健康経営
文/片桐 さつき
皆さまは「ボッチャ」という競技をご存知だろうか。パラリンピックの正式種目であることもあり、耳にしたことがある人も多いだろう。ボッチャは年齢や性別、障がいの有無にかかわらず全ての人が公平に楽しめるヨーロッパ生まれのスポーツだ。筆者もその存在の認識はあったものの、実際にプレーしたことはなかった。だが、とあるきっかけで筆者が暮らす市で開催されるボッチャ大会に突如選手として参加することになった。超がつくほどの初心者であるため、まずは他のチームのプレーを見ながらルールを理解するところから始めたのだが、お察しの通り、結果は目も当てられないほどの惨敗だった。しかし、なんとも楽しかったのだ。全ての人がこれほど隔たりなく平等に競い合えるスポーツはなかなかないだろう。まさに百聞は一見に如かず、である。筆者よりはるかに得点を稼げる場所にボールを投げる人生の先輩方にうっとりしながら、このスポーツの奥深さに感心するばかりだった。
この大会が開催された市では昭和49年に「スポーツ都市宣言」をしている。他の都市と比較してもかなり早い時期に宣言をしたのではないだろうか。この宣言の狙いは、スポーツを通して市民の健康と体力の向上を図る、というものだ。昨今では企業においても同様の取り組みが見られ、「健康経営」を宣言する企業が増えている。これは日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つである。この取り組みを推奨している経済産業省は、「健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」と定義しており、その効果として「従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待される」としている。つまり、健康経営を推進すると従業員の生産性が向上し株価も向上するだろう、ということだ。
厚生労働省保険局の「コラボヘルスガイドライン」に興味深い情報が掲載されている。米国のとある金融関連企業における従業員の健康関連コストの全体構造なのだが、最も多いのは医療費ではなくプレゼンティーイズム(presenteeism)だとしている。プレゼンティーイズムとは、従業員等が職場に出勤はしているものの、何らかの健康問題によって生産性が低下している状態のことで、本来期待されているパフォーマンスが100%発揮されていない状態を指す。つまり、企業にとっては健康関連のコストが高くなっている状態である、ということになる。労働安全衛生法に基づき、医師による健康診断を年に1度は従業員等に受診させなくてはならない、という義務が企業にはあるが、これだけではプレゼンティーイズムの状態になるのを防ぐことはできない。これを防ぐためには、企業がより積極的に従業員等の健康増進に対して施策を考え導入する(投資する)必要があるということだ。企業にとっても、そして従業員等にとっても、結果的に株主にとってもメリットがある取り組みと言える。
経済産業省はこうした健康経営を推進している企業の中でも、特に優れた取り組みを行っている企業を「健康経営優良法人」として認定する制度を2016年度から設けている。認定された企業の上位法人には「ホワイト500」の冠が付与される仕組みだ。皆様の投資先が認定されているか否か、そして従業員等の健康に対してどのような投資がされているのかは、統合報告書やサステナビリティサイトの従業員に関するコンテンツを見れば把握できるだろう。開示されている従業員等の健康に関する取り組みに「戦略」という文脈がきちんと見えるかどうか、皆様の投資先を「健康」という側面から診断してみてはいかがだろうか。
※この記事は2024年1月25日発行のジャパニーズ インベスター120号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱宝印刷D&IR研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。