リスク
文/片桐 さつき
皆様は「リスク」と聞いて、どういう印象を抱くであろうか。リスクを日本語にすると「危険」とされ、日本証券業協会では「金融商品におけるリスクとは、リターンの振れ幅があること」とされている。どちらにせよ、あまり良い印象ではないであろうが、「危険」を回避するために、リスクを認識して何かしらの手を打つことが重要になる。例えば人間ドックや健康診断は、自身の健康資産(ヘルスアセット)の毀損を回避するための重要な対策だ。可能な限り健康な状態で長生きしたいのであれば、自身の体を1年に1度は専門家にチェックしてもらい、はじき出された結果にうなだれることなく健康寿命の延伸に自ら努力していく必要がある。これは自身の健康資産を毀損することなく保守していく上で、とても重要なリスク対策のひとつであろう。
これは企業も同じである。当然ながら、企業が事業を営む上でノーリスクであることはあり得ない。永遠に優秀な人材を雇用し続けられる保証などないし、コロナ禍において明白になったようにマーケットが何かしらのきっかけで大きく変化することもある。こうした様々なリスクが企業には山ほど存在しているのだ。とはいえ、前述したようにリスクが分かっていれば、手を打つことができる。故に、リスクを回避・極小化できるかどうかは、企業が自社のリスクをどうマネジメントしていくかにかかっている。リスクマネジメントは、個人の人間ドックや健康診断と同様に、足元の短期的な状況を鑑みるだけではなく、中長期的な視点からリスク要因を炙り出し、足元から対策を講じることが必要になる。
こうしたリスクマネジメントを皆様の投資先の企業がどのように行っているのか、王道の方法でチェックしてみるとしよう。企業がどのようなリスクを認識し、それを回避するためにどんな対策を講じているのかは有価証券報告書の「事業等のリスク」に記載がある。読者の皆様がリスク情報を知ろうとする際に注意すべきは、その記載内容だろう。よく見かけるのは、為替リスクや感染症リスクなど、どの企業でも想定できそうなレベルのリスクが単純に羅列されているパターンだ。投資家であれば容易に想定できるリスク要因の羅列は、一体誰のために情報開示をしているのか、正直首をひねるばかりである。例えば、その不確実性の事象がどの程度の頻度で起こりうると考えているのか、もし起こった時に自社に与える影響度合いをどのように考えているのか。それらによってリスクの重大性は変わってくるし、山のようにあるリスクの中からどれを優先して対策をとるのか、その対応速度も変わってくる。皆様の投資先のリスク開示で、こうした具体的な開示があるかどうかをまず見ていただきたい。もし有価証券報告書に記載がなければ、ウェブサイトや統合報告書内で開示があるか見てみると良いだろう。リスクマネジメント体制、リスクが自社に与える影響度や発生確率に対する考え方、さらにはリスクが発生するとされる想定時期や対応策の開示まであれば、継続した投資を検討できる優秀な企業である証だ。
リスクと聞くと弱みをさらけ出すイメージもあるが、的確な対策を講じられれば強みにも成り得る。不確実性のある事象を企業が認識していることが重要であり、それを投資家と共有することはむしろ企業にとってメリットであるはずだ。読者の皆様にはご自身のお体をご自愛されつつ、投資先のリスク開示を見て、不足と感じれば専門家としてリスク開示の要求をしていただきたいと思う。
※この記事は2022年4月25日発行のジャパニーズ インベスター113号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱ディスクロージャー&IR総合研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。