投資も錯覚?

木田知廣/作 野村俊夫/画
マネーカレッジ代表 木田 知廣
(Profile)
きだ・ともひろ。ラジオ出演や執筆で活躍する他、ストーリーを駆使して面白く投資を学ぶセミナーが人気を博している(サイト上から先着順で申込可能)。http://www.money-college.org
投資でグラフに頼る人
投資の判断で株価のグラフの「形」に注目する人っているんですってね。たとえば、短期間に3回ほど値上がり値下がりをくり返すと、山が3つ連続した形になるじゃないですか。これは「三尊仏」と呼ばれ、その後株価が値上がりするサインなんだとか。こういうのに注目する人は、「株価のグラフには現在・過去、企業の実績と期待値、全ての情報が盛り込まれているのだ」という前提に立っているそうです。
でも、実は筆者はこの考え方は投資の際にまったく使っていません。なんだか面倒くさそうで……。だいたい、人間というのは錯覚に騙されやすいものですからね。なまじ「三尊仏」なんて言葉を知っていると、株価の動きがいかにも「それっぽく」見えてきて、かえって間違った判断をしてしまいそう。
実際、読者の方も有名な錯覚はご存じでしょう。たとえば左ページのイラストは、目の前に真っ直ぐに延びる一本の道の上におかれた2本のポール。実際のところはまったく同じ長さなのですが、どう見ても奥にある(遠くにある)ポールの方が長く見えますよね。正確に言うと、騙されているのは「目」そのものというよりも、目から入った情報を処理している脳の方なのですが、それだとよけいに判断に自信がなくなって投資が怖くなってしまいます。
でも、不思議ですよね。人間はなぜこうも惑わされやすいのでしょうか?
生き残るための距離感
それを解くカギがこの連載のバックボーンをなす考え方、「進化心理学」です。心理学の一派で、その名の通り「進化」、すなわち人間の心のはたらきも人類誕生の100万年前から長い年月をかけて変化をしてきたという考えに基づいています。その際に、変化の方向を決めたのは「淘汰」という考え方。ダーウィンが唱えた身体の器官の進化でも同じなのでピンと来た人もいるでしょう。生物は、その時のおかれた環境にもっとも合うように変化をしていかないと、生存の確率が低くなってしまいます。次世代に遺伝子を遺せないのが続くと、ついには絶滅に至って生物の歴史からは淘汰されてしまうのです。心のはたらきも同じで、人間がここまで地球上で繁栄できたのは、より正しい、すなわち生存に適した方向に変わってきたからだ、というのが進化心理学の大きなテーゼです。
それは、視覚にもあてはまります。先程も述べましたが、目に映った映像を処理するのは脳。視覚に関する脳のはたらきはどのように進化を遂げてきたでしょうか。当然ここでも進化の方向性を決めたのは「淘汰」ですから、人類の歴史の大半をなす狩りの生活で、どうやって私たちの祖先が生き延びたかを考えてみましょう。実際に狩りに行くことを考えると、獲物までの距離を正しく測ってヤリを投げたり、逆に反撃をくらったときに相手との距離を正確に見極めて逃げきったり、遠近感を正確に測れる能力が大事だったとの想像は十分に成り立ちますよね。逆にこの遠近感が苦手な種族がいたとしたら、獲物を捕れなくて飢えるか、猛獣に襲われて怪我をするか、いずれにしても淘汰されてしまいそう。
そんな目で先ほどの錯覚の図を見直してみると、錯覚の秘密が分かってくるのではないでしょうか。真っ直ぐに延びた一本道の上におかれた二本のポール……。当然、奥(遠い方)のポールは遠近法の関係で小さく目に映るはずですよね? ところが実際には二本のポールは同じ長さです。と、ここで脳は進化の過程で手に入れた「補正」を始めます。(奥のポールが小さく見えないってことは、実は奥のポールの方が本当は長いんじゃないか)と。結果として、より「正しい」距離感を測って生存の確率を高めるために、脳は奥のポールを長く見せるのです。
私たちが他にも体験する錯覚の多くも、このような進化心理学で説明できます。たとえば、何かが人間の顔に見えてしまうことってときどきありませんか? 自動車を前から見たときヘッドライトが目でフロントグリルが口に見える……、洗面台も水のコック、お湯のコックが目に見えて、水が出てくる蛇口が鼻に見える……。専門的には「シミュラクラ現象」と呼びますが、この秘密も進化心理学で解き明かせます。太古の時代にばったり赤の他人に出会ったとしましょう。なにせ相手も原始人、いきなり襲いかかってくるかもしれないじゃないですか。そんなとき、相手の顔色をうかがって敵意を持っているか友好的なのか判断するという心のはたらきは重要です。それがこうじて現代の私たちも、3つの点が目と口の位置関係にあるだけで、なんでも顔に見えるという心のはたらきを引き継いでいるのです。
投資は錯覚と心理戦
では、ここまで分かったら、進化心理学を使って株価グラフを投資に役立てましょう。「いや、錯覚するんだから、無理だろ?」と思うかもしれませんが、ちょっと「ひねった」考え方をすれば、役立つかもしれません。というのは、株価のグラフというのはその後の値上がり・値下がりを直接的に「予言」するんではないんです。むしろ、株価のグラフが私たちに伝えるのは、「他の大勢の投資家が、値上がりすると思っているか、値下がりすると思っているか」です。たとえば、最初の方に出てきた「三尊仏」。実際のところは連続する3つの山が首と肩に見えてしまう錯覚で、その後の株価の値上がりを示唆するものではありません。でも、「三尊仏」を見た投資家は、その後の値上がりを予測するわけじゃないですか。「おぉっ、三尊仏じゃ! 今が投資のチャーンス」って。そんな人達はあわてて株を買いますよね? 結果として、買われた株の株価が上がっていくことになり……気付けば「三尊仏のあとは株価上昇」という予言が成就しています。そう、株価のグラフを使った投資の醍醐味は、「この形を見た他の投資家はどう考えるだろう?」と想像する心理戦なのです。
筆者が、株価のグラフを使った投資に興味がないのは、ここに本当の理由があると自覚しています。というのは、日常の仕事や生活で心理戦はイヤというほど体験しているじゃないですか。そうすると、せめて投資ぐらいはそんな面倒なこと考えたくない、となるんです。
ということで、心理戦が嫌いでない方は、株価のグラフに着目してはいかがでしょうか。「この形が何を錯覚させ、それを他の投資家がどう受け止めるか」なんて考えるのは、面白いかもしれません。
【参考文献】
北岡明佳著『だまされる視覚 錯視の楽しみ方』(2007年、化学同人)
※本稿は投資に関する基本的な考え方を解説するために作成されたものであり、実際の運用の成功を保証するものではありません。実際の投資は、ご自身の判断と責任において行ってください。