人口が減少する日本に残された活路! インバウンドこそ、最強の〝新規事業〟
ドン・キホーテグループ インバウンドプロジェクト責任者
株式会社ジャパンインバウンドソリューションズ 代表取締役社長
中村 好明氏 Yoshiaki Nakamura
1963年、佐賀県生まれ。上智大学卒業。2000年(株)ドン・キホーテ入社。広報・IR・マーケティング・新規事業の責任者を経て、08年7月、社長室ゼネラルマネージャー兼インバウンドプロジェクトの責任者に就任。13年7月、(株)ジャパンインバウンドソリューションズを設立、その代表に就任。ドン・キホーテグループに加え、国・自治体・民間企業のインバウンド分野におけるコンサル業務、教育研修事業、プロモーション連携事業に従事。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学客員教授。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所)、『インバウンド戦略──人口急減には観光立国で立ち向かえ!』(時事通信社)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社)。
世界市場のインバウンドでは地域を主語にした戦略が必要
── 中村社長がインバウンドに関わるようになったきっかけは?
本格的なインバウンド時代の到来に備え、2008年7月1日に「ドン・キホーテグループ インバウンドプロジェクト」が立ち上がりました。その中で、戦略的に、ドン・キホーテ全店舗でインバウンドに取り組むことが決定しました。5年後の2013年7月1日に、株式会社ジャパンインバウンドソリューションズが設立され、私は責任者に就任しました。それまでの5年間、私はインバウンドに取り組んできましたが、インバウンドは単独ではできないということを痛感していました。世界の観光客を集めるために、例えば、地方にあるドン・キホーテ各店が、「ドン・キホーテですよ」と言っても集客はできませんよね。特に地方都市は地域連携が必要です。その地域の魅力を発信していくためには、官民が連携した、地域丸ごとのインバウンド戦略が不可欠です。それはドン・キホーテの中では限界があるということで、ジャパンインバウンドソリューションズを設立しました。ドン・キホーテを主語にするのではなく、その地域を主語にしたインバウンド戦略を、持続可能なかたちでビジネスとしてやっていこうと考えたわけです。
インバウンド戦略として手がけてきたのが、新宿インバウンド実行委員会、横浜インバウンド実行委員会などです。
競合する国内市場とはまったく違うマーケット
── 競合している地域の方たちがインバウンドに取り組んでいる様子はどうでしたか。
国内マーケットにおいては、直接的な競合関係にあります。けれども、インバウンドというのは、世界が市場ですから、そこに点でアピールしても、限界があります。届かないのです。そのためには、力を結集して、情報の塊としても発信しなければなりません。また、訪日客の受け入れにも連携が必要です。
我々も海外に行ったときはそうですけれども、訪日客の皆さんは、買い回るわけです。1つのお店では満足しません。せっかく時間とお金をかけて来ていますから、あれもこれもと見て回りたいわけです。しかし、訪日客の人たちには言語の壁もありますし、情報の壁もありますから、地域が連携しない限り、誰もハッピーになれない、全く違うマーケットだと言えます。
地域再生のきっかけになるインバウンドへの取り組み
── 実際にそれに取り組んでみて、どのような変化が起きましたか。
例えば、新宿地区では13の商業施設がタッグを組んで、5つの言語で冊子を作っています。2014年の春節ウィークのインバウンドの売上は、ドン・キホーテの全国平均の伸びは前年比300%増でしたが、新宿地区の店舗では同400%増でした。つまり、連携による相乗効果が生まれているのです。
訪日客目線で見てみますと、各社あるいは各店舗単独のチラシであれば、そのお店にしか行きません。しかし、地域が連携してつくった冊子の中には、その地域全部があるわけです。これを英語、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語、タイ語というかたちで5種類つくり、全世界に配布しました。
こうした取り組みを1社でやろうとすると、膨大な資金がかかりますが、連携することで1社当たりの投資は限定的なもので済みます。また、海外へのプロモーションに関しても、海外での旅行博に出展するなどして、アジア15都市でプロモーションをしています。このようなことも単独ではできません。発信力の次元が違ってきたということです。それを積み重ねていくことは、海外での積み立て貯金のようなものです。すぐにリターンがあるわけではありませんが、無限の可能性のある市場だと考えています。
もう1つ、回を重ねてくる中で、地域の定例会での意識にも変化がみられるようになりました。最初は、多言語のフリーペーパーということで、「お金を払っているのだから、もっとうちのスペースを」というような意識がありました。しかし、そうではなくて、これは地域への奉仕であると考えるようになりました。新宿のブランディングができて、新宿に来る訪日客の皆さんの絶対数が増えてくれば、そこから皆さんの器にも必ずあふれ出しますよと。そのようなことを皆さんに体得していただいています。
