不公平
文/木田 知廣
※この記事は2023年1月25日発行のジャパニーズインベスター116号に掲載されたものです。
隣の人にいくらあげる?
突然ですがクイズです。ある時あなたは1,000円をもらえるチャンスにめぐりあいました。ただし条件があって、その中の一部をお隣にいる人にあげる必要があります。あげる金額は1円でも900円でもかまいません。ところが、相手にも拒否権があって、あまりにも低い金額だと「ノー」と言って受け取りません。もし相手の人が受け取らないと、あなたはそもそもの1,000円を手に入れることができません。さあ、相手の人にいくらあげると提案するでしょうか?
こんなクイズを出すと、平均的には420円を隣の人にあげるという結果になるそうです。これはなんとなく分かります。自分が多めにもらいたいのは当然だけど、隣の人にあげる金額が少なすぎるとノーと言われて元も子もなくなってしまう…。五分五分よりもちょっと自分に得になるように、という判断が420円という金額から見えてきます。
ただ実はこれ、純粋にロジカルに考えると不思議なんです。だって、お隣の人の立場で考えてみましょう。たとえ1円でも、いきなりもらえればうれしいじゃないですか。ノーと言ってお金をまったくもらえないよりは、たとえ1円であってもイエスと言う方が得なのに…。
でも、実際のところは、物事を決めるのはロジカルさだけではないと言うことでしょう。お隣の人にしてみたら、たとえ自分が1円もらえても、あなたが999円をもらえると分かると不公平という感情が先立って、ノーと言ってしまうのです。ちなみにこのクイズ、世界中で行われていますが、だいたい似たような結果になっていて、要するに人間には「不公平を憎む心」があると確認されているのです。このような感情のはたらきを解き明かすのがこの連載のバックボーンとなっている考え方、進化心理学です。
不公平を憎む心
「進化」というキーワードでピンと来た人もいると思いますが、ダーウィンが提唱した動物の進化の考え方を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、人間の心も環境に合わせて適応していくとの考え方です。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまうことになりますね。
では、時間を逆回しして人類誕生の100万年前に戻って、淘汰されずに生き延びるためにはどんな心のはたらきが必要かを考えてみましょう。当時はピストルはおろか、弓矢やナイフなんてありませんから、野生動物の脅威は今とは比べものにならないほど大きなものです。そのような中で人類が生き延びるためには、群れをつくる必要があります。それも単なる烏合の衆ではなく、お互いに助け合う信頼で結ばれたグループが必要になります。
そのような信頼感を醸成するためには、お互いに公平を重んじる心のはたらきが必要になるのは言うまでもないでしょう。逆に言うと、自分の権利ばかり主張する人がいるとダメ。たとえば狩りでマンモスを捕ってきたとしましょう。「オレがマンモスへの一番槍だから、マンモス肉の9割はもらう。お前にあげるのは残り1割だけ」。そんな人ばっかりだったら、「ズルい!」と非難ごうごうで、群れはバラバラになってしまうでしょう。そうではなく、「オレがマンモスの一番槍だけど、もらうのは6割だけ。残りの4割はお前にあげる」という心のはたらきが、群れを維持するためには必要です。それが100万年前から現代に至るまで延々と引き継がれたわけですから、私たちが「不公平を憎む心」を持つのも当然と言えば当然です。
いや、実はこのような心のメカニズムを持つのは私たちだけではありません。なんと、不公平を憎む心はサルにもあるそうです。2匹のサルに同じ作業をさせ、ご褒美をあげるとします。その際、1匹のサルには好物のブドウをあげて、もう1匹にはキュウリをあげます。すると、キュウリをもらったサルは怒り出すそう。まるでそれは、「なんでアイツはブドウなのに、僕はキュウリなんだ!不公平だよ!!」と言わんばかり。しかも、このような傾向は群れで暮らすサルに顕著とのこと。たとえばオランウータンは遺伝子的に見ると極めて人間に近いのですが、比較的個人主義だそう。そうすると、この「不公平を憎む心」は比較的薄いのだとか。ということは、人類に進化する前のサルの時代から、群れを維持するためには「不公平を憎む心」が必要だったと言えるでしょう(※サルに関する調査はまだ発展途上で、研究者の間でも意見が分かれています)。
ESGというヒント
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えてみましょう。通常、企業は利益を最大化することを目標に運営されますが、それだけだと儲けすぎて「不公平だ!」と非難を浴びてしまいそう。自社の利益だけでなく、世の中に役立つような経営をしようという考え方も近年注目を集めています。それがESG。これは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもの。つまり、環境に優しく、社会をよくするためにも、社内の規律をしっかりしようという考え方です。
このESGの考えに則って世の中の企業をランキング化したり、指標をつくったりする取り組みもされていて、ランキングが高い企業ほど世の中の公平・公正に貢献していると考えられます。つまりは、私たちが持つ「不公平を憎む心」に合致するわけで、今後業績を伸ばすとも考えられるでしょう。実際、年金資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人でも、ESG指標に基づいた投資を行っているそうです。
ただ、実はこのESGは一筋縄ではいかない現状もあります。というのも、企業の中には活動が伴っていないのに、偽りの報告でESGのスコアだけを高くしようというところがあるから。実際、超大手金融機関のドイツ銀行が、ESGスコアを上げるために虚偽の報告を行っていた疑いで独当局の家宅捜索を受けるという事件もありました。したがって、ESGのスコアを参考にしつつ自分の目でしっかり選ぶことが、実際に株を買うときには必要でしょう。
【著者プロフィール】
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。