第69回 愛着

折り鶴の値付けは?
突然ですが質問です。ご自身で折り紙の折り鶴を作ったとします。それを売り出すとしたら、いくらの値段を付けますか? 「だいたい〇円かなぁ」と心の中にメモをしてみて下さい。そして、次の質問。今度は他の人が折った折り鶴を買うとしたら、いくらなら払ってもよいと思うでしょうか?
こんな心理テストがアメリカで実際に行われました。結果は、自分の折り鶴は20セントで売り出したい。でも、他の人の折り鶴に支払うのは、せいぜい5セント。じつに4倍も差がついたのです。要するに、「ひと手間」かけたものには愛着が湧いて、自分の中で価値が高まるということです。この実験を主催した研究者はこのような心のはたらきに「IKEA効果」と名付けました。IKEAは、あの家具のIKEAです。何の変哲もないシンプルな家具が、自分で組み立てるという「ひと手間」をかけることで、世界に一つしかない価値あるものになることを指しています。「言われてみれば、たしかに……」と納得する方も多いでしょう。
冒頭の折り鶴の質問に戻りましょう。ここまでお読みいただいたあなたも、ご自分で折った折り鶴には、他人のものよりも高い値段を付けたのではないでしょうか。でも、よく考えると不思議です。仮に自分の折り鶴と他人の折り鶴をごちゃ混ぜにして、どれがどれか分からなくなってしまったとしたら、価値は一緒のはず。それなのに、なぜ私たちはこんなにも自分がひと手間かけたものに価値を感じるのでしょうか。この謎を解く鍵がこの連載のバックボーン、進化心理学です。
真面目さをアピールする
「進化」というキーワードでピンと来た人もいると思いますが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまいます。では、時計を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時の人類にとって生き延びるために大事なことは、なんといっても群れで生活すること。狩りをするにも猛獣から身を守るにも、一人ではどうにもなりません。なので、群れの中で認められて、その群れに所属することを許されることが何よりも大事です。
では、どうやって群れの中で認められるか? 狩りが得意な人、食べられる野草の知識を持っている人など、才能がある人は簡単です。実際、現代の会社の中にもいるでしょう。「アイツはすごい」と周りからの称賛を簡単に得られるような人物が。でも、特別な才能を持たない「普通の人」たる私たちは、そうはいきません。だとしたら、「真面目さ」をアピールして周りから認められたくなりませんか?
たとえば、狩りに使う弓矢の整備を一生懸命やる。あるいは、野草の知識を持っている古老に夜な夜な話を聞いて、知識の吸収に努める。そんな行動を続けているうちに、気づけば周りから認められています。「アイツは特別な才能はないけれど、地道に努力して群れに貢献するヤツだ」、と。そんな行動を代々続けて、現代に至るまで淘汰をくぐり抜けてきたのが私たちですから、ひと手間かけたものに愛着を感じるのは当然です。なぜならそれは、私たちの真面目さで貢献した結晶であり、群れに受け入れられた証なのですから。
ひと手間かけるのが正解
実は、昔の人類のことを知らなくても、私たちのこのような心のはたらきに気づいている人は、賢く商売に活かしています。たとえば、ホットケーキミックス。もともとアメリカで発明されたときには、粉を水でとくだけでホットケーキが出来るというものでした。便利そうでいいじゃない?と思いきや、これは人気が出ませんでした。もうお分かりの通り、私たちが持つ「ひと手間かけて真面目さをアピールしたい」という欲求にそぐわなかったからです。そこで、ホットケーキミックスを販売している会社は考えました。「水だけでなく、たまごや牛乳を加えるという手間がかかる商品にしたら売れるのでは?」、と。その結果、今では世界中で受け入れられている商品になっています。
あるいは、最近のヒット商品では、セブンイレブンの「クックイック」シリーズ。冷凍のチゲ鍋や火鍋ですが、よくあるアルミ製の容器に入って「火にかけるだけ」ではありません。パッケージに入った商品を鍋に移して加熱する必要があります。これも、私たちの「ひと手間かけて真面目さをアピールしたい」欲求を満たしてくれるものでしょう。そう言えば、2〜3年前には、「最高に面倒で、最高にうまいラーメン。」なんてのも発売されていました。
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えましょう。「ひと手間かける」という観点で筆者が注目しているのは、家事代行サービス。家の中の掃除や家事をプロフェッショナルがやってくれるというサービスで、上場企業もありますが今イチ日本では受け入れられていない気がします。それはそう、ですよね。プロが全てをやってくれたら、私たちの「ひと手間かける」という欲求が満たされないわけですから。そこで、発想の転換。あえて、「面倒くさい家事代行サービス」を提供する会社が現れたらどうでしょう?家事代行の便利さはありつつも、自分でも働かなければならないイメージです。このように、私たちの欲求も満足させてくれる会社があったら、その会社は業績爆上がりも期待できるのではないでしょうか。
※この記事は2025年4月25日発行のジャパニーズインベスター125号に掲載されたものです。
※本稿は投資に関する基本的な考え方を解説するために作成されたものであり、実際の運用の成功を保証するものではありません。実際の投資は、ご自身の判断と責任において行ってください。

木田 知廣
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。