パワハラ
文/木田 知廣
※この記事は2024年4月25日発行のジャパニーズインベスター121号に掲載されたものです。
後を絶たないパワハラ
パワーハラスメント(パワハラ)による事件が絶えません。福岡・宮若市では市長によるパワハラ疑惑で聞き取り調査がなされています。あるいは、宮城県ではパワハラを苦にした県立高校勤務の女性教師が亡くなるという痛ましい事件が起こりました。企業の中でも、日常的にパワハラを目にすることもあるでしょう。
でも、不思議と言えば不思議です。世の中で「反パワハラ」の動きは明確。企業にパワハラ対策を義務化する、いわゆる「パワハラ防止法」は2022年4月から施行されました。しかも、最近のSNSの状況を見れば、マスコミ沙汰になったときのダメージは甚大です。それなのに、いまだにパワハラをしてしまう人が引きも切らないとは…。
これを説明するのが、「自己奉仕バイアス」という人間の心のはたらきです。要するに自分に都合のよい解釈をしようというもの。成功したときには自分の能力が高いおかげと誇り、失敗したときには「運が悪かった」、「機械がうまく動かなかった」など他人のせいにするのです。ちなみに、「バイアス」は日本語では「偏り」を意味し、普通とはちょっと違う性質を指しています。
もちろん人間である限り自己奉仕バイアスは誰も持ちますが、パワハラをしてしまう人は、これが極端に強いのでしょう。実際、ある心理学の研究で、過去2年間にパワハラで訴えられたことがある管理職にアンケートをとった結果が唖然とするもの。なんと、9割が「これまで誰に対してもパワハラしたことがない」と回答したとのことで、明らかに自己認識に偏りがあると分かります。
では、なぜそんな人間が生まれてしまったのか? その謎を解く鍵が本連載のバックボーン、進化心理学にあります。
自分に優しい人が生き延びる
「進化」というキーワードでピンと来た人もいると思いますが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまいます。
では、時計を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時の人類は狩猟・採集の生活でしたから、食糧確保が最大の関心事でしょう。そのような中、たまたまおいしい木の実を見つけたとします。当時は群れで生活していましたから、本当は持ち帰って仲間とその木の実を分かち合うべきです。でも、それでは自分の取り分が小さくなってしまう。そこで、自分に言い聞かせます。「この木の実を見つけることができたのは、オレ個人の実力だ!」と。その勢いのまままるごと一人で食べてしまえば、栄養状態満点で、厳しい時代を生き抜いていくことができるでしょう。
今度は狩りに出かけて、獲物が捕れなかったときを考えてみましょう。そんなとき、「自分には狩りのスキルがないのでは?」と凹んでしまう人はダメ。自信喪失で次に狩りにでることすらおっくうになってしまいます。そうではなく、獲物が捕れないのは、「天気が悪かったせい」、あるいは「石オノの作りが今イチだったせい」と、自分以外の「何か」のせいにして、気持ちを切り替えて翌日狩りに出かけるのが正解です。
そんな考えを持つ人間が生き延びて次世代に遺伝子を残した結果、今に生きる私たちも、「木の実を見つけたのは自分の実力」、「獲物が捕れないのは人のせい」という自己奉仕バイアスを持つようになったのです。
実際に筆者も、自分自身で自己奉仕バイアスに陥っていると思うことはあります。たとえば、大事な商談でプレゼンテーションをするとき。うまく受注できたときには、「ひょっとしたら、オレ、プレゼンの天才かも」と鼻高々。逆にうまくいかないときは、「お客様の要望が曖昧なんだよな」、聞き手が分かってないんじゃないか」と他人のせいにしてしまいます。読者の方の中にも、「自分もそういうところ、あるかも…」と思う人も多いでしょう。
ちなみに、パワハラという観点では、外向的な性格の人は要注意です。実は、パワハラをしがちな人の性格特性の研究がなされています。仮の結論として、協調性が低く、正直さ(謙虚さ)が低く、外向性が高い人がパワハラしがちと報告されています。パワハラと聞くと、薄暗い部屋で上司と部下が向き合って、ネチネチといじめるイメージだったのですが、現実にはそういうものではないのでしょう。むしろ、自分の感情や言いたいことをそのまま部下にドカーンとぶつけてくる、そういう人が危ないのだそうです。
パワハラで株価が落ちる
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えてみましょう。それがズバリ、パワハラをしない・させない会社の株を買うことです。だって、パワハラがマスコミ沙汰になったときには株価が落ちることもありますからね。やや旧聞になりますが、2020年12月に週刊文春によって、ある会社の社長によるパワハラが報道されました。すると、その会社の株価は1日で8.48%も下がってしまったのです。
逆に、組織としてパワハラ防止に本気で取り組んでいる会社の株ならば、このような悲劇を避けることができそうです。では、どんな企業が社員のパワハラ対策を行っているか。ひとつのヒントになるのが厚生労働省の「あかるい職場応援団」であると筆者は考えています。この中の「他の企業はどうしてる?」というコーナーでは、さまざまな企業におけるパワハラ防止の取り組みが紹介されています。その数なんと38社(2024年4月時点)。中には会社名を公表している記事もありますから、そのような企業はパワハラによる株価下落を避けることができるかもしれません。
もちろん、投資は自己判断です。今回の話題の「パワハラを避ける」だけが株を選ぶ基準ではありませんが、ひとつの参考にしていただけると幸いです。
参考文献
津野香奈美著『パワハラ上司を科学する』(筑摩書房 2023年刊)
【著者プロフィール】
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。