とすることで企業理念の浸透と共感・共鳴の輪の拡大を促す仕組みです。直近では全世界で5万2,000人が参加し、約7,000のテーマがエントリーされました。グローバルの全社員数が2万8,000人強ですので、1人が複数テーマでエントリーしているケースも多いことがわかります。
TOGAのプロセスは、人が成長するメカニズムに非常に似ています。テーマの宣言や実践、その発表やフィードバックを受けるというプロセスによって、目標設定やプロジェクトマネジメント、経営的な視点など、多くの学びがあると思っています。また、自分でチャレンジしたいと手を挙げたテーマですので、一つひとつの取り組みにオーナーシップがあり、壁があっても簡単にはくじけないですし、やっぱり成果も出ています。何よりも、周りの人間がその成果や頑張りに刺激を受け、共鳴が起きているのを実感しています。
加藤 当社の場合、以前の企業文化はたとえば“強制”や“やらされ感”、“業績の向上”という言葉で表現できました。日本経済が大きく成長している時期はそれで良かったのかもしれませんが、その後の社会の変化についていけなくなったのはこの企業文化が要因ではないかと反省し、“自主性”、“楽しさ”、“価値の向上”といったものを目指すべき企業文化として新たに定めました。
このような、新たな企業文化づくりに向けた施策の一例として「手挙げ文化」の取り組みについてご紹介しますと、2008年頃の社員向けの経営説明会では、参加者は役職者と決まっており、ほぼ全員中高年の男性社員でした。会議自体にも活気がなく退屈なもので、これではいけないと考え、まず会議の参加者を手挙げ制にし、新入社員からベテラン社員まで、参加したい人は誰でも手を挙げることができるようにしました。毎回1,000人くらい手が挙がるので、なぜこの会議に出たいのかについて文書で提出してもらい、300名程度の参加者を選ぶ仕組みに変えたところ、会議の雰囲気がガラッと変わりました。活発に質問が出るようになり、特に若手が参加することでベテランも刺激を受けて、会議自体が非常に活性化をされました。現在ではほとんどのことが手挙げ制によって進められています。新たなプロジェクトやイニシアティブなどのほか、異動や昇進昇格も基本的には手挙げで、やりたい人にまず権利が与えられます。
もう一つの取り組みとしてグループ間職種変更異動があります。当社の停滞期に、営業店の店舗の中で成果が出ている売り場は新入社員が入ってくるなど、定期的に人が動いていた一方、成果が出ていない売り場は、その道何十年というベテランの人たちで固められていることが多かった。そこで、人が変わることによってイノベーションが起こるのではないかと考え導入しました。
当社には小売、フィンテック、物流、証券、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)といったいろいろな事業があり、担当する業種や職種を変えることを積極的にやってきました。現在は、約8割の社員が職種を変更した経験を持ち、そのうち約9割が異動後に成長を実感していると答えています。手挙げ制と職種変更異動などの取り組みによって自律的でかつイノベーションを起こしやすい、創造的な組織になってきているのではないかと考えており、これらが当社の人的資本経営の根幹的な部分です。
冨田 私自身、人の成長や頑張りの原動力は何か、ということについていつも考えているのですが、その中に“主体者意識”があると思っています。自ら手を挙げて行動する、主体性の高い人たちに機会を提供できる仕組みを整備しているのは見習いたいと思いました。特に人事の人間からすると、昇進昇格を手挙げ制にするのにはリスクを感じてしまってなかなかできないこと。私も今日帰ってすぐ話をしてみたいと思います(笑)。
加藤 私もオムロンさんの取り組みは以前から聞いていて、参考にさせていただいています。TOGAという、企業理念を実際の仕事にどう生かしているかを発表する場があるのは素晴らしいことだと思っており、私たちも同じようなことやりたいなと思っています。
冨田 実は10年前にTOGAを始めたときは全く活性化しませんでした。事務局が参加をお願いしながら件数を増やしてきたのですが、途中から急に活性化したのです。世界中から社員が集まる場でプレゼンをし、質問に受け答えしたり、役員に思いっきり褒められたりといった経験がプレゼンターにとって非常に貴重なものであり、参加者の口コミによって広がっていきました。我慢して10年やり続けた結果が今実っていますので、信じてやり続けることが大事だと思いました。
加藤 そうですね。私たちの職種変更異動も始めた頃は10人ほどのチームの中に1人だけ異動者が入るような状況で、あまり変化も起きず上手くいっていませんでした。それが数年続けるうちに他の職種からの異動者が3〜4割になってくると変化が起きやすくなった実感があります。人的資本経営の実効性が高まるのにはかなり時間がかかると思っており、今のお話には非常に共感できました。
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