聞き上手
文/木田 知廣
※この記事は2023年4月25日発行のジャパニーズインベスター117号に掲載されたものです。
チップを多くもらえたのは?

突然ですがクイズです。アメリカのウェイトレスさんがチップをより多くもらうための実験をしました。アメリカの飲食店ではチップを払うのが常識ですが、その金額はお客様が決めます。接客に満足した人は相場より高く払ってくれるので、いかに満足してもらうかがウェイトレスさんの工夫のしどころ。その一人であるスーザンは、注文を受ける際の会話でお客様の言葉を一語一句そっくりそのままオウム返しにしました。一方、カレンは少しだけ言い回しを変えて復唱しました。チップを多くもらえたのはスーザンとカレンのどちらでしょうか?
正解はスーザン。なんとカレンよりも70%も多くチップをもらえたそうです。おそらくスーザンと話したお客さんは、「この人は聞き上手。私の話をちゃんと聞いてくれているな」と感じて、それが感謝の気持ちとなってチップの多さに表れたのでしょう。ここから見えてくるのは、人間というのは「ちゃんと話を聞いてくれる人に向かって話をしたい」という根源的な欲求があるということです。
「え~、私そんなおしゃべりじゃないけどなぁ…」と思った方もいるかもしれません。でも、前述の話は分かりやすくスーザン、カレンとしましたが、実際のところは何人もの人が協力して実験したので、偶然ではなくちゃんと検証された心理学の結果です。
そうするとますます不思議。なぜこんなにも人間は「話したい」という欲求が強いのでしょうか? これを解くカギが本連載のバックボーンとなる理論、進化心理学です。
情報交換がキモ
「進化」というキーワードでピンと来た人もいると思いますが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまうことになりますね。
では、時間を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時は食料を手に入れるのに狩りや採取に頼っていたでしょうから、生き延びるだけでも一苦労です。何せ人類は牙もツメもありません。獲物を狩りにいったつもりが、逆に猛獣に出会ってパクリと食べられてしまうなんてことが日常的にあったでしょう。
これを乗り切るために必要不可欠なのが情報です。「あそこには獲物がたくさんいる」、「こういう狩りの仕方が一番効果的だ」、「猛獣に出会ったら死んだふりをしてもダメで、目を合わせないようにあとずさりで逃げる」など、知れば知るほど生き残る確率が高まります。
そして、その情報を群れで共有することが大事。文字もないし言葉だって原始的ですから、一人の人間が知ることができる情報はたかがしれたもの。でも、群れの中で情報を交換して、全体として知識を共有する。親から子へ伝えて、世代を超えて蓄積する。これが淘汰をくぐり抜けるキモだったのです。
逆にどれだけハンターとして優れた人でも、情報交換しない人はダメ。たとえば狩りの途中でお腹がすいて、手近な食べられそうな木の実をパクッと食べたら毒入りだった、なんてことが起こります。ちゃんと木の実の採取が得意な人と情報交換をしておけばよかった…と思っても後の祭り、次世代に遺伝子を残すことはできなくなってしまいました。
そんな状態が何世代にもわたって続いた結果が現代に生きる私たちです。それは「話をしたい」という根源的な欲求があるのも当然です。ちなみに、最初の方に出てきた、「私はおしゃべりじゃない」と思った方も、家族や親しい人との会話が盛り上がるのはお好きなのではないでしょうか? ひょっとしたらそれは、運命共同体である群れの中の人間とは情報交換したいけれど、食料を取り合う群れの外の人間とは話をしたくない、そんな太古の時代の名残なのかもしれません。
「聞き上手」な企業
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えてみましょう。それはズバリ、「聞き上手」な企業を見つけることです。冒頭のスーザンとカレンの話を思い出してください。お客様の言葉を一語一句繰り返したスーザンは、お客様から「聞き上手」と思われてチップを多くもらえました。同様に、お客様の意見にしっかりと耳を傾ける企業は、これから業績が伸びていきそうです。
たとえば筆者は最近あるインターネットのサービスで、運営会社に要望を出しました。「こういう機能があると、もっと使いやすいんですけどねぇ」と。正直なところは軽い気持ちで、「とりあえず言ってみた」ぐらいの勢いだったのですが、なんと翌週にはその通りに機能を変更してくれました。「おぉ、なんていい会社なんだ!」とファンになったことは言うまでもありません。
世の中でも気をつけて見てみると、「聞き上手」な企業はたくさんあります。たとえば筆者が知っているところでは、無印良品を運営する株式会社良品計画。IDEA PARKというコミュニティがインターネット上にあって、お客様からの意見を商品開発や改良に採り入れています。ここで交わされている情報交換、つまりお客様の要望と会社側の回答は、登録しなくても見ることができるので一見の価値あり。要望を出したお客様は、「ちゃんと意見を聞いてもらった」と感じて、ファンになることが多いだろうと想像できます。
もちろん投資は自己判断ですし、今回のテーマの「聞き上手」だけが選ぶ基準ではありませんが、ひとつの参考にしていただけると幸いです。
【著者プロフィール】
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。