多様性
文/木田 知廣
※この記事は2022年10月25日発行のジャパニーズインベスター115号に掲載されたものです。
あなたは欧米風?日本風?
突然ですがクイズです。次の3つの単語の中から、近しいものを2つピックアップして下さい。①パンダ、②サル、③バナナ。「え?いったい何のこと?」と思うかもしれませんが、選んだものによって「欧米風」か「日本風」か判定できるというものです。
では解答。「パンダとサル」を選んだ人は、動物というカテゴリーでモノゴトを捉える傾向にあり、欧米的です。一方、「サルとバナナ」と関係性の強さに着目する人は日本的。もう少し詳しく解説すると、実は欧米と日本では自己認識、つまり「自分はどんな存在なのか」という感じ方が異なります。欧米人は「相互独立的自己観」と呼ばれますが、人は他者から独立しているという自己認識です。ひょっとしたらそこには、神の前では誰もが平等という宗教的なニュアンスもあるのかもしれません。一方、日本人を含めた東アジア人は「相互協調的自己観」と言いますが、人は他者との関係があってはじめて存在すると考えます。
ちなみに、筆者はこのクイズをやってみて、「パンダとサル」と答えました。欧米的な相互独立的自己観と言われて、「まぁ、そうだよな」と納得感はあります。ちなみに、筆者の奥様にもクイズを出したところ、「サルとバナナ」と即答です。「あぁ、自己認識がぜんぜん違うのね」と、若干複雑な思いで納得しました。
しかもこの自己認識の違いは行動の違いになって表れ、欧米人的な相互独立的自己観の人は、自己の有能さを外に示す必要があるのでアピール上手になるとのこと。筆者で言えば、自分を目立ちたがりとは思いませんが、自画自賛というか、自分の成果をアピールすることに恥ずかしさはまったく感じません。逆に相互協調的自己観の人は、集団に適応することが重要なので、むしろ自己の欠点が気になったり、謙虚な態度になったりするそうです。
そう言えば日本人は、日常生活で贈り物をするときに「つまらないものですが…」のように謙遜しますが、これも相互協調的自己観の表れなのでしょう。欧米風の筆者から見ると、「つまらないものなら贈らなければいいのでは?」と不思議な風習に見えてしまいます。
ちなみにこのクイズ、友人や職場の人にもしてみると欧米型の人はけっこういて、同じ日本人でもずいぶん違うんだな、と不思議です。なぜこんなにもバラバラなのでしょうか。実はこれを解く鍵が当連載のバックボーンとなっている考え方、進化心理学です。
多様性が生き延びる秘訣
「進化」というキーワードでピンと来た人もいると思いますが、ダーウィンが提唱した動物の進化を心にも当てはめたのが進化心理学です。つまり、太古の昔は単純で原始的だった人間の心のはたらきが、時とともに精密になっていくとの考え方です。その際に重要視されるのが、環境に適応して生き延びる可能性を高めること。逆に言うと、適応できないと「淘汰」されてしまうことになります。
そして、人類誕生から100万年という途方もない時間を生き延びるためには、多様性が圧倒的に重要。なぜならば、人類を取り巻く環境の変化は大きく、そして予測もつかないぐらい激しいから。ときには氷河期で今よりも気温が7〜8度も低くなるかと思えば、干ばつで水が足りなくなったり…。そのような激しい変化を生き延びるためには、心のはたらきも様々なタイプの人がいた方が安心です。たとえば楽観主義者と悲観主義者。氷河期のようなときは、用心深く食料をため込む悲観主義の人の方が生き延びる確率は高そうです。逆に、干ばつが来たら「どこかに水の豊富な土地があるはずだ」と楽観的に考えて行動を起こすタイプの方が適しているでしょう。一人ひとりの生存はともかく、人類全体という「種」で考えると、心のはたらきに多様性があるからこそ絶滅せずに繁栄できたのです。
ちなみに、最近は心というか脳の機能にも多様性があるとの立場で、「ニューロダイバーシティ」なんて言葉もあるくらいです。この考え方にのっとると、ADHD(注意欠如・多動性障害)も意味があることなのだとか。実はアフリカの遊牧民族の調査では、ADHD遺伝子を持つ人々の方が持たない人々よりも栄養状態がよい、つまり豊かな暮らしをしているとのこと。ADHDの特徴である落ち着きなくあちこち動き回る特性は、あっちの牧草こっちの牧草とフラフラする遊牧生活に適しているのでしょう。現代社会では「生きづらさ」につながりかねないADHD的傾向は、心のはたらきの多様性を増し、人類の種としての生存に貢献したと考えられます。
不良社員が会社を救う?
では、今回の発見を投資に活かす方法を考えてみましょう。キーワードはもちろんダイバーシティ。というのも、今の時代も企業を取り巻く環境の変化は大きく、そして予測もつかないから。まさかコロナ禍がここまで大きくなるとは思いませんでしたし、よもや21世紀になってからウクライナ侵攻のような野蛮な戦争が起こると想像していませんでした。
このような時代に淘汰されず生き残るためには、会社という組織の中にどれだけ多様性を保てるかが重要だと筆者は考えます。とくに人材面に注目すると、みんなが同じような考え方をする「金太郎アメ」的な組織は環境の急変に耐えられないこともあるでしょう。むしろ、ぱっと見には不良社員のように見えて、変化のときにはめっぽう強い「くせ者」を抱える組織が、株価を伸ばしていける会社なのかもしれません。
そんな目でニュースに注目すると、これまでとは見える景色が変わってきます。社員による「やらかし」で炎上を起こした企業は、普通は敬遠されます。でも、内部に多様性のある人材を抱えているとなれば、実はそういう会社の株こそ「買い」なのかもしれません。
【著者プロフィール】
米マサチューセッツ大学のMBA課程で教鞭を執る、ビジネス教育のプロフェッショナル。専門分野の「組織行動論」を活かした企業分析を投資にも活かしている。
ブログ(https://kida.ofsji.org/)でも情報を発信するほか、ツイッター(@kidatomohiro)では、「MBAの心理学」と題して投資や仕事に役立つ心理学の発見を紹介している。