コンプライアンス
文/片桐 さつき
今年の年初に放送された某番組のドラマで、昭和時代と令和時代の感覚のギャップに焦点を置いて描いたものがあった。筆者は昭和世代のど真ん中であるため、ある意味昔懐かしい時代を思い起こしながら、「あー…この発言は今の時代ではアウトだなぁ」と笑いながら令和視点で視聴していた。昭和のアイドル沢田研二も「ききわけのない女の頬を 一つ二つはりたおして 背中を向けて煙草をすえば それで何もいうことはない」と歌って人気を博していたが、これを今の時代で耳にすれば、「何もいうことがないわけないだろう!」と詰め寄る女性も少なくはないだろう。
一方で、「あの頃は今より人との対話が気楽だったよな」と目を細めて懐かしく思う昭和同世代もいるであろう。しかし、現在の企業にとってみれば「昭和時代の感覚での気楽」は大問題だ。なぜなら、社員の不適切な発言や行動が、企業価値を著しく棄損させるリスクとして想定されるからである。こうしたリスクを低減させるために、多くの企業が取り組んでいるのが「コンプライアンス」である。コンプライアンスとは、「法令遵守」のことであり、法令や社会的なルールを守ることを指す。ただし、このコンプライアンスという言葉が持つ意味は年々広くなっており、もはや「法令や社会的なルールを守れば良い」というものではなくなっている。企業理念や行動規範に沿って、いかに社会からの要請に適切な対応を取れるのか、こうしたニュアンスがコンプライアンスという言葉に多分に含まれているのが現代のコンプライアンスであろう。さらに、SNSが普及した現代においては、企業にとってネガティブな影響を与える情報が簡単に広く拡散されてしまう時代である。昨今こうした倫理観に欠けた行動・発言がニュースなどで取り沙汰されることも多くなり、企業にとってコンプライアンスは重要な取り組みとして認識される時代になっている。
それでは企業はリスクヘッジのためにどのような取り組みを実施しているのか。多くはコンプライアンス研修の実施や行動規範の策定、相談窓口の設置など教育・啓蒙の視点から様々な取り組みを行っており、そうした活動を自社のサステナビリティサイトや統合報告書などに記載している。しかし、その取り組みがリスクヘッジとして有用なのか否かは、正直判断が難しいと筆者は感じている。何度研修を実施しても、それが自分ごととなり行動変容に繋がらなければ、不適切な行動・発言は根絶できないと考えるからだ。なぜコンプライアンスマニュアルを何度も読まなければいけないのか?多忙を極めている中でなぜeラーニングに時間を割かなければいけないのか?コンプライアンスに向き合う社員のマインドは決してポジティブではないだろう。社会からの要請に対する適切な対応はそれぞれの役職によって異なるはずだが、全社員が同様の内容でコンプライアンス教育を受けているとすれば、それも問題である。
有用な取り組みにするためにここで活用すべきは、企業理念やパーパスなのではないかと筆者は思う。コンプライアンスを遵守することは手段であり、なぜそれを行うべきなのかという目的は、自社の存在意義が示されている企業理念やパーパスに示されているのではないだろうか。お飾りのコンプライアンスマニュアルが存在しているだけでは、リスクヘッジにはならないのである。皆様の投資先がどのような取り組みをしているのかは、前述したサステナビリティサイトや統合報告書などでご確認いただけるだろう。コンプライアンスについて記載がない企業はお話にならないが、活動報告が掲載されているのであれば、企業理念やパーパスなどへの繋がりなどを見ていただくと、その活動の有用性が判断できるのではないだろうか。
※この記事は2024年7月25日発行のジャパニーズ インベスター122号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱宝印刷D&IR研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。