最終回 陳腐化
ボージョレーヌーボーの人気
ボージョレーヌーボーの季節です。今年の解禁日は11月20日(木)ですから、心待ちしている方も多い……かと思いきや、実は最近その人気に陰りが見えるとか。ピークだった2004年に比べると、輸入量が3割にまで減少したという情報もあります。
その理由はさまざまあるのでしょうが、一言でいえば「陳腐化」にあると筆者は考えています。ワイン通の方に言わせると、そもそもボージョレーヌーボーは熟成が足りないため、味自体はイマイチだそう。それを毎年のようにキャッチコピーで飾り立てブランド化したのが人気の秘訣でした。ある年は「繊細でしっかりとした骨格。美しく複雑なアロマ」。別の年は、「豊満で朗らか、絹のようにしなやか。しかもフレッシュで輝かしい」など……。でも、毎年のように言われつづけたら、消費者も「なんだか、ありきたり」と陳腐に感じてしまうのも無理ないことでしょう。
ただ、ブランドというものは奥深くて、陳腐化は一概に悪いことばかりではありません。それどころか、ハンドバッグやアクセサリーなどのハイブランドでは、「計画的陳腐化」を行っているそうです。たとえばハンドバッグで考えましょう。ハイブランドがある製品を出したとき、デザインは斬新、色使いも鮮烈で、目新しさに人気爆発。誰もが欲しがります。でも、それが売れると、次から次へと模倣品が生まれます。やがては誰もがそのハンドバッグを持つようになり、逆にセンスのある人からは敬遠されてしまいます。そこで出てくるのがハイブランドによる新しいデザインと色使いの製品。他の人が持っていないがゆえに、センスのよい人がこぞって欲しがって人気爆発、というサイクルが続くのだとか。
これまで筆者は、ブランドの模倣品を見ると、「こんなに精工に真似されちゃったら、本家もたいへんだなぁ」と単純に考えていました。でも、実は模倣品に真似されるからこそ次の新製品が売れるという側面もあるので、実際のところは持ちつ持たれつの関係にあるのかもしれません。ブランドビジネスというのは、何と奥深いことかと感心しました。
でも、よく考えると不思議です。そもそも、なぜ私たちはこんなにもブランド品に惹かれるのでしょうか?その謎を解く鍵がこの連載のバックボーン、進化心理学です。
生活力をアピール
「進化」というキーワードでピンと来たかもしれませんが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまいます。
では、時計を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時の人類にとって大事なことは、子孫を残すためのパートナー選びです。特に男性にとっては死活問題。群れのボスに女性を独り占めされてしまったら、自分の遺伝子を次世代に残すことができなくなります。なんとか女性の気を惹いて、子作りのパートナーとして選ばれる必要があります。
とはいえ、女性の方の選択基準も現代とはずいぶん異なるものでしょう。今だったら、イケメンで優しい人……となりそうですが、当時はなんと言っても生活力。女性目線からは、たとえ何があっても自分と子供に食料を届けてくれる男性こそが、最高のパートナーと見なされました。そのような条件の下、選ばれるために男性はどうアピールすべきか?ちょっと意外な答えが、装飾を身にまとうことです。
たとえば、マンモスの牙を削って、斬新なデザインと鮮烈な色使いの装飾品を作って身につければ、モテること間違いなし。なぜならば、その装飾品は、持ち主は生活力に余裕があることの証明になるからです。言葉にするならば、こんな感じ。「オレは生活力が有り余っている男だよ。こんな装飾品みたいに無駄なものを手間暇かけて作っていても、狩りの成果はバッチリだぜ」、と。
実はこのような、生活力有り余っているアピールは人間に限ったことではなく、野生動物も使います。クジャクの尾が長いのも、鹿の角がやたら大きいのも、みんな「無駄なものに手間暇かけても生活力が有り余っているぜ」というアピールなのです。人類も、このような考えが何世代にわたって続いてきた結果、現代に生きる私たちが斬新なデザインと鮮烈な色使いのブランド品に惹かれるのは、当然と言ってもいいでしょう。
あえて陳腐化を狙う
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えましょう。単純に考えれば、冒頭に紹介した「計画的陳腐化」を上手に取り入れている企業に注目したくなります。でも発想の転換で、計画的陳腐化を「しない」会社にあえて目を向けてみましょう。というのは、計画的陳腐化にはどうしても大量生産大量消費のイメージがつきまとい、今の時代にそぐわない懸念があるからです。地球環境の保全は、いまや全人類喫緊の課題です。この夏の暑さを思い返してみても、「いますぐ、何かしないとヤバイ」と誰しも思います。そのような中、計画的陳腐化には今後厳しい目が向けられるかもしれません。
むしろ、いいものを長く使う。そのためにメンテナンスや修理に手間暇かけることがカッコいい時代が近づいています。実際、消費者の「修理する権利」を保証する法案が、欧米では続々と成立しています。いわく、修理に必要な工具やマニュアルを消費者に提供することを製造業者に義務づけることで、製品を長く使うことを促そうという動きです。
この観点で注目したいのが、リユース業界。たとえば若者に人気の古着では、今のファストファッションではなく昔のものが「ヴィンテージ」として珍重されているそうです。考えてみれば冒頭に紹介したボージョレーヌーボーも、味がイマイチだったのは新酒の状態だったから。まったく同じワインが、時を経て熟成されたら価値が出ると考えると、「陳腐化」も悪くないと多くの人が納得でしょう。
ご挨拶
今号をもちまして、当連載はいったん終了となります。長らくお付き合いいただいた読者の皆様にお礼を申し上げます。フェイクニュースなど急増している昨今、それに惑わされず、正しく判断するための心理学的発見をお届けして参りました。株式投資の判断はもちろん、ビジネスやキャリアでも、「こういうときはどうしたら……?」と迷ったときにお役立ていただけたら幸いです。なお、私はX(旧ツイッター)で発信を続けていきます。よろしければ、フォローいただけると幸いです。
※この記事は2025年10月25日発行のジャパニーズインベスター127号に掲載されたものです。
※本稿は投資に関する基本的な考え方を解説するために作成されたものであり、実際の運用の成功を保証するものではありません。実際の投資は、ご自身の判断と責任において行ってください。
木田 知廣
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。