民間が主導する官民連携がインバウンドの隆盛を導く
── このような取り組みに対して、官の側の反応はどうですか。
財政的な支援は受けていませんが、実行委員会の会場は、新宿区役所の施設を提供してもらっています。また、オブザーバーとして毎回参加してもらっています。民だけでは、まとまり切れない部分もありますから。また、意見がかみ合わなかったときに調整をしていただいています。それから、新宿の公的な写真素材などを使わせていただくこともあります。官民連携というのはスピードアップとアライアンスの強化につながります。
これまでのインバウンドは、行政中心、補助金中心で、そこに民間がついてくるインバウンドでした。それが、民間が主導して、行政がサポートに回るようになったわけです。それこそが今のインバウンドの隆盛を導いてきていると思います。これからもさらに繁栄させていくためには、その意識をみんなが持たなければならないでしょう。
インバウンド専門部署の創設と長期専任の人材を確保すべき
── さらに推進していくための方策はありますか。
これからインバウンドを推進していくために、もう1つ重要なことは、企業の中に専門の部署を置くことです。これがない企業が多いのです。インバウンドという新規事業と、これまでの既存事業を分ける必要があります。
7年前、インバウンドのプロジェクトの責任者になってまず感じたのは「何て素晴らしい新規事業だろう!」ということでした。インバウンドは最強の新規事業であり、これほど投資効果の高いものはないと考えます。新規事業を立ち上げるときに必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」について、既存の店舗を全て利用することができます。ですから、リスクが最小化されています。
その一方で、新規事業であって、既存事業ではないことがポイントです。訪日ブームの中で、多くの企業は、インバウンドを既存事業の延長でしか捉えていません。ですから、インバウンドに関しては、「来たら何かやろう」という考え方です。しかし、インバウンドは新規事業ですから、投資が必要です。投資が無い限り、リターンもありません。
また、海外とのつながりが必要ですから、人への投資は重要です。日本では担当者が、行政も民間もよく変わりますが、アジアの人たちは7年前に最初に取り組んだ人たちが、今も全く変わっていません。日本側は、その大半が変わってしまっています。そのおかげでドン・キホーテが今のアドバンテージを有しているのです。
私はインバウンドを新規事業として捉えましたので、必要だと思うことに大胆に先行投資をしてきました。例えば、「ようこそ!カード」によるインバウンドの集計システムの構築、全店での多言語放送システムや「音声ペン」の導入、多言語のホームページの作成などに取り組んできました。
── ただ、通常に比べると、投資額としては少ないですよね。
圧倒的に少ない投資で済みますし、圧倒的に大きなリターンがあります。しかし、専門の部署がないと、例えば、国内のイベントがあったりしますと、インバウンドはおろそかになってしまいます。けれども、新規事業を、やったり、やらなかったりということでは、芽が出るはずがありません。ですから専門部署が必要なのです。部署がなくても、専任を置けばいい。専任が無理なら、兼任でもいい。けれども、明確に「君はインバウンドの担当だよ」と。
──そうすると、責任の所在も明確になりますね。
そうです。また、専任がいなくて、担当がコロコロ変わるようでは、海外の担当者が誰と話していいか分かりません。すると、積み上がっていかないのです。
国内市場の穴埋めではなくプラスαで戦略的に儲ける
── 担当が変わると、またイチから始めるという感じになりますね。
そうです。既存事業の場合は、システムや組織ができていますから、それでも回ります。しかし、インバウンドは新規事業ですから、新規の組織、専任スタッフを置いて、不退転の気持ちで取り組まない限り、大きな成功はありません。
もう1つ申し上げると、インバウンドに過度に依存するのは危険です。今はたまたま円安基調ですが、過去の循環をみてみれば、また円高の時代が来るでしょう。また、いろいろな国際的なリスク、例えば、国際的な事件や大きな景気変動等もあります。国際観光市場は非常に脆弱なマーケットです。だからこそ新規事業として別部門をつくるべきなのです。国内市場をおろそかにして、インバウンドで穴埋めをするという考え方では、不安定な、脆弱な企業体質になりかねません。
── もちろん国内市場にも力を入れていくけれども、プラスαとして、新規事業としてインバウンドがあると。そこでさらに売上を伸ばしていくことで、全体としての売上が上がるということですね。
そうです。世界のいろいろな変動に一喜一憂するのは、既存業態の延長で考えているからです。アジアでは、今後数十年にわたって国際観光市場が伸びていくといわれています。ですから、未来戦略として中長期のビジョンを持ち、インバウンドという新規事業に取り組むことが大切なのです。