投資にもルーチン
木田知廣/作 野村俊夫/画
マネーカレッジ代表 木田 知廣
(Profile)
きだ・ともひろ。ラジオ出演や執筆で活躍する他、ストーリーを駆使して面白く投資を学ぶセミナーが人気を博している(サイト上から先着順で申込可能)。http://www.money-college.org
五郎丸さんの「あの」ポーズ
ラグビーのサンウルブズ、がんばって欲しいですね。
え? 何それ? なんて切ないことを言わないでください。ラグビーの世界最高峰、スーパーリーグに日本からチャレンジしているチームです。せっかく昨年のワールドカップで盛り上がったラグビー人気を継続するためにも、応援を表明したいと思います。もっとも、ワールドカップで大活躍した五郎丸歩選手は参加していないのでちょっと残念ですが。五郎丸選手は、キックを何本も決めた雄姿とともに、蹴る前の独特のポーズは今も私たちの心に焼き付いていますからね。
ちなみにあれ、スポーツの世界では「ルーチン」と呼ばれて、パフォーマンスを上げる効果が検証されているそうです。大観衆の前での試合では、いわゆる「アガる」状態、つまり心臓バクバクで平常心を失いがちですが、ルーチンで毎回決まりきった動作をやることによって感情のコントロールができるのだとか。考えてみれば、五郎丸選手だけでなく、野球のイチロー選手やゴルフのタイガー・ウッズ選手など、他のスポーツでも一流と呼ばれる人は独特のルーチンを持っていることに気付きます。でも、不思議ですよね。なぜ、「決まりきった動作」をすることが、そこまで心理面に影響を与えるのか。こんな疑問を読み解くため、「心のメカニズム」を考えてみたいと思います。
心も進化を遂げてきた
「心のメカニズム」というのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、動物の進化を考えるとピンと来ます。生物誕生ははるか35億年前にさかのぼりますが、そのころの生き物は何かを食べて排泄する消化器官だけという、ほぼ「一本の管」みたいな単純なもの。それが気の遠くなるような時間をかけて進化を積み重ねて、今の私たち人類のような複雑な体を手に入れました。その過程で重視されたのが、「生き延びること」。ガラパゴス諸島の鳥が有名ですが、その島での食べ物に応じてくちばしの形が変わっていったというのが体の進化です。その時々の状況にもっとも「適応」できた種が生存の確率を高めて次世代に遺伝子を残すことができるのです。
この連載のバックボーンをなす心理学の新潮流、「進化心理学」では、肉体的な器官だけでなく、心も進化を遂げたと考えます。最初はそれこそ感情なんてなかった単細胞生物から始まり、今や私たちは喜怒哀楽など多種多様な感情を持つようになったとの仮説です。もちろん、その過程で重要視されたのは同じ「生き延びること」。より生存の確率を高めるために、心には「メカニズム」が備わってきたと考えます。たとえば、誰かと一緒にいることに喜びをおぼえるという感情。人間に備わっているのは当たり前すぎて気付かないかもしれませんが、このような感情があるからこそ集団で「群れ」を形成することができ、生存の確率を高められます。特に人間は太古の時代は肉体的な弱者でしたから、狩りをするにも猛獣から身を守るにも、一人ひとりでは限界があります。集団生活をすることで、生存の確率を飛躍的に高めることができ、今の私たちに至るまで遺伝子が引き継がれています。ひょっとしたら原始生物の中には、この喜びという心のメカニズムを備えていなかった種もあったかもしれませんが、群れを形成できずにいたために、進化の途中で淘汰されてしまったのでしょう。
恐れや怒りという一見ネガティブな感情だって同じです。太古の時代に狩りをしていたら猛獣に出会ってさぁ大変。ここで、恐れという心のメカニズムを通して体に一気に変化が表れます。アドレナリンを放出して心臓の脈拍を上げて体を最大限まではたらかせ、なんとか猛獣から逃げ出すことができるのです。もしも、猛獣を見ても恐れが起こらないような人間がいたとしたら、たとえ逃げようとしても心臓のはたらきが平常運転のままで、結局は追いつかれてパクッと食べられてしまいそう。
こう考えると、体の進化の過程と心の進化の過程はシンクロしてきたという想像も成り立ち、感情に影響を与えるのには、言葉よりも顔の表情よりも、体の動作というチャネルがいちばん効率的というのもうなずけます。逆にいえば、「言葉」というのは人間がかなり進化してから獲得したものですから、太古の時代にできた「猛獣を見たら心臓バクバク」という心のメカニズムに与える影響は弱そうですね。迷信で「人」という字を手のひらに書いて飲み込むなんてのがありますが、あれ、効いた試しがありません。
ところが、このように太古の時代には有効に作用した「心のメカニズム」が、複雑な現代社会では「誤作動」してしまうこともあります。だって、考えてみてください。太古の時代の心臓バクバクで猛獣から逃げるのは、極めて単純です。ところが、ラグビーだったら楕円形のボールを蹴って数十メートル先のポールの間に通すという複雑動作。ラグビーのゴールのポールとポールの間の距離は5.6mで、サッカーのゴール(7.32m)よりもふた周り狭い感覚ですから、かなりの「巧みさ」が要求されます。これでは、単なる心臓バクバクだけでは失敗してしまうのも当然で、体を通して平常心を取り戻す、ルーチンが力を発揮するのです。
バフェットの「あの」ポーズ
このような複雑な動作を正しくやらなければならないことは、投資も同じかもしれません。なにせかかっているのは命の次に大事なお金。これを失うかもしれないという恐怖が、太古の時代の心のメカニズムを呼び覚まし、どうしようもない緊張をもたらします。でも、投資の判断で心臓バクバクしてもしょうがないですからね。そんな時こそルーチンで平常心を取り戻せば、売り買いの判断に「巧みさ」を発揮できそうです。
ただ、ルーチンって、確立するのに時間がかかるそうなんです、本当のところは。ラグビー日本代表チームをサポートした荒木香織先生は、五郎丸選手と一緒に数年かけてあのポーズにたどり着いたのだとか。「え~、それじゃあ、すぐに役立たないの?」という方は、ちょっとした「近道」を考えてみましょう。投資の世界で有名な人がやっているポーズをそのままマネすれば、ひょっとしたら投資の達人になれるかも? たとえば米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏は、話す時に手の動きがとても豊かで参考になりそうです。画像検索するとバフェット氏の写真がたくさんでてきますが、手を体の前にかざして三角形を作るポーズなんて、なんとなく五郎丸選手を彷彿とさせて、そのまま投資する前に使いたくなるかもしれません。
【参考文献】
荒木 香織著『ラグビー日本代表を変えた
「心の鍛え方」』(講談社/2016年)
※本稿は投資に関する基本的な考え方を解説するために作成されたものであり、実際の運用の成功を保証するものではありません。実際の投資は、ご自身の判断と責任において行ってください。