第23回 DEIB

「梨泰院(イテウォン)クラス」という韓国ドラマをご存知だろうか。韓国で2020年に放送されたテレビドラマだが人気を博し、日本でも「六本木クラス」というリメイク版のドラマが放映されている。2022年には多くの死傷者を出した雑踏事故が起こっており、皆様もその地名は記憶にあるだろう。梨泰院は筆者が若かりし頃に訪れた当時から外国人が多く集まる街として有名であったが、このドラマは多様性を象徴するような梨泰院という街を舞台として、逆境を乗り越え、小さな居酒屋から大企業になる成功物語を描いている。それだけではなく、韓国におけるLGBTや人種差別などの社会問題をしっかりと映し出しており、考えさせられるドラマでもある。
そのドラマの中で1人、トランスジェンダーのシェフが登場する。トランスジェンダーと分かった際の周囲の反応は酷いものだったが、次第に個人を理解し、気付きを得て周囲が調和し、最高の組織となっていく。まさにDEIBを具現化したようなワンシーンである。DEIBとは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂)、Belonging(帰属意識)で、日本企業においても定着してきたD&Iがさらに進化したものである。多様性を認め合い、新たな気付きを得て共に成長していくというD&Iに、障壁などがあることを前提として個々に合わせた機会や支援などを与える公平性を加えたものがDEIだ。さらに、帰属意識を加えたものがDEIBとなるわけだが、この帰属意識は愛社精神だけではない。ここで言う帰属意識は、簡単に言うと「自分の居場所がここにある」と感じる感覚のことを指す。つまり、個人が組織に受け入れられ、必要とされ、安心して存在できるか、ということに焦点があてられている。どんなに多様性が豊かで、公平性が保たれ、受容されても自分の存在価値が認められなければ居心地は悪く、組織の中で最高のパフォーマンスを発揮することは出来ない。
DEIBはモチベーションにも大きくかかわる。仕事の満足・不満足を引き起こす要因についてはハーズバーグの二要因理論が有名だが、この理論は何か1つの要因が仕事の満足度を上下させるのではなく、満足と不満足にかかわる要因は別だとしている。例えば、単純に給与が上がっただけでは満足度は上昇せず、達成感や承認などを伴う必要があるという考え方だ。これとDEIBとを組み合わせて考えてみれば、多様な視点や意見が尊重されることで、仕事の範囲や内容が多様化・充実し、達成感や成長の機会が増える。そして、公平な待遇や個が受け入れられる環境が整うことで、職場の人間関係や労働条件に対する不満が減少する。結果、組織の生産性が向上するというわけだ。
一方で、米国ではトランプ大統領の旗振りもあり、反DEIの声が大きくなっている。簡単に言えば、DEIは個人の能力を犠牲にして人種や性別に焦点を当てているとしてDEIを推進することは違法な差別、いわゆる逆差別だ、という考え方だ。この潮流を受け、例えばウォルマートではLGBTQ支援イベントへの協賛を中止するなど、米国大手企業の一部でDEIの取り組みを後退させる動きが出ている。しかし日本は同様になってはならない。世界経済フォーラムが公表しているジェンダーギャップ指数を見ても日本は148ヶ国中118位で、G7では最下位だ。多様性に絞って見ても、未だ道半ばな状態である。むしろ、日本ではまだD&Iのレベルに留まる企業が多く、DEIBまで進んでいる企業は数える程度しかいないのが現状だ。我が国においては、さらなるDEIBの推進が必要な状態だと言えるだろう。
韓国では梅雨時期になるとチヂミとマッコリを楽しむ風習があるそうだ。たまにはマッコリを片手に、投資先のDEIBについて統合報告書などで探索してみてはどうだろうか。
※この記事は2025年7月25日発行のジャパニーズ インベスター126号に掲載されたものです。
㈱宝印刷D&IR研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
片桐 さつき
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。
