第70回 儀式
女子ラグビーワールドカップ
女子ラグビーが盛り上がっています。7月後半の強化試合を経て、いよいよ8月にはワールドカップの本大会。「サクラフィフティーン」の愛称で知られる日本代表チームは、下馬評は高くないですが、頑張ってほしいものです。そして筆者が個人的に注目しているのはニュージーランド代表。男子チームは「オールブラックス」として世界に名をとどろかせていますが、女子も前回大会で優勝している強豪です。愛称の「ブラックファーンズ」のファーン(Fern)はマオリ族の信仰の対象とされた植物で、ニュージーランドの国章にもなっています。
このブラックファーンズ、男子チームと同じように試合前には「ハカ」を披露します。先住民のマオリ族に由来する宗教的な儀式で、大きな声と踊りでチームの一体感を高めるものは、一度は目にしたことがあるのでは?ただ、女子バージョンは私もまだ見たことはないので、そこも含めて心待ちにしています。
でも、不思議と言えば不思議。スポーツ、ましてやワールドカップは厳正なルールに則って行われる「競技」のはず。実際、サッカーのワールドカップでハカを披露するチームを見たことはありません。それなのになぜ、ラグビーではハカのような宗教的な儀式が入ってくるのでしょうか?そのカギを解き明かすのが、この連載のバックボーンとなる進化心理学です。
世界中にある通過儀礼
「進化」というキーワードでピンと来たかもしれませんが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまいます。
では、時計を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時の人類にとって生き延びるために大事なことは、なんといっても群れで生活すること。狩りをするにも猛獣から身を守るにも、一人ではどうにもなりません。ですから、群れで一体感があるか否かは死命を制する重要事項です。そこで必要になったのが宗教的な儀式。夜な夜なたき火の周りで踊ったり歌ったり、あるいはコーヒーやお酒ももともとは宗教的な儀式に使われたなんて説もあります。現代だって、会社の飲み会で一緒に騒げば一体感が高まります。
はたまた、子供から大人に変わるときの「通過儀礼」もこれに当たるでしょう。世界中さまざまな場所に同じようなものが存在しますが、木のツタを身体に巻き付けて高い塔から飛び降りたり、槍を投げてライオンを倒したりという危険なものが多いものです。その意味合いは、通過儀礼を経験したことで気持ちが切り替わることを狙っているのでしょう。子供時代は群れから無償の支援をもらえたのが、大人になったからには逆に群れへの貢献が求められる。その想いが強ければ強いほど、群れのために食料を分かち合ったり、猛獣と戦ったりという大人が多くなり、群れ全体の生存確率が高くなるのは容易に想像できます。
ここまで来ると、ラグビーではハカが披露される意味が分かります。というのは、ラグビーというのはメジャースポーツの中ではもっとも「ジャイアントキリング」、つまり番狂わせがおきない競技だから。逆に、サッカーでは偶然が大きく作用するイメージがお分かりいただけるでしょう。たった一人のエースのスーパーゴールが試合を決めたり、審判の判定で泣きを見るなんて事はよくあります。でも、ラグビーの場合は、勝利は必然。事前の準備をしたチームが勝つ確率が極めて高いのです。そして、事前の準備で大事なのは、なんと言ってもチームの一体感。近年、日本代表チームが躍進しているのはご存じかと思いますが、その背後にはある程度メンバーを固定化して長期間にわたって寝食を共にする運営があったという説もあるそうです。そう考えると、試合前に披露されるハカは、チームの一体感に最後の仕上げを加える儀式と分かります。
儀式で売上アップ?
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えてみましょう。その際に着目するのが、「儀式」です。実際、Googleでマーケティングにたずさわったマッキンレイ氏は、「客が儀式をする必要がある商品は売れる」、と提唱しています。
え?儀式ってどういうこと、と思うかもしれませんが、意外なぐらい単純です。たとえば、オレオ。チョコレートクッキーの間にクリームが挟まれたお菓子ですが、クッキーを剥がして間のクリームだけなめるという食べ方が流行ったのを覚えているでしょうか?オレオの発売元いわく、剥がして食べること自体特に意味があるわけではなく、純粋に儀式だそうです。前述のマッキンレイ氏が述べる、「儀式をすると商品への関心が高まり、自分が作った物のように感じられます。自分で用意した料理がそうであるように、私たちは自分で作ったものを好きになり、過大評価します」という説には信憑性がありそうです。
そんな目で身のまわりを見回すと、儀式を盛り込んだ商品がときどき見つかります。たとえば、わざわざ「振らずにお飲みください」と注意書きされた缶コーヒーや、冷凍庫から出した後時間をおいてから食べるアイスクリームとか。もちろん、「理屈」はあります。たとえば缶コーヒーの場合、内部に封入しているガスが液体と混じり合わないように、と説明されています。でも、筆者の目には、顧客が「自分ごと化」して売上をあげるための儀式に見えてなりません。
ぜひ身のまわりで、そのような儀式を取り入れている商品を見つけてください。その発売元の会社は商売上手な可能性大ですので、株価アップが見込めるかもしれません。あるいは、ビジネスパーソンの方ならば、自社の商品に儀式を取り入れてはいかがでしょうか?とくに、ライバル企業の商品との差別化が難しい場合、儀式を取り入れることでお客様の満足度をグッと高めることはできそうです。実現できたら、社内でご自身の株が上がることは間違いなしです。
◆ マッキンレイ氏のコメントの出所
https://gigazine.net/news/20201007-product-satisfaction-ritual/
※この記事は2025年7月25日発行のジャパニーズインベスター126号に掲載されたものです。
※本稿は投資に関する基本的な考え方を解説するために作成されたものであり、実際の運用の成功を保証するものではありません。実際の投資は、ご自身の判断と責任において行ってください。
木田 知廣
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。
